
日本で好まれる「本マグロ」と呼ばれるクロマグロは、正式には太平洋クロマグロというが、国際自然保護連合(IUCN)によって絶滅危惧種に指定された魚であることもご存じだろうか。現在では中西部太平洋まぐろ類委員会(WCPFC)という管理委員会が定めた規制措置があり、30キロ未満の小型魚と、30kg以上の大型魚に分けて、それぞれ獲ってよい上限量が定められ、国全体でその上限を超えないように漁獲をしている。太平洋クロマグロの日本の漁獲量はここ5年、0.6万~1万トンの間にあり、この努力を続けて資源量を2024年までの間に4.3万トンに回復していくことを目標としている。ちなみに2016年現在の調査によれば資源量は約2.1万トンと推定され、資源量が大幅に減少した2010年からみると、ゆっくりとだが回復基調にあるとされている。
欧米とくにヨーロッパでは水産資源の持続可能性(サステナビリティ)に敏感な国が多く、日本のクロマグロ漁獲に対しては批判の声が集まっていた。そのクロマグロがもっとも使われる先といえば、なんといっても寿司店が思い浮かぶのではないだろうか。ただし、コロナ禍で外食を控える消費者が増えたことで外食店は危機に瀕しているが、寿司店もそうだろう。ということは、コロナ禍においてクロマグロの消費は抑えられ、資源量もすこし回復したのではないか?そう思われる人もいるかもしれない。実際のところはどうなのか、日本のマグロの相場を決めるといわれる豊洲市場の水産棟へ話を聞きにいった。【農と食のジャーナリスト・山本謙治】(やまけんの出張食い倒れ日記)
「価格と売り先が変わっただけ」コロナ禍の意外な事実

冷凍マグロを中心に取引する水産仲卸Aの社長に、コロナ下でのマグロ消費について訊ねたところ、意外な返事が返ってきた。
「あのね、マグロは漁獲量が決まっているんだから、流通量はほぼ変わりません。ただ、コロナによって価格と売り先が変わっただけなんです」
先にも書いたように、太平洋クロマグロを1年間に漁獲してよい上限量は決まっており、成魚となったマグロの上限は5959.5トン。2020年の11月30日時点で4872.5トンと、枠のおよそ82%を消化しており、ほぼこの枠内ギリギリで終了するだろう。つまり、消費が縮小する・しないに関わらず、漁業者はこの枠いっぱいに漁獲したいという意思があるはずなので、漁獲高は変わらないということだ。
では、「コロナによって価格と売り先が変わった」とはどういうことか。
「2020年を通じて、クロマグロはよく売れた年だったと思います。『売れなかった』『買い手がいない』と言っているのは、高級寿司店を相手にしている市場業者さんではないですか?外食産業は惨憺たる有様ですから、例年の売上からすると60%程度に落ちてしまったのは確かでしょう。ただその分、行き場を失った高級マグロ類がスーパーや百貨店、生協などの小売に回りました。スーパーはこのコロナ禍で売上が軒並み昨年対比150%を超えていましたから、バンバン売っていましたね」
なるほど、確かにテレビなどでしかめっ面をして「マグロが売れない」と嘆いていたのは、それこそ高級寿司店にマグロを商うような市場業者の人達だった。テレビ的にはクロマグロ=高級寿司という図式がわかりやすいため、そうなったのだろう。ただ、新しい消費スタイルとも言える巣ごもり需要において、クロマグロを食べたいという欲求自体が消えるわけではない。そうした消費者が手近なスーパーなどの小売店でクロマグロを購入していたということだ。
コロナ禍で伸びた家庭でのクロマグロ消費
「しかも小売店頭では、これまでよりはっきりと安価にクロマグロが並んでいたはずです。高値で買う外食店が手を出さなくなって、価格が下がったのを小売店が買うという図式でしたから。正直言って、生産者と市場の卸からすると、値が安くなってしまって大変な1年だったと思います。ただ、小売向けに商いをする仲卸などの業者にとっては、今年はいい商いになりました」
なんとも意外なことに、コロナによってこれまで本物のクロマグロに手が届かなかった層が、身近なスーパー店頭などでクロマグロを割安な価格で購入できるという状況ができてしまったわけだ。実際、総務省の家計調査で直近のマグロの購入金額を調べると、全国の二人以上の世帯における1~9月までの購入金額は前年と比べ平均して71円高い。明らかに昨年よりも多く食べていると考えられるのだ。
このように、コロナ禍の状況においてクロマグロ消費は、高級店に向かうはずの商品が小売店に買いやすい価格で回った結果、むしろ促進されてしまったという状況であった。