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悩めるリーダーはSFに学べ(2)―押井 守(映画監督)、夏野 剛(慶應義塾大学特別招聘教授)

◆誰のために製品をつくるのか◆


夏野:私は9月に『なぜ大企業が突然つぶれるのか』(PHPビジネス新書)という本を出しましたが、そこで議論しているのは、製造業に代表される日本の大企業のあまりにひどい内実です。ITによって社会状況が根本から変化し、「多様性」が求められる時代になった。しかし多くの日本企業は相変わらず、「30年同じ釜の飯を食ってきたメンバー」で会社組織を運営している。30年同じ釜の飯を食っている同質的な集団は、たとえるならひとたび食中毒が起これば全員が死んでしまう、つまりちょっとした環境変化への耐性がない。日本の家電メーカーで危なそうなところをみると、役員のほとんどは生え抜きの30年選手です。

押井:自分たちの会社は絶対に潰れないと思っているし、いまも世界のトップ企業だと思っている。だから変革をする気も起こらないのでしょう。

夏野:『コミュニケーションは、要らない』で興味深かったのは、旧日本軍の司令部で使われていた言葉が劣化したという事実です。明治時代の命令書には曖昧さがまったくなく、指示が的確に記されていました。しかし太平洋戦争末期になると、その内容は「活動目標が明確でない」「優先順位もまったく伝わらない」ものに変化してしまった。責任の所在を明らかにせず、「現場で判断しろ」と丸投げされたんです。まさにこの体質を日本企業が引きずっていて、部下に対して何をさせたいのかわからない指令が日々、飛び交っている。私もNTTドコモ時代、そうした理不尽さにさんざん直面しました。

押井:逆に、日常的にいちばん説明が求められるシーンが多い中間管理職クラスの人が、リーダーよりもはるかに言語能力が高いというのが日本の構造ですね。

夏野:それでは先行きは暗いといわざるをえません。拙著にも書きましたが、リーダーの役割とは「反発を恐れず、進むべき方向性を指し示す」こと。しかしいま企業のリーダーの多くは自分の考えがなく、「社内から上がってくる対立意見を2つ並べて折衷案を採用する」ことしかできない。いっけん「話し合い」によって物事が決められたようにみえますが、これはコミュニケーションではない。映画制作でもスタッフの意見を逐一聞いていたら、よい作品はつくれないでしょう。

押井:もう1つリーダーに必要な要素を挙げるなら、「ビジョンをもつ」でしょうね。よく「毎朝、『日経新聞』を読んでいる」という経営者の話を聞きますが、漫然とニュースを追いかけるだけでは意味がない。それより自分のビジョンや視点を確立し、それに沿った情報を得るような努力をすべきでしょう。そうしたビジョンを身につけるためにマンガやアニメは役に立つし、古典の本をたくさん読むことも重要になる。

じつは、私は新聞も週刊誌もほとんど読みません。ニュースは自分から探すものではなく、興味、関心のフィルターを自然と通過して「入ってくるもの」なのです。入らないものは知らなくていい。世の中がどう動いているかは、自分が考えたり、生活するなかで自然とみえてきますから。

夏野:しかし残念なことに、そんなことができるメーカーの社長はほとんどいませんよ。(笑)

押井:だからメーカーの社員に会うと、みんなどこか自信なさげなのかな。逆に、夏野さんみたいにIT系の人は、「何で、こんなに自信をもっているんだろう」と、とても不思議な気がします。(笑)

夏野:私が自信家かどうかはともかく(笑)、メーカーの社員に自信がないのは、いわゆる「サラリーマン」として生きているからでしょうね。日本企業は「モノづくり」はうまいかもしれないけれど、人の心をわしづかみにする製品はつくれないことが多い。その最大の理由は、「誰のためにつくっているのか」がズレているから。たとえば携帯電話メーカーであれば、ドコモやソフトバンクといった携帯事業者に気に入られることを第一に考えている。あるいは会社の上司の評価を得ようと仕事をする。これではこぢんまりとした製品しか生まれないのは当然です。製品開発に必要なのはいうまでもなく、消費者とのコミュニケーション。「上司を見るな。自分の奥さんのためにつくれ!」といいたいですね。

