米製薬大手ファイザーは、ドイツのビオンテックと共同で開発した新型コロナウイルスワクチンについて先月、厚生労働省に承認を申請した。ワクチンを感染対策の「切り札」と位置付ける日本政府は、これを受け、最優先に審査を進め、2月下旬にも接種開始を念頭に準備を進めている。
10年はかかるとも言われるワクチン開発の世界において、1年で実用化にこぎつけるという驚くべき展開だが、大阪大学免疫学フロンティア研究センター招聘教授の宮坂昌之氏に訊くと、「予防効果には目を見張るものがありますが、安全性についてはデータが揃っているとは言いがたい」と話す。一体、どういうことなのか――。
効果が強いワクチンほど副反応も強い
ファイザーと、さらに続いて国内での第3相臨床試験が近く始まる米モデルナのワクチンに共通するのは、いずれもメッセンジャー(m)RNAを初めて実用化させた手法であることだ。宮坂教授が解説する。
「従来のワクチンは、生きてはいるが病原体の毒を弱めた『生ワクチン』や病原体を殺して使う『不活化ワクチン』が主流。これに対し、mRNAワクチンは、ウイルスの表面の棘(スパイク)の部分のタンパク質の設計図を体の中に入れることで、われわれの体がこれを読み、タンパク質を作り、さらに、このスパイクタンパク質に対する免疫反応を誘導する仕組みです」
ファイザー社のワクチン
いずれも海外で行われた臨床試験で前者が95%、後者が94%という高い有効性が明らかにされ、米食品医薬品局(FDA)も相次いで緊急使用許可を出した。
感染性を高めつつ変異したかたちで英国や南アフリカで確認された変異株に対しても効果が認められると報じられており、その有効性の高さから日本では接種開始を歓迎する声が大きい。だが、「強い効果のあるワクチンほど副反応も強くなる」と宮坂教授は言う。
特に注意が必要な副反応とは?
ワクチン接種によって引き起こされる局所の痛み、発熱、腫れは免疫反応の影響で起きることから、「副作用」ではなく、「副反応」と表現される。特に注意が必要なのは、取り返しのつかないような重い副反応だ。大別して3つある、と宮坂氏が続ける。
「第1は、接種して間もなく起きるアナフィラキシーショック。これは皮膚や粘膜のかゆみ、息苦しさから始まって、ひどくなると死に至ることがあります」
米国や日本のデータによれば、様々なワクチン接種によるアナフィラキシーショックの発症頻度は100万回に1回以下。今回のファイザーのワクチンでは、接種開始後、英国と米国でそれぞれアレルギー反応があった人が確認されている。
「第2に、2週間から4週間経過後に出てくるのが脳炎や神経麻痺といった症状。麻疹のワクチンでは100万回に10回程度、脳症が起きることがあります。一方、自然感染でも発症例があり、その頻度はワクチンの10倍。このため、ワクチンを打った方がリスクを下げられるのです」
宮坂氏によれば、インフルエンザワクチンに関しても100万回に0.15回と非常にまれながら、脳炎を発症することがある。
「以上のような事例を俯瞰して見ると、ワクチン接種によって重篤な副反応が出るリスクは、100万回に1回から10回の間です。ワクチンによる副反応のリスクはゼロにはなりませんが、車の死亡事故よりはずっと小さく、飛行機の事故と同じかちょっと小さいぐらいの水準ということになります」(宮坂氏)
「接種すると症状が悪化する」可能性も
そのような副反応の頻度を調べるのが、臨床試験だ。ファイザーが海外で行った新型コロナのワクチンの第3相の臨床試験では、2度目の接種後の4週間の観察期間を通じて、深刻な神経症状はなかったと発表された。ただ宮坂教授は、「これで副反応がないと結論づけられるかといえば、別問題です」と注意を促す。
「第3の副反応である『抗体依存性感染増強(ADE)』という現象は、接種した人が後にウイルスに感染した際、むしろ症状の悪化を促進してしまうという副反応です」(宮坂教授)
どういうことか。
「通常、免疫ができるのは、体の中にウイルスを殺したり、不活化したりする『中和抗体(善玉抗体)』ができるから。ただ、感染やワクチンによって発現する抗体の中には、エイズの抗体のように、感染後に体内で増えてもウイルスに対する働きを持たない『役なし抗体』や、感染性を強めてしまう『悪玉抗体』ができてしまうことがある」(同前)