定食チェーン大戸屋への敵対的TOBは象徴的な出来事

コロナに明け暮れた2020年。明けて2021年は、ビジネス界にとってどのような年になるのでしょうか。
昨年のコロナ禍において、ビジネスの日常には大きな変化がもたらされました。テレワーク、DX、オンライン、リモート、テイクアウト・ビジネス、巣ごもり消費等々、数多くの新たな事象がニューノーマルの名の下、大きな注目を集めるに至りました。
昨年末にはコロナ第三波が押し寄せ、その終息が見えぬまま年が明けた本年は、引き続きこれらのニューノーマル・キーワードを中心に、ビジネス界は回っていくことになりそうです。
個人的には上記のほかにもうひとつ、気になるニューノーマル・キーワードがあります。それはM&A(企業の合併・買収)、とりわけ上場企業におけるTOB(株式公開買い付け)の活発化という動きです。
これまで、我が国においてはあまり好意的な印象を受けることがなかった「敵対的TOB」に関しても、昨年拙稿でも取り上げたように、総合外食チェーンのコロワイドが定食屋チェーンを展開する大戸屋に敵対的TOBを展開。
これを成立させ旧経営陣を退陣させ、新体制で新たな事業展開に乗り出したという事例が、その象徴的な出来事として記憶に刻まれた年でもありました。
「TOB=乗っ取り」のイメージが定着している背景
これまで我が国で敵対的TOBがあまり好感をもって受け入れられていなかったのは、投資ファンドが「物言う株主」として仕掛けるTOBが主流となってきたことが背景にあります。
投資ファンドのやり口は、経営に問題ありという企業を見つけると株式を買い増しして株主として経営改善を迫り、それがうまく受け売れられない場合にTOBを仕掛けて議決権を行使できるレベルにまで買い増しをして、実質的に経営権を握る、という「乗っ取り」または「ハゲタカ」的な印象がぬいぐいされないものであったからなのです。
そのやり方の良し悪しはともかくとして、結局のところ彼らの目的は経営改善により株価を上昇させ、目標ラインに達すれば所有株を売却しキャピタルゲインを得る、ということにあるわけです。
すなわち、株を手放してしまえば後は我関せずなわけですから、一般株主および企業家の立場でみれば、やはり本気で企業の将来を思っていない、自己中心あるいは無責任といった印象が常に伴うわけです。
ビジネスライクに物事を考える欧米においては、それはそれでひとつのビジネスとして古くから市民権を得ているわけですが、「情」を重んじる我が国においてはなかなか好意的には受け入れられてこなかったというのが実情です。
「争い」の論点の分かりやすさで理解が進んだ大戸屋TOB

もちろんこれまで我が国でも、事業会社による敵対的TOBはそれなりに存在します。
記憶に新しいところでは、一昨年の事務用品メーカーコクヨによる筆記具メーカーぺんてるに仕掛けたTOB(不成立)や、昨春の前田建設工業による持ち分法適用子会社前田道路に仕掛けたTOB(成立)などがそれです。
しかし多くのケースでは、TOBの目的や対立論点が業界関係者以外には分かりにくいこともあって、敵対的TOBに対する印象は投資ファンドのケースと同じく仕掛ける側に悪意を感じさせるものになっていたように思います。
その意味では、居酒屋「甘太郎」や焼肉「牛角」を運営するコロワイドが、大衆食堂チェーンの大戸屋を傘下に取り込もうと動いた事案は、一般人に身近な存在同士の「争い」であり、敵対的TOBに対する先入観抜きに注目されたのではないかと思います。
さらに、その「争い」の論点に関しても、創業来の特徴である店舗内調理を維持して差別化をはかり、リピート層を増やそうという大戸屋サイド対、セントラルキッチン化とグループ内他業種との共同仕入化でコストダウンをはかるべき、というコロワイドサイドの構図が非常に明快であった点もまた、敵対的TOBに対する理解を進めることに一役買ったのではないでしょうか。
ニトリの島忠TOBは注目に値するケース
そして昨年は、もう一件注目に値したTOB案件がありました。
家具販売チェーンのニトリによるホームセンター島忠へのTOBです。これは敵対的TOBではありませんが、少し変わった展開が注目に値しました。というのは、当初島忠にTOBを仕掛けたのはニトリではなく島忠の同業DCMでした。
DCMのTOBが公表されその価格が安いとみたニトリが、DCMのTOB価格を3割上回る価格で競争的TOBを仕掛けるという展開になったのです。

島忠とDCMで話がついていたこところに、後からニトリが割って入った形になったわけではありますが、結果的にニトリも島忠からTOB宣言を好意的に受け入れられる形となって、めでたく昨年末12月28日にニトリのTOBが成立しました。
敵対的TOBに対して、被TOB企業サイドに立つホワイトナイトが競争的TOBを仕掛けると争うケースはありますが、今回のニトリのようなケースは我が国ではまだ珍しいケースに入るでしょう。
複数のTOB提案から株主が戦略面で考え、より良い提案を受け入れるというこのような展開は、今後増える可能性があるという意味からは大いに注目に値すると思います。