記事

悩めるリーダーはSFに学べ(1)―押井守(映画監督)、夏野剛(慶應義塾大学特別招聘教授)

◆人間とロボットの境界線がなくなる時代◆


夏野:私は押井さんがつくるアニメーション作品の大ファンで、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年/以下、『攻殻』)も『イノセンス』(2004年)も何度も見ました。いまあらためて思うのは、時代が『攻殻』の世界に近づいてきたということです。たとえばiPadでは、情報を目からインプットし、手を使ってアウトプットする。これをBluetooth(近距離無線通信規格)のヘッドセットをして、考えただけで電気信号が飛んで検索が行なわれ、その結果が視覚に直接飛び込んでくるといった具合に、「目や手を介さない」インプットとアウトプットができるようになれば、それはまさに『攻殻』で描かれた世界です。

押井:『攻殻』をつくった当時、僕はまだインターネットという概念すら知りませんでした。ただ、「絶えずどこかにつながっている」という感覚が、時代を支配する予感はあった。そこから「こうなれば面白いな」「でもこういう世界が実現すれば、仕事をサボれないから困るな」などと妄想を膨らませていきながら、作品をつくっていったのです。

夏野:作品には、「義体(サイボーグ)」となり、ネットワークと直接つながるキャラクターも登場しますね。ここでは「自分とは何か」が問われている気がします

押井:じつは「自我」というものは、けっこう曖昧なものなのです。よくよく考えてみると、1日のうちにどれだけ、「自分」を意識している時間があるのでしょうか。ほとんどないのが現実です。しかし無意識でも、ちゃんと生活はできる。現に今日だって、考え事をしたり、本を読みながらここまで歩いてきたけど、ちゃんと目的地にたどり着くことができました。

夏野:酔っぱらって記憶がなくなっても、ちゃんと家に帰るのと同じですね。意識しなくても経験や習慣に基づいて行動できるということは、人間なんて半ば、プログラミングに沿って動く「ロボット」みたいなものだとも思います。

押井:ただ、ときどき「なぜ自分がここにいるのかわからない」という状態になるときもある。恵比寿で講演をしていたはずなのに、気づいたら知らないビルのベランダに立っていたこともありました(笑)。解剖学者の養老孟司さんも「ある日気づいたら、スキー場のゲレンデに立っていた」とおっしゃっていた。ちゃんと切符も買って電車に乗ってきたのだけど、まったく覚えていない、と。これはいわば頭がショートしている状態です。

ただ、ショートしたときのほうが、世界が新鮮にみえる。だから私は、人間を「変にできている」とも思うし、「ちゃんとできている」とも感じるんです。

夏野:大阪大学でアンドロイド(人型ロボット)の研究をしている石黒浩教授から、こんな話を聞いたことがあります。彼は5年前に自分そっくりのアンドロイドをつくった。完成当初は瓜二つだったのですが、時間が経つと生身の石黒先生だけが歳を取り、アンドロイドのほうが若くみえるようになった。アンドロイドを修正するには300万円かかる。そこで石黒先生は、ほうれい線をなくす、しわを取るといった若返りの整形手術なら10万円で済むからと、自分のほうを修正してしまった(笑)。まさに人間とロボットの境界線がなくなる、すごい時代になったものだと思いました。

押井:『イノセンス』をつくるときにロボット工学の専門家からいわれたのは、「人工知能の研究なんて無駄」ということでした。機械を人間に近づけることができるわけはない。なぜなら「人間とは何か」さえ、いまだに定義はなく、定義できないものは科学の対象ではないからだ、と。一方で人間がコンピュータやロボットに近づくことは可能で、そちらをやったほうがよほど早い。石黒先生の事例がまさにそうですね。

夏野:石黒先生のアンドロイドは、先生に代わって講演もできるそうです。講演依頼が来たとき、「どちらがいいですか」と聞くと、ほとんどの人が「アンドロイド」と答えるので、「どっちがほんとうの俺なんだ」と悩んでいました(笑)。『攻殻』に出てくる「人形使い」のように、アンドロイドがしゃべっている最中、パソコンを使って、違う話をさせることもできる。ますます「どれが本物?」という話になってきますね。少なくとも今日のような対談のときは、アンドロイドで十分かもしれない。(笑)

