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神田・とんかつ万平が70年の歴史に幕「惜しまれながらやめるくらいでいい」


食欲をそそる甘辛醤油ダレと牡蠣の香り、そして濃厚なバターの風味。1度食べたらやみつきになる冬の名物「カキバター焼」で人気を集めた1950年開業の神田の老舗「とんかつ万平」が2020年末で廃業した。

昨年秋、市場で牡蠣が解禁される当日の10月1日から入口に長期休業のお知らせを出して店は閉められた。牡蠣のシーズン真っ盛りの冬を迎えても再開されない様子に、ファンの間で心配が広がっていた。廃業の報はSNSで拡散され、多くの惜しむ声が上がっている。


掲示された貼り紙には、店主名義で「寄る年波と後継者不足等に依り、十二月を以ちまして廃業する事と致しました」と記された。近年は、かつて営業していた夜間や土曜日の営業をやめて平日の昼だけに営業時間を絞っており、高齢の店主夫妻の体調も心配されていた。

店主の秋山國さん(79)に連絡をとり、いちファンとして話を伺いたい旨を伝えると、意外なほどに明るい声が返ってきた。そして「うちの(妻)はしばらくゆっくりしたいなんて言うけどね、私はじっとしていられなくて、ハハハ(笑)。退屈していたところだったんですよ」と笑い、自身が50年近く働いてきたお店のことを振り返ってくれた。

「五輪はゆっくり観たい」1年以上前から決めていた閉店

5年前、営業中の店構え。行列ができない日の方が珍しかった。

秋山さんによると、閉店は新型コロナウイルスがここまでの騒動になる前の、1年以上前の時期から考え、「オリンピックはゆっくり観たい」と夏前には閉める予定だったという。もっと早く閉めるはずだったところを、引き延ばして9月いっぱいまで営業していたというのが真相のようだった。

2人の子どもは飲食業とは別の道に進み、弟子を取る気もなかった秋山さん。もともと自分の代で閉めるつもりでいたと語る。

心配された体調は、「年相応に色々あるけど」と前置きしつつ、ご夫婦ともに元気だという。年齢を感じさせず、腹の底から声を出すように笑うその声からも元気な様子が感じられた。

土曜や夜間の営業をやめた理由について聞いてみると、来てくれるお客さんには申し訳ないとバツが悪そうにしながら、意外な事情を教えてくれた。

「数年前から犬を飼うようになったんです。そうしたら、散歩だなんだって言って、時間がなくてね。生活するためには商売もしないといけないんだけど、可愛いんだわ、どうしても」

試行錯誤した思い入れの深いカキバター でも実は…

知人提供

50年近く前から、創業者だった父と共に店で働き始めた秋山さんは、串揚げやチーズカツなどの新メニューを考案。正確な時期は覚えていないというが、35年ほど前に代替わりした後ほどなくしてカキフライとカキバターをメニューに加えた。

自身が「独特」と語るタレは、とんかつ店である矜持から他店と違って和風であることにこだわった。また牡蠣も各地のものを食べて、ほろっとした口当たりで、臭みがない岩手県・広田湾の米崎産に決めた。

「牡蠣が苦手な人でも食べやすいような味だったと思いますよ」

試行錯誤を重ねた日々のことを思い出しながら語ってくれた秋山さんだったが、自身は実はカキフライの方が好きなのだとか。「妻もカキフライ。仕入れ先はまだ付き合いがあるんですけど、たまにそこで牡蠣を買うときはカキフライにします」と無邪気に笑った。

味噌汁、お新香までファンがいた万平 数々の人気メニュー

万平を語る上で欠かせないのは脇を固める味噌汁、お新香だ。そのことを聞くと秋山さんは、カキバターの説明に引けを取らない熱意を込めてこだわりを語り出した。

秋山さんはどのメニューも、調味料ひとつとってもこだわりの人だったようだ。廃業前の価格でロースカツが1700円、カキバターは2000円(前年)と決して手頃とは言えなかったが、「いいもの(材料)が好きで、納得できるものを使って、納得できるものを出したい」という一心だったという。

卵をまとったスタイルが特徴的なハンバーグ。

「ハンバーグはね、心残りがあるんです」

ハンバーグは、とんかつの下処理で落とす部分などを挽き肉にして作られた。最初は納得がいかなかったが、捨ててしまってはとんかつの歩留まりが悪くなってもっと値段を上げなくてはならない。人気メニューとなってからも、最後まで試行錯誤を続けた。

一方、ファンが多かった冬場の白菜漬けは3年ほど前にやめた。


「ひとつずつ芯と葉を合わせて丸く盛りつけたり、漬け込むのに3日かかったりしてどうしても続けられなかった。好きだって言ってくれるお客さんが多かったので申し訳なかったんですけど」

秋山さんが仕込みから営業中まで1人で調理を担っていたため、こだわるがゆえに、年も重ねてどうしても手が回らなくなるところが出始めていた。

「やめるんだったら教えて」銀座へ引き継がれたカキバター

「神田万平カキバター焼き」。万平と同じ「米崎産」の文字。/知人提供

実は秋山さんは、店を閉める前に、親交のあった銀座の飲食店にカキバターとカキフライのレシピを教え、直々に店に赴いて作り方を指導していた。その店とは江戸時代から続く八百屋の仲卸が始めた「太常うどん」で、現在すでに「神田万平のカキバター焼き/カキフライ」がメニューに並んでいる。秋山さんが店を閉めることを決めると「やめるんだったら教えてほしい」と言われ、受け継ぐことを決意したという。

実は、筆者の友人もこぞって「太常うどん」に万平のカキバターを求めて訪問しており、そのことを伝えると「そうやって喜んでもらえたらいいと思って教えたので、万々歳」と秋山さん。「タレも焼き方も、作り方は全部教えたから味はそう変わらないと思う」と太鼓判を押し、万平ファンにはぜひ食べに行ってほしいと呼びかけた。

知人提供

個性のひとつだった銀皿も、万平で使っていたものを譲った。その話になると、「牡蠣は冷めるのが速いから、料理ができてから皿を用意するようじゃダメ。できたてをすぐ出して、ふーふー言いながら食べてもらわないと」とやっぱりこだわりが止まらない。

最後に語ったのはとんかつ愛

最後に続けたい気持ちはあるか尋ねると、秋山さんは「もうやり抜くことはできない」と感じていたと答えた。今後、高齢になって突然休むようなことが増えるかもしれず、そうなればお客さんに申し訳ないし、生ものを扱う身としてはいいことではない。残念がるファンが多いことは忍びないとしつつ、「惜しまれながらやめられるくらいがいいんじゃないかな」とし、未練はない心境を明かした。


お礼を言って話を終えようとしたとき、秋山さんが「最後の10年はいいお肉に出会えたんです」と語り出した。

食材はまったく同じということはあり得ず、いい食材を使い続ける上で大事なのはいい仕入れ先をみつけることだったという。他店のとんかつには詳しくないという秋山さんだが、自信を持って出せるとんかつになっていたと振り返った。「カキバターが当たってよかったけど、うちはとんかつ屋ですからね」と最後に口にしたのは看板料理への思いだった。

やっぱりとんかつが好きだという秋山さんに、これからは人気のとんかつ店巡りでもするかと聞いてみると、即答されてしまった。

「とんかつが食べたくなったら、いい業者から肉を買って、自分で揚げますよ」

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