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「1都3県に1カ月」の緊急事態宣言は日本経済にどれだけダメージを与えるか

目先の経済優先で意思決定が遅れた

1月7日、政府は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の1都3県に“緊急事態宣言”を発令した。期間は翌8日から2月7日までの予定だ。今回の緊急事態宣言では、午後8時以降の不要不急の外出自粛や、飲食店の営業を午後8時までに短縮することなどを要請する。またGo Toトラベルの全国停止も延長する。

1都3県に緊急事態宣言で記者会見する菅義偉首相1都3県に緊急事態宣言で記者会見する菅義偉首相=2021年1月7日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

Go Toトラベルの一時停止と同様、今回の緊急事態宣言発令のタイミングは遅れたといわざるを得ない。ワクチンの接種が始まっていない中で、人々は新型コロナウイルスに対して無防備だ。その状況下で感染の拡大を抑え、何よりも大切な人々の生命を守るためには、状況に応じて人の移動を制限する(動線を絞る)ことなどが必要だ。しかし、政府は目先の経済への影響を警戒するあまり、意思決定が遅れた。

今回の緊急事態宣言によって飲食や宿泊、交通を中心に人々の消費は減少し、経済には相応のマイナスの影響が出る。わが国の経済が動線を前提に運営されてきただけに、影響は過小評価できない。政府には、今回の教訓と経済などへの影響を活かし、実効性ある政策を、スピード感をもって立案し、国民の納得を得ることが求められる。

昨年11月に過去最多を更新し、急増した

まず、Go Toトラベルの一時停止や今回の緊急事態宣言発令のタイミングを考えると、政府の感染対策は後手に回ったといわざるを得ない。昨年の秋口以降に国内での感染第3波が発生した後の新規感染者数や重症者数の推移と、その状況に対する政府の見解を時系列に振り返ると、政府の判断の遅さが実感できるだろう。

厚生労働省が公表する新規感染者数(PCR検査での陽性者数(単日))の推移を見ると、11月12日に新規感染者数は過去最高を更新し、その後は急速に増加した。新規感染者数の増加に伴って入院治療等を要する者の数、および、重症者数も右肩上がりで推移し、医療の逼迫懸念が高まった。

そうした状況下、感染症の専門家らからは公衆衛生体制と医療体制を守り、国民の健康を守るために、地域をまたいだ移動の自粛や飲食店の営業時間短縮などが不可欠との認識が示された。11月20日の新型コロナウイルス感染症対策分科会が「政府の英断を心からお願い申し上げる」とGo Toトラベルキャンペーンの見直しを求めたのはそうした危機感の表れだ。

政府が国民の安全を守ることが経済を守ることにつながるとの基本的な理解をしっかりと持っていれば、そうした指摘に基づいて必要な対策を講じることはできただろう。

優先順位がぐらついた政権

にもかかわらず、政府は経済活動の継続を優先し、判断が遅れた。その要因の一つとして、インバウンド需要が蒸発したわが国の観光需要を喚起し、国内経済を下支えしなければならないという認識があった。

昨年春先以降に海外からの観光需要が途絶えたことや4月の緊急事態宣言の発令などによって、わが国の飲食、宿泊、交通業界を取り巻く環境は厳しい。その状況下、政府が需要喚起策を実施して事業者および就業者の収入獲得をサポートすることは重要だ。

ただし、そうした政策は国民の安全を最優先して行われなければならない。これまでの政府の対応を基に考えると、菅政権は経済活動の維持を優先するあまり、国民の安全を守るという優先順位がぐらついてしまった。それは、1月2日に1都3県の知事が政府に緊急事態宣言の再発令を要請したことからも確認できる。

東京タワーと高層ビル※写真はイメージです - 写真=iStock.com/zorazhuang

1都3県の「自粛」が経済に与える影響

緊急事態宣言の再発令によって、わが国のGDP(国内総生産)にマイナスの影響が及ぶ展開は避けられない。GDPへの影響を数値として把握するために、いくつかの仮定をおいて試算する。

一つのシナリオとして、緊急事態宣言によって、1カ月間、1都3県に住む世帯の家計が、不要不急の消費を40%減らすと仮定する。2020年7~9月期の名目GDPに基づくと、わが国における家計最終消費支出(持ち家の帰属家賃は除く)は、ひと月当たり約19.3兆円と推計される。

