元SMAPの3人めぐって…公正取引委員会がジャニーズ事務所を「注意」した真意とは から続く
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兵庫県出身の杉本和行氏は、現在70歳。
東大卒業後、旧大蔵省に入省した杉本氏は、2008年には事務方トップの事務次官に就いた。省庁再編で「大蔵省」は「財務省」へと名を変えていたが、霞ヶ関における「最強官庁」であることに変わりはない。しかし、難しいテーマもほがらかに説明する杉本氏からは、いわゆる「官僚答弁」の印象は受けない。
退官後は、公正取引委員会委員長(2013~2020年)として、芸能界や巨大IT企業といった新しい分野でも競争環境適正化に注力した。官民問わず重要度を増すデジタル化社会における「競争のあり方」について聞いた。(全2回の2回め/前編を読む)
杉本和行氏
もともと一般的なアナログ人間
――公正取引委員会委員長時代にはGAFA規制といったITプラットフォームの業態、またデジタルテクノロジーに触れる機会が多かったと想像しますが、もともとお好きな分野なんですか?
杉本 いやいや、そんなことないです。大体私なんか、検索エンジンとポータルサイトの区別もまだはっきりとわかっていませんでしたから。もう、一般的なアナログ人間ですよ。財務省を辞めた後に大学で先生をやっていたんです。講義資料を作らなきゃとパワーポイントを開いてみるんだけど、一体どう使えばいいか分からない。息子や娘に聞くんですけど「お父さん、そんなこともできないで、よくやってるね」と呆れられる始末でね。デジタルの世界では家族にもバカにされてばかりですよ(笑)。
霞ヶ関のデジタル人材確保は大きな課題
――公取ではプラットフォーム企業の実態を把握するためのチームを作ったりしたんですか?
杉本 専属部隊を作ったんですけど、公取の中にデジタルの専門家がいるわけではありませんからね。外部の専門家の知恵を借りましたし、事務方も一から勉強しました。とはいえ、やはり基本的なところから勉強しなければなりませんから、やはりIT技術の専門家を招く必要もあるわけです。ただ、今の公務員のシステムではなかなか……。
――というのは?
杉本 民間と比べて給料は安いし、役所で専門家として働いても、その後どうやって食べていけるんだと。いわゆるキャリアパスの問題ですよね。それだったら民間で高い給料で雇ってくれるところに行きますよというのが普通ですから。ちょうど発足準備をしているデジタル庁がまさに、その課題に直面しているところでしょう。民間企業の水準を給与体系の参考にすると議論を進めているようですが、霞ヶ関のデジタル人材確保は大きな課題になるでしょうね。
――エンジニアが必要になる場面も出てくるでしょうし。
杉本 そうです。2017年にグーグルショッピングが他社のショッピングサイトより検索結果が上位に出るようにアルゴリズムを操作していたとして、欧州委員会が24.2億ユーロの制裁金を課したことがありました。この時に必要だったのは、アルゴリズムをどういうふうに設計して、優越的に検索結果が出るようにしているかを立証すること。これができる人材が必要ということですね。同じことを日本の当局がやろうとすれば、現状ではどうしても外部の専門家人材を活用するしかないでしょう。霞ヶ関で「内製化」するよりも、外部人材をどんどん登用するしかないと実感しています。
巨大プラットフォームは、どんどん自ら領域を広げていく
――公取委員長時代にお書きになった『デジタル時代の競争政策』(日本経済新聞出版)や記者会見での発言では、経済政策的な観点から医療や金融データのオープンソース化について提言もされてきました。デジタル庁の目指す方針の一つに規制改革があるわけですが、杉本さんの視点からはどのようなことが必要になってくると思われますか。
杉本 巨大プラットフォームというのは、どんどん自らのエコシステム、領域を広げていくんだと思います。GAFAはもちろん、例えば中国のアリババもEコマース(電子商取引)事業から発展して、電子決済サービスの「アリペイ」で金融業界でも存在感を増しています。かように、金融、医療、モビリティと、様々な産業に領域を広げていくわけです。
その際にプラットフォームはユーザーが提供する個人情報を大量に持っていますから、各市場で大変有利になる。そうすると、他企業とのレベル・プレイング・フィールドが確保できているかが大きな問題となってきます。つまり、競争基盤が不公平になっているわけです。自然とプラットフォーム企業は市場を支配的に独占しがちになってしまう。これを解決するために、私は産業別にビッグデータと言いますか、シングルデータベースを構築してはどうかと考えているんです。
データをオープンにし、他企業も活用できるように
――プラットフォーム企業がデータをオープンにし、他企業も産業インフラとして活用できるようにすべきだと。
杉本 そうです。プラットフォームは競合企業にデータへのアクセス権を設定する。その代わり、企業はプラットフォームに対してアクセス料金を支払う。これは、競争政策におけるエッセンシャル・ファシリティの考え方なんです。「不可欠資産」とも言うんですが、例えば電力会社の配送電網とか、携帯電話の電波網などは限られた資源で、既存事業者によって寡占・独占にならざるを得ない。そこに競争原理を入れて、企業が新規参入できるようにするためには、独占状態になっている不可欠資産に対するアクセス権を設定してあげることが必要になってきます。
これからの産業はどのような分野においても「データ」がインフラです。であれば、プラットフォーム企業のいわば独占状態にあるデータは不可欠資産であり、そこにアクセス権をつけることが、競争基盤を整備する第一歩なんだと思うんです。
産業別のシングルデータスペースを作っていくべき
――プラットフォームのデータのみならず、国や地方自治体が持っているデータも不可欠資産ですね。
杉本 はい、そういったものを全部含めて産業別のデータベースを作り上げることを考えれば、既存産業とプラットフォーム産業との間に横たわる不公平感が是正され、レベル・プレイング・フィールドが確保できると思います。もちろんそこには、データの規格統一化の検討が必要でしょうし、個人情報をどう排除、無名化していくかも必要だと思います。欧州委員会はすでに、情報戦略の中で産業別のシングルデータベースを作っていくべきだと発表していました。日本もそこを考えていくべきではないでしょうか。
――主にどんな産業で整備が必要となっていくでしょうか。
杉本 金融、医療、環境、モビリティ、そして農業でしょうか。モビリティ産業においては地理情報や運転情報がプラットフォーム企業に独占されている中では、自動運転システムを作るのにも既存産業は劣位に置かれたままになります。医療に関しては医師会が前向きではなくカルテの電子化にもなかなか手間取ったところがありますが、間違いなく医療の効率化、そして効果的な治療が期待できるはずです。