◆SF作品に求められるリアリティー◆


押井:映画でも「誰に向けてメッセージを発信するか」は非常に重要です。作品の先に観客がいますから、SFであっても観客が世界観についてこられるリアリティーがなければいけない。だから『鉄腕アトム』の世界にも、公衆電話が出てくる。未来を描いたアニメには舞台が学校や軍隊というケースが多い。「先生に逆らってはいけない」「制服を着なければいけない」といった部分でルールが共有されており、リアリティーが出しやすいからなんです。

夏野:だから感情移入しやすいのですね。

押井:『攻殻』が警察であるのも、そのためです。『機動警察パトレイバー』(1989年)や『ケルベロス 地獄の番犬』(1991年)など、僕のやってきた仕事には警察ものが多い。もちろんオファーとして警察ものが多かったというのもありますが、自分の妄想に根拠を与えるための方便として、警察を選んでいたのではないか。手帳と令状さえあれば警察はどこにでも入れます。職務という大義名分のもと、誰にでも会いに行けるし、どこにでも上がり込んで勝手に振る舞える。だからドラマがつくりやすいのです。

夏野:警察ものであれば、凡人のふりをした悪人から、ヤクザのような善人まで、いろんな人を出せますからね。軍隊だと、戦争がないかぎり出番がないから、訓練ばかりの描写になってしまい、範囲がどうしても狭まってしまう。

押井:そうですね。ただ初めて軍隊というか、民間の戦争企業を描いた『スカイ・クロラ』(2008年)をつくったときには、とくに不自由さは感じませんでした。兵士のDNAが保存され、別の兵士に刷り込まれることでスキルが再生されるというのが映画の主題です。

夏野:『スカイ・クロラ』では「(主人公が)戦い方をなぜか知っている」という感覚が重要な鍵ですね。DNAレベルで刷り込まれているために、渡り鳥が正しい方向に飛んでいけるのと同じ論理。記憶や体験のどこまでが遺伝子的に伝わり、どこまでが伝わらないかは誰も解明できていない。そうした難題に正面からぶつかっている名作です。

押井:『攻殻』は、獲得したスキルや能力が全部リセットできるという話。一方、『スカイ・クロラ』は、それが滞留したらどういう世界になるかという話です。残念ながら観客にとってはあまりピンとこなかったみたいで、それほど評判になりませんでしたが。

夏野:メッセージが正確に伝わったかどうか測るのは、なかなか難しい。観客動員数がどれだけ多くても、それとメッセージが伝わったかどうかは別ですから。ハリウッド映画の観客動員数が多いのも、宣伝が活発なために「これを観ておいたほうがいいかな」と思う人が増えるというのがいちばんの要因です。必ずしも中身が評価されているわけではない。

押井:だからこそ、マスではなく、「特定の誰か」に向けた作品づくりも必要です。ジブリの宮崎駿監督は、ある時期までは自分の息子のために映画を撮っていました。ジブリ映画の主人公が女の子ばかりなのも、宮崎さんの4人兄弟が全員男で、子供も男だということの裏返し。だから、あれほどきれいな女の子を描けたのだと思いますね。正直な話をすると、私も『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)を撮った時期ぐらいまでは、娘のために制作していました。だから当時のフィルムをみると、なぜか背景として女の子がしょっちゅう出てくる。おそらく、「このあたりに女の子がほしいな」と無意識のうちに思ったのでしょう。

◆いまこそ『攻殻』を観るべきだ◆


夏野:冒頭で述べた『攻殻』の主人公も、若い女性ですよね。

押井:あれは主人公が女性だから成立したのです。女性は「自分という存在は、代々つながっているなかの1つでしかない」という感覚をもっている気がします。だからネットと直接つながる世界との親和性が高いのではないか。あるいは自分の存在と肉体を分けて考えるため、「義体」に対してもさほど抵抗を示さない。化粧や美容整形といった肉体の外見を変える行為も、ためらうことなく行なうことができるのは、そのためでしょう。

