国内1000店を超えるイタリアンレストランチェーン「サイゼリヤ」。1月13日、政府からの要請に応じて時短営業を行っている同社の堀埜一成社長が、西村康稔経済再生相の「ランチは皆と一緒に食べてもリスクが低いということではありません」「昼間もできる限り、不要不急の外出自粛をお願いしたい」という呼びかけに対し、「今日またランチがどうのこうのと言われて、ふざけんなよと」と、外食業界の苦境を明かしたことが反響を呼んでいる。
「文藝春秋」2021年1月号では、創業者で同社会長の正垣泰彦氏がコロナ禍や不況を受けても、「最悪のときこそ最高なの」と語っていた。その言葉に込められた、サイゼリヤの創業精神とは。ロングインタビューの一部を公開する。(取材・文=樽谷哲也/ノンフィクション作家)
◆ ◆ ◆
「最悪のときこそ最高なの」
イタリアンレストランチェーン「サイゼリヤ」がコロナ禍への対応の一つとして、レジでの接触機会と硬貨の取り扱い量を減らすべく、年間約2500万食を売る看板商品の「ミラノ風ドリア」を7月1日より税込み299円から300円に変更するなど全面的な価格改定をすると6月に発表した。1円、5円、10円硬貨の使用を減らし、取り扱い硬貨量の80%削減を目標に掲げる。
「サイゼリヤ」の東京本部オフィス ©文藝春秋
国内で約1100店舗をチェーン展開するサイゼリヤが店内メニューの差し替えやレジの設定、従業員マニュアルなど、たいへん手間のかかるはずの変更作業を一斉に断行して、このような改定策に打って出る辺りに、非常にシステマティックで科学的な企業風土を見た。現在、33都道府県にチェーン展開するほか、中国などの海外に約400店を拡大中で、年商は約1600億円を上げる。
ミラノ風ドリアは1年に10回、変更を重ねている
ミラノ風ドリアは、1983年の発売以来、少なくとも1年に10回は、原材料や調理・加工など何らかの変更を重ねている。創業者で代表取締役会長の正垣泰彦は、「変えるのは簡単な理由からですよ」と真顔で話す。
「売れていれば変えたりなんかしない。売り上げの結果が数字ではっきり出るからね。売れなくなるのはありがたいよ。だから、どんどん改善して、よりおいしくなるんです」
コロナも不況も「最悪のときこそ最高なの」
東京理科大学の物理学科出身。年が改まれば75歳になる。話を聞いていると、素粒子に熱エネルギー、作用反作用、エントロピーの法則、ニュートリノ、ついには相対性理論と物理用語が次々に飛び出す。
少し紹介すると、グラスワインは白・赤ともに驚くことなかれ1杯100円である。しかも美味い。ランチのメニューでは、メイン料理に、前菜のサラダ、おかわり自由のスープバーが付いて500円と、なお徹底している。安かろう悪かろうの商品であったなら、国内で1000を超える店舗のチェーンになどなるはずがない。
「いまのコロナも不況もそうだけど、お客さんが来なくなったり、売り上げが落ちたりして、嫌なことがいっぱい起きるでしょう。そのときこそ、商品も働き方も改善しなきゃいけない。だから、困ったときこそ最高なわけ。ピンチはチャンスというでしょう。ピンチは、それまでの自分を変えるチャンスなんですよ。最悪のときこそ最高なの。自分が変われば、見える世界がまるっきり違ってくる」
工場を併設した本社を埼玉県吉川市に置き、都心には東京本部オフィスを構えている。その東京オフィスの小さな一室で、キャスター付きの背もたれ椅子に座って、両足をぷらんぷらんと子どものように揺らしながら、雑談でもするように独特の経営観が繰り出されてくる。数理学の教養を豊かに持ちつつ、「商品のコストなんて考えたことない」、「儲けようと思ったこともない」と、その語り口は融通無碍である。
ときに警察沙汰を引き起こす「やんちゃなガキ大将」
兵庫県の中部にあった生野町(現・朝来市)に生まれる。正垣は「山奥を駆けずり回っていた」と回想する。