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新型コロナとの⻑期戦では「政治家の⾔葉」こそが重要 - 「賢人論。」129回(前編)宇野重規氏

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2020年10月に刊行された『民主主義とは何か』(講談社現代新書)が話題を呼んでいる。本の冒頭には「民主主義では多数決で物事を決する」「民主主義では少数派の意見を尊重する」のどちらが正解なのかという問いが立てられている。筆者は東京大学社会科学研究所教授の宇野重規氏。世界的な新型コロナの流行により、医療や介護などに対する各国の政府の対応に注目が集まっていることを受けて、今後の政治に求められる要素について政治学者としての意見を伺った。

取材・文/盛田栄一 撮影/荻山拓也

「世界は民主化に向かっていく」と多くが信じた20世紀

みんなの介護 宇野さんの『民主主義とは何か』の中で指摘されている「民主主義の危機」について、お話を伺いたいと思います。私たちの民主主義は危機的状況にあるのでしょうか。

宇野 危機に瀕していると思います。しかし、民主主義はそう簡単に別の主義に置き換わってしまうものでもなければ、消えてなくなるものでもありません。

歴史を振り返ってみると、民主主義はおよそ2,500年前に古代ギリシアで誕生して以来、常に多くの批判にさらされてきました。例えば、「必ずしも正しい答えを導き出せるわけではない」とか、「数の論理で少数派を抑圧する」とか、「意見が一度分裂してしまうと、物事をいつまでも決定できない」など。

21世紀の現在、民主主義の弱点がふたたび声高に指摘されています。「自国を守るためには国際協調など二の次だ」とか、「独裁国家のほうが新型コロナを封じ込めやすい」などなど。こうした意見の前では、民主主義はいかにも無力なように見えます。

みんなの介護 ですが21世紀が始まった頃は、世界全体が民主化の方向に向かっているのだと、みんななんとなく思っていました。

宇野 1989年に「ベルリンの壁」が崩壊したとき、当時アメリカ国務省に勤めていた哲学者であり政治学者のフランシス・フクヤマは『歴史の終わり?』と題した論文を発表し、「これで自由民主主義が最終的に勝利したのだ」と高らかに宣言しました。もちろん、これからも世界ではさまざまな問題は起きますが、人類は最終的に自由民主主義に向かうことが決定づけられ、もはや民主主義を脅かすライバルは存在しないとまで言い切ったのです。

その論文を読んで、当時は私も「そのとおりだろう」と思いました。民主主義が人類の歴史の最終的なゴールであることは間違いないだろう、と。多くの国ではまだ民主主義が成立していないけれど、それが実現するのはあくまでも時間の問題。今後は共産主義国家も、いずれ民主主義に向かっていくはずだと考えたのです。

また2000年代以降、かつての社会主義国を次々に取り込んで拡大していくEUを見て、「これが時代の大きな潮流だ」と多くの人が感じていたのではないでしょうか。そして「アラブの春」が起こったとき、国際的な民主化の流れはもはや誰にも止められないと感じました。最初は独裁、あるいは開発独裁という国の形を取っていたとしても、国内のミドルクラス、いわゆる中間層が成長して経済的自由を得るようになると、やがては政治的自由をも要求する。かつての台湾のように、最終的には民主化への道を辿るようになる。それが2010年代初め頃までの一般的な歴史認識だったと思います。

英国のEU離脱とトランプ大統領誕生の背景にある所得格差に対する中間層の不満

みんなの介護 では民主主義はなぜ危機に瀕してしまったのでしょうか。

宇野 民主主義は、社会の中核となる中間層によって支えられています。社会的地位においても所得的にも中間を占める層が一定数存在しているからこそ、民主主義は成立する。これはアリストテレスの時代から言われていたことです。考えてみれば当たり前ですね。社会経済的に「平等だ」と感じる人が多ければ多いほど、公正で民主的な社会をつくりやすいわけですから。

ところが、グローバル経済の発展は、先進国における人々の所得格差を拡大させてしまいました。世界レベルで所得分布別の所得増加率をグラフ化してみると、横から見た鼻を持ち上げた象の姿「エレファントカーブ」が描き出されます。すなわち、ここ20年間で新興国の中間層と先進国の富裕層の所得は大きく増加しているものの、先進国の中間層は所得がほとんど増えないか、むしろ減少している。つまり、先進国では中間層が経済的に没落し、一部の富裕層のみが勝ち組になっているのです。

こうした現状は、先進国における中間層の意識を大きく変容させることになりました。その結果として2016年に、国⺠投票によりイギリスのEU離脱が決定し、アメリカ⼤統領選でトランプ⽒が勝利しました。この2つの出来事は世界に大きな衝撃を与えました。

イギリスもアメリカも、1980年代以降のグローバル資本主義を牽引してきた国ですが、どちらの国でも階層分化が急速に進行。グローバル経済から取り残されてきた人々の不満が爆発寸前にまで高まっていたのです。

すなわち、「グローバル資本主義といっても、その恩恵に浴しているのはごく一部の勝ち組だけじゃないか!」「これまで経済を支えてきた自分たちがないがしろにされ、政治は自分たちの声をまったく聞いてくれない!」と。そのような不満を持つ人たちの受け皿になったのが、イギリスではEU離脱派のジョンソン首相であり、アメリカでは従来の政治家とはキャラクターの異なるトランプ大統領だったのです。

みんなの介護 トランプ大統領の自国第一主義は有名でしたが、ジョンソン首相もその傾向が強いようですね。

宇野 ジョンソン首相は「イギリスのトランプ」と言われましたからね。トランプ大統領のように、既存のエリート層や知識人を否定し、一般大衆の利害と直接結びつく政治形態を「ポピュリズム」と言います。

ポピュリズムはこれまで、民主主義とは相容れない思想だと考えられてきました。しかし、トランプ大統領の実践してきたポピュリズムが民主主義とはまったくの別物かというと、そうも言い切れません。なぜなら彼は、これまで取り残されてきた多くの国民の声を確実に代弁しているからです。グローバル資本主義の進展で損害を被ったのはアメリカ国