逆に男性から『攻殻』の感想を聞くと、「『義体』なんかまっぴらごめん」という声が多い。自分の身体についてどこか観念的であるために、かえって肉体に執着したり、コンプレックスをもったりするように思います。

夏野:たしかに男性は自分の肉体を「武器」と捉え、完成させようとします。マッチョ願望というか、「身体を鍛えると女の子にモテる」と本気で思い、筋トレや空手などのスポーツを始めたりする。私も空手を習い始めたところですが(笑)、じつはそんなことをしてもまったくモテません。この前の練習では肋骨を折ってしまいました。(笑)

押井:男は基本的にバカなんですよ(笑)。声優や役者のなかには、「自分はいつまでも子供だ」「やりたいことはすべてやる」と開き直っている人もいますね。僕の周りにもたくさんいますが、ついつい「しようがないなあ」って付き合ってしまう。一方、女の子は6歳ぐらいになると「大人のスイッチ」がときどき入って、男の幼稚な行動を覚めた目でみるようになる。

少し乱暴な言い方をすると、たぶん「動物」や「女」という世界があって、男はそこでは不要な存在なのです。生き物であることに忠実であればあるほど、動物や女の世界に向かうため、男は生き物から外れた存在とすらいっていい。そういう人間が携帯をつくったり、パソコンをつくったりしているわけですから。

夏野:たしかに製品の半分ぐらいは、本質的には「不要」。だからこそ、男のつくる製品には自分の実現したい世界が表現されるところがあるのでしょう。NTTドコモ時代につくった「iモード」や「おサイフケータイ」にしてもそうでした。私は生粋のSF好きで、新しいサービスを考えるとき、つねにSFのアニメ、映画、小説などを参考にした。SFの真骨頂は、リアリティーのなかに未来社会で問題になりそうなテーマや使われそうな技術を提示していること。その世界観を現実の社会で実現したかったんです。

SFの世界観から学べることはほんとうに多い。押井さんのいわれるとおり、そこから「ビジョン」が生まれることは多々あります。いまこそ私は日本企業の経営者に「『攻殻』を観ろ」といいたい。そこで描かれた夢の世界を実現していくのは、楽しいじゃないですか。

押井守(おしい・まもる):映画監督
1951年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒。竜の子プロダクション、スタジオぴえろ(現・ぴえろ)などを経て、独立。83年、『うる星やつら オンリー・ユー』で映画監督デビュー。監督作品に、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)、『イノセンス』(2004年)ほか多数。
著書に、『コミュニケーションは、要らない』(幻冬舎新書)などがある。 現在、ニコニコチャンネルにてメールマガジンhttp://ch.nicovideo.jp/channel/oshimagを配信中。

■夏野剛(なつの・たけし): 慶應義塾大学特別招聘教授
1965年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。95年、ペンシルバニア大学経営大学院卒。96年、㈱ハイパーネット取締役副社長に就任。97年、㈱NTTドコモに入社し、「iモード」立ち上げに参画した。現在、㈱ドワンゴなど複数の企業の取締役も兼務。著書に、『なぜ大企業が突然つぶれるのか』(PHPビジネス新書)などがある。 現在、ニコニコチャンネルにてメールマガジン「週刊『夏野:総研』」を配信中。

『Voice』2012年12月号
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◆ 総力特集は『反日』に負けない日本経済」  9月中旬、わが国の尖閣諸島国有化に反発した中国で反日デモが勃発。パナソニックやイオン、平和堂などの日本企業が襲われる映像に、多くの日本国民はショックを受けました。そこから何を学び、どのような対策を講じればいいのでしょうか。今月は「『反日』に負けない日本経済」との総力特集を組み、マクロ経済分析から日本企業の針路について提言しています。また、特集では尖閣諸島での日中の諍いに対して、日米同盟がどうなるか、今後の行方を探っています。自主防衛の必要性を唱えた「日米同盟を『破棄』せよ」との過激なメッセージから、「いまこそ国際世論を味方につけよ」との現実的な意見までを掲載しています。ぜひご一読ください。

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