押井:ぜひとも1台欲しいですね。

夏野:上半身だけ動くものが1000万円、移動できるものは2000万円するみたいですよ。

◆コミュニケーションの2つの側面◆


夏野:先ほど「つながる感覚」とおっしゃいましたが、IT技術は明らかにわれわれのコミュニケーションの仕方を変えました。24時間365日、常時接続でネットにつながっていられる。さらにはツイッターやフェイスブックが広まったことで個人の情報発信能力が従来の何千倍、何万倍にもなった。まさに個人がITによって「武装」する時代です。

押井:一度に多くの人とつながりがもてるようになったのは確かですね。ただ私は、ネットでのコミュニケーションについてはどこか懐疑的です。拙著『コミュニケーションは、要らない』(幻冬舎新書) にも書きましたが、コミュニケーションには2つの側面がある。1つは、現状を維持するためのコミュニケーション。近所付き合いする、会社で同僚と関係を築く、恋愛関係や夫婦関係を保つ、といったものです。もう1つは、異質なものと付き合うためのコミュニケーション。会社や学校での会議、国同士の外交、恋愛や結婚の初期段階で必要な交渉などのことです。

ネット社会では個人がむき出しになるあまり、本質的な問題について真剣に「議論」することなどできない。そして、前者だけを「コミュニケーション」と考えてきたのが日本社会です。

夏野:日本人のいうコミュニケーションは、「周りと仲良くやること」。だから、周りと摩擦を起こす人のことを「コミュニケーションが取れない」といいますが、まったくの間違いですね。

押井:日本という国自体が、異文化とのコミュニケーションを必要としない“ムラ社会”だったからでしょう。限られた土地で田んぼをつくり、一定の面積に無制限に労働力を入れる。そういう社会でいちばん評価されるのは、いちばん汗をかいている人。そこから「言葉は要らないから働け」という社会になっていったのです。

僕が新米クリエーターだったころ、アニメスタジオで「あの監督の作品は……」などと語っていると、「人の悪口をいわないで、自分の仕事をしろ」と、スタッフによくいわれました。映画制作は職人の世界ですが、農村にしても職人の世界にしても、同じ種類の人間ばかりが働いていることが前提になっているから、余計なことをいうと睨まれる。同じことが、日本全体にもいえます。

夏野:いまの日本を見渡すと、政治の世界でも企業社会でも、まさにそうしたコミュニケーション不全が至るところでみられます。たとえば私にいわせれば、国会議員の半分以上はコミュニケーション能力が欠如している、といわざるをえない。

押井: 台本がないと答弁できないし、記者会見をしても全然面白くない。つまり言語に関するスキルが決定的に欠けているのではないか。ネットや携帯電話といったIT機器がいくら発達しても、いちばん重要なコミュニケーションツールは「言葉」です。文章が書けない、語れない人間は、物事を論理的に考えることができない。

夏野:政治家はたとえ曖昧なことをいっても、周りの人間がフォローしますからね。

押井:曖昧にしゃべるのは、言質を取られないようにする意図もあるのでしょう。しかしそれでは言語能力は低下するばかり。最初は「リスクが少ないから」とそうしているうちに、ほんとうに能力を失ってしまいます。

日本ではよく政治家が舌禍事件で失脚しますが、僕はもう少し寛容になってもいいのではないかと思う。公人である以前に特定の個人なのですから、あとで謝りさえすれば、失言についても許すところは許すべきです。そうすれば、もっと言いたいことがいえるようになるし、言語能力も磨かれる。もちろん、外国の首脳と条約を結んだり、トップ会談をするときにいい加減なことをいっては困るけれど、いまの国民やメディアをみていると、過剰に反応しすぎではないか。

