- 2021年01月13日 17:54 (配信日時 01月13日 11:15)
SNSの欠点は「素人の素人による素人のためのニュース」が増えることである
1/2SNSは便利だが、危険な側面もある。HONZ代表の成毛眞氏は「SNSには、消費者、一般大衆の話しか出てこない。だから素人の素人による素人のためのニュースが蔓延するという致命的な欠点がある」という――。
※本稿は、成毛眞『アフターコロナの生存戦略』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/B4LLS
SNSが発達しても情報の非対称は改善されていない
よく、SNSの発達によってかつては闇に葬られていた事実が明るみに出るようになったという人がいる。しかし、それはごく一部で、実際にはSNSを巧みに利用することで、隠されている事実のほうが多いのではないだろうか。
SNSの欠点は、消費者、一般大衆の話しか出てこないことだ。そして、消費者が消費者の話を聞いて納得しているだけで、そこには専門家の視点が欠如することになる。
いくらSNSが発達したからといって、情報の非対称性は改善されていないのだ。ある意味で、プロが意図的に素人を騙すこともできるので、安易に信用してはいけない。だからこそ、顔の見える付き合いのできる専門家とつながっていることが重要になるというわけだ。
知り合いも多いので気がひけるが、もはやメディアの人の多くも素人になってしまっている。スポーツ紙などが顕著な例で、「こたつ記事」というのが横行しているらしい。記者といえば、夜討ち朝駆けで徹底的にネタと向き合うイメージを持っている人はもう古い。
素人の素人による素人のためのニュース
最近の記者というのは、テレビでスポーツ中継を見たり、テレビでコメンテーターがコメントしているのを見たりして、記事を書くというのだ。こたつに入りながら書くものだから、業界では「こたつ記事」というらしい。しかも、ネット上ではそうした記事がサイト全体のアクセス数の半分を占めていたりするというから世も末だ。
そうした場合、もしコメンテーターが専門家だったらまだいいけれど、専門家の顔をした素人がコメンテーターを務めている場合はどうなるだろうか。
結果、素人が言ったことを、素人のライター(もはや記者ではない)がまとめて、それを素人が見て、納得しているという、素人の素人による素人のためのニュースが日々流れているわけで、フェイクニュースが横行するのも無理はないというのが、メディアの現状なのだ。
10人中2人が知っている情報に価値はない
私が情報の価値を測るときに、指標としているのは、先述したように、顔の見える専門家から直接聞くことに加え、10人のうち2人以上がその情報を知っているかどうかを意識している。
成毛眞『アフターコロナの生存戦略』(KADOKAWA)
もし10人のうち1人しか知らない情報であれば、その情報は極めて価値が高いといえるからだ。もし、10人のうち2人以上が「ああ、あれね」というのであれば、残念ながらその情報に価値はない。
出版なども同じ。誰もが知っているようなことはノンフィクション作品には絶対にならない。誰も知らないからこそ、ノンフィクションとして成立するのだ。
眉唾な情報か、新情報かを見分けるのは人脈と経験、といってしまえばそれまでだが、やはりある程度の知識量は必要だろう。また、一次情報を得るのが難しい場合は、情報の出どころ、どこの新聞の報道か、どんな出版社の出版物か、なんというテレビ番組のネタかといったことにも注意を払いたい。
立派な人の発言にこそ予防線を張れ
同じように、書き手や発言者が誰かも重要だ。やはり、なかにはあまり信用のおけない新聞社というのはあるし、NHKでさえ、間違ってはいないが、物事の30%くらいしかとらえていない番組づくりになっていることはよくある。あの『NHKスペシャル』でさえ、真に受けて見ていいのは半分くらいではないだろうか?
また、人物という意味では、○○の第一人者とか○○大学教授とか○○賞受賞者の発言も懐疑的に聞いたほうがいい。本当に専門分野の話をしているのか、自分の利益になるようなポジショントークをしていないかという点はしっかりと確認したい。
彼らにも同情の余地があって、毎日何十人もの人から「先生!」「先生!」といわれ、それが10年くらい続いたら誰だって「俺、けっこう偉いな」と思ってしまうものだ。立派な人ほどそういうリスクがあるため、視聴者側で予防線を張っておくにこしたことはない。
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