ちなみに、2017年度の県民経済計算によると、全都道府県全体のGDPに占める東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の割合は33.2%だ。

次に、2020年7~9月期の家計調査(全世帯対象)を基にすると、不要不急の消費に該当すると考えられる項目が家計の消費支出に占める割合は51.7%だ。主な項目として、外食、自動車関係の支出、理美容サービスなどがある。以上のデータを用いて計算を行うと、1カ月間で1都3県の不要不急の消費は、1.3兆円減少する。それはGDPの0.2%に相当する。

宣言に効果があるのか不透明

もし、今回の緊急事態宣言が長期化し、適用される地域も拡大すれば、上述したGDPの落ち込み幅は拡大する。そのリスクは過小評価すべきではない。感染症の専門家からは、昨年の緊急事態宣言と同程度の措置を講じたとしても東京都の感染者が十分に減るまでには2カ月程度が必要との見解が示されている。医療体制逼迫の影響も軽視できない。

また、緊急事態宣言が人々の賛同を得られるかも不透明だ。1月5日時点での各地の主要駅や空港周辺の人出データを見ると、人出が前回の緊急事態宣言時を上回っている地点が散見される。つまり、政府が外出の自粛などを求めてきた一方で、社会心理の一部には楽観がある。感染の実態と社会心理(人々の受け止め方)の乖離は気がかりだ。

そう考えると、首都圏での飲食店の時短営業の要請などに重きを置いた緊急事態宣言が感染の抑制にどの程度の効果を発揮するかは見通しづらい。いずれにせよ、1~3月期のわが国GDP成長率はマイナスに落ち込み、2020年4~6月期に続いて景気の“二番底”が現実のものとなる可能性は高まった。

ITプラットフォーマー企業がいない弱み

懸念されるのは、政府の対策が後手に回る状況が続き、人々の不安、あるいは恐怖心理が高まり、経済の実力(潜在成長率)が想定以上に下振れる展開だ。まず、パンデミックの発生は、人々の恐怖心理を強め、リスクテイクを阻害する。それは経済の実力を低下させる。

それに加えて、わが国経済には、米国のGAFAや中国のBATに比肩する大手ITプラットフォーマーが見当たらない。ITプラットフォーマーは、経済活動における動線の重要性を低下させ、感染対策が実施されている状況下での経済活動に重要な役割を果たす。

入り口の上にブランド名を持つGoogle本社※写真はイメージです - 写真=iStock.com/_ultraforma_

米中とは対照的に、わが国の経済はプラットフォーマーをはじめとするIT先端分野よりも、自動車と機械を中心とする在来分野の企業に支えられてきた。その分、感染対策の一環として動線が絞られることによって、経済にはより大きな下押し圧力がかかる。

その影響は過小評価できない。パンデミックは人々の生き方を大きく変える。テレワークはそのよい例だ。テレワークによって、人々は通勤から解放された。ワクチンの接種が進み、年央以降にわが国の経済が持ち直しに向かったとしてもその状況は大きく変わらない可能性がある。

人々があまり外出しなくなると、経済全体で消費は落ち込み、景気は沈滞するだろう。特に、動線を前提とする飲食や宿泊、交通、一部小売などの需要はコロナショック以前の水準に戻らない恐れがある。

これまで以上の勢いで縮小均衡に向かう恐れ

そうした変化に社会全体が対応するために、経済のデジタル・トランスフォーメーション(DX)は重要だ。昨年3月の半ば以降、米国の株式市場においてナスダック総合指数は反発し、最高値圏にまで上昇した。その背景には、世界的な低金利環境に加えて、パンデミックがIT先端企業の成長を加速させるとの期待があった。

しかし、わが国の政府はDXよりも、既存の経済の運営を過度に優先し、結果的に感染対策が遅れたように映る。その状況が続く場合、人々の不安心理はさらに強まり、企業経営者は先行きへの懸念を強め、採用や投資を抑えるだろう。その結果、経済はこれまで以上の勢いで縮小均衡に向かう恐れがある。

11月以降の感染対策の遅れがわが国の社会と経済に長期的な負の影響を残さないよう、政府が専門家の見解を虚心坦懐に受け止め、必要と考えられる政策を、時機を逃さず実行することが求められる。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。
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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫)

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