夏野:日本の政治家では、やはり大阪市長の橋下徹さんは弁護士出身ということもあって、言語能力が高いですね。東京都副知事の猪瀬直樹さんも『言葉の力』(中公新書ラクレ)という本を書かれているぐらい、言葉を大切にしている。自民党幹事長に就任した石破茂さんも、他人のいうことをきちんと聞いたうえで自分の意見を述べるタイプで、コミュニケーション能力がある。民主党内では前原誠司さんが「年明け解散では『近いうち』とはいえない」と衆議院の解散時期に踏み込んだ発言をしました。内輪の摩擦を恐れないこの発言で、私は少し、彼のことを見直しましたよ。

押井: あるいは石原慎太郎さん。記者会見を聞いていて、いちばん面白いのは間違いなく彼です。6月には中国の領海侵犯が続く尖閣諸島問題を念頭に、中国から貸与されている上野動物園のパンダに子供が生まれたら「『センセン』『カクカク』と名付けたらいい」と発言しました。これこそ言葉のセンスです。真面目な話を真面目にしかできないのは言語能力とはいいません。もちろん言語能力が高いのはあくまで最低条件であって、政治家としての「中身」が重要なのはいうまでもありませんが。

夏野: 中身がきちんとしていて言語能力も高いのか、それとも中身がなくて話だけがうまいのか。民主党の体たらくをみるにつけ、政治家を判断するときは、その区別をきちんとつけなければなりませんね。

押井守(おしい・まもる):映画監督
1951年、東京都生まれ。東京学芸大学教育学部卒。竜の子プロダクション、スタジオぴえろ(現・ぴえろ)などを経て、独立。83年、『うる星やつら オンリー・ユー』で映画監督デビュー。監督作品に、『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』(1995年)、『イノセンス』(2004年)ほか多数。
著書に、『コミュニケーションは、要らない』(幻冬舎新書)などがある。 現在、ニコニコチャンネルにてメールマガジンhttp://ch.nicovideo.jp/channel/oshimagを配信中。

■夏野剛(なつの・たけし): 慶應義塾大学特別招聘教授
1965年、神奈川県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。95年、ペンシルバニア大学経営大学院卒。96年、㈱ハイパーネット取締役副社長に就任。97年、㈱NTTドコモに入社し、「iモード」立ち上げに参画した。現在、㈱ドワンゴなど複数の企業の取締役も兼務。著書に、『なぜ大企業が突然つぶれるのか』(PHPビジネス新書)などがある。 現在、ニコニコチャンネルにてメールマガジン「週刊『夏野:総研』」を配信中。

『Voice』2012年12月号 リンク先を見る

◆ 総力特集は『反日』に負けない日本経済」  9月中旬、わが国の尖閣諸島国有化に反発した中国で反日デモが勃発。パナソニックやイオン、平和堂などの日本企業が襲われる映像に、多くの日本国民はショックを受けました。そこから何を学び、どのような対策を講じればいいのでしょうか。今月は「『反日』に負けない日本経済」との総力特集を組み、マクロ経済分析から日本企業の針路について提言しています。また、特集では尖閣諸島での日中の諍いに対して、日米同盟がどうなるか、今後の行方を探っています。自主防衛の必要性を唱えた「日米同盟を『破棄』せよ」との過激なメッセージから、「いまこそ国際世論を味方につけよ」との現実的な意見までを掲載しています。ぜひご一読ください。

あわせて読みたい

「押井守」の記事一覧へ

トピックス

ランキング

  1. 1

    菅首相に見る本読まない人の特徴

    山内康一

  2. 2

    パワハラ原因?オスカー崩壊危機

    渡邉裕二

  3. 3

    公選法に抵触 毎日新聞の終わり

    青山まさゆき

  4. 4

    都構想反対派が自壊 主張に疑問

    青山まさゆき

  5. 5

    進次郎氏の発言に専門家「軽率」

    女性自身

  6. 6

    橋下氏 毎日新聞のご飯論法指摘

    橋下徹

  7. 7

    誤報も主張曲げぬ毎日新聞に呆れ

    木走正水(きばしりまさみず)

  8. 8

    TBS番組が伊藤健太郎逮捕で誤報

    女性自身

  9. 9

    相次ぐ「GoTo外し」観光庁に疑問

    木曽崇

  10. 10

    任命拒否 提訴できず手詰まりか

    文春オンライン

ランキング一覧

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。