- 2021年01月07日 14:44
「軍師不在」で「裸の王様」菅首相の機能不全
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東京都の小池百合子知事が政府に緊急事態宣言の発令を直接求めようとしていた元日。菅義偉首相はこう言って、突っぱねる姿勢を示していた。
「小池はやること(午後8時までの営業時間短縮要請)をやらずに求めることばかり。1都3県の足並みが揃わなければやらない」
これを間接的に聞いた小池知事は、まず埼玉県の大野元裕知事に「一緒に西村(康稔・経済再生担当)大臣に直談判しよう」と電話で了承を取り付け、その後、神奈川県の黒岩祐治知事にも同行を求めた。
こうして2日夕、千葉県の森田健作知事も合わせ、4知事で西村大臣と面会することになるのだが、菅首相は小池知事により着々と外堀を埋められていることを知らなかったという。彼らの動向に関する情報が入っておらず、西村大臣も菅首相に細かな説明をしていなかったのだ。
結局、4日の年頭記者会見で緊急事態宣言の発令検討を表明せざるを得ない事態に追い込まれた菅首相は、小池氏の対応の「後手」という印象をぬぐえない。
このところ、ちぐはぐな政権運営の原因として指摘されるのが、菅首相の「軍師」となるような調整役の不在だ。外部の危機を首相の耳に入れる側近が少なく、これが政権としてのチームワークの欠如にもつながっている。
「官邸がどうしたいのか分からない」
「官邸が一体どうしたいのかよく分からない。下村さんの発信ばかりが目立ち、正直困っている。特措法を本気でやるなら、こちらもそれ相応の準備が必要だ」
自民党の森山裕国対委員長は12月17日、衆院本会議場の裏にある控室を密かに訪れた加藤勝信官房長官に不満をぶちまけた。
自民党の下村博文政調会長がこの直前、コロナ対策を強化するための新型インフルエンザ特別措置法の改正議論をめぐり、次期通常国会で改正する意向を突然ぶちあげていた。
森山氏は当初、政府側から「特措法に手を付けるのはコロナの収束後」と聞いていただけに、官邸の真意をつかもうと加藤氏を呼び出したのだ。
現行の特措法では、感染防止策として飲食店などに休業要請したり外出を自粛するよう求めたりすることに、罰則規定がない。全国知事会などは感染対策の実効性を強めるため、罰則を加えた法改正を求めているが、私権制限を一気に強めることにつながるほか、休業を強いる見返りとしての金銭補償の定義など、随所に細かな制度設計も必要だ。
自民党国対幹部は、特措法の改正は「通常なら1年以上かけて微細な議論をしなければならない案件」と説明する。
今年は7月に東京都議選や東京五輪の開幕を控えるだけに、6月に会期末を迎える通常国会の大幅な延長は難しい。政府が当初、「改正議論は今回のコロナが収束した後」と考えたのはこのためだ。
加藤氏は12月17日、森山氏に「政府はあくまで感染収束後に抜本的な法改正に着手するという立場だ」と重ねて説明したが、当の菅首相が数日後、次期通常国会で改正を目指す方針を講演などで表明し始めた。
森山氏は、
「本気で特措法を仕上げるなら、次の国会の運営方法も相当工夫しなければならないのに、官邸はどうなっているんだ」
と周囲に怒りをぶちまけたという。
機能していない官房副長官
「加藤氏が直接森山氏のもとを訪れた経緯には、もう1つ深刻な危機が隠れている」
別の自民党国対関係者は、憤りながら政権のさらなる足並みの乱れを訴える。
本来、官邸と自民党国対をつなぐ橋渡し役は、官房長官でなく、その下の官房副長官が行うはずだが、その役割を担うはずの坂井学官房副長官が機能していないというのだ。
坂井氏は毎週自民党国対の朝の打ち合わせに参加し、政権の動きなどを報告している。しかし、この国対関係者によると、坂井氏は菅首相の初外遊となった2020年10月のベトナム・インドネシア歴訪の日程などを森山氏に詳細に伝えず、同月に始めた臨時国会の召集時期などが二転三転する原因となった。
以後、森山氏と坂井氏との間はぎくしゃくし続けている。森山氏が加藤氏を直接呼んだのも、坂井氏への潜在的な不信感の裏返しと言える。
坂井氏はもともと無派閥で、菅首相の側近グループ「ガネーシャの会」のリーダー的な存在だ。官房副長官となったのは、菅氏が同じ神奈川県選出で特に親しいことを見込んでのことだった。
ただ、官房副長官は、自民党と官邸をつなぐ連絡係だけでなく、霞が関の省庁に細かな指示を下し、彼らの要望を首相に上申すべきものかどうかを振り分ける「下手な閣僚ポストより権限が集まりやすい」(閣僚経験者)重職だ。安倍晋三前首相や加藤氏が頭角を現した政界の登竜門でもある。
ただ、自民党幹部は、
「坂井は党の主要派閥に人脈がなく、個人的にも調整能力に乏しい。逆を言えば、外部から火の手が近づいていたとしても、情報をキャッチする能力も低い」
と手厳しく語る。
「伝書鳩」のような側近は不要
もっとも、首相も坂井氏を登用する際、その政治能力をまったく知らなかったわけではないだろう。
首相は就任時、「国民のために働く内閣」と定義づけ、携帯電話料金の値下げや不妊治療への公的医療保険の適用拡大などを素早く実現すると訴えた。
この背景には、「首相が官房長官時代のように自分でそれぞれの所管省庁に細かく工程表などの指示を出す」(首相周辺)ワンマン的な手法で乗り切れるという自負があった。
実際、携帯電話を所管する総務省幹部は、
「大手3社の主力ブランドがどの程度値下げしなければならないかまで、首相から直接電話で指示を受ける」
と打ち明ける。
言い換えれば、「伝書鳩」のような側近は不要ということだろう。
政権運営において首相の指示が際立っている現状は、前任の安倍首相時代とは大きく異なる。
野党からは「ワンマンの安倍1強」などと批判されたが、実際は安倍首相だけでなく、当時は官房長官として首相の軍師役だった菅氏や今井尚哉首相補佐官らの官邸官僚らが丁々発止のやりとりを行い、重要政策の行方を決めていた。
国内で新型コロナの初感染が確認された2020年1月から春ごろまでは、菅氏と今井氏が対立することもあったが、夏以降は、菅氏が肝入りで進めた観光支援策「Go Toトラベル」を首相以下官邸が一丸となって支えるなど、チーム力が光った。
安倍氏に仕えた佐伯耕三元首相秘書官は、9月に官邸を去った後、
「よく『安倍独裁政治』などといわれたが、安倍さんはスタッフの諫言を割と柔軟に聞くタイプだった」
と周囲に語ったこともある。
これが7年9カ月もの長期政権のバックボーンとなった。
翻って今の菅官邸の内情はどうだろうか。
本来、女房役となる加藤氏について、官邸関係者は、
「良くも悪くも大蔵省出身の役人気質が抜けず、政治家として『ここがリスク』と進言するような機会が少ない」
とこぼす。
得意の厚生労働分野でも、科学的知見に基づく意見を淡々と語るだけで、世論の批判が急速に高まった「Go To トラベル」をめぐっても、事業継続に固執する首相をたしなめるような場面は「ほとんどなかった」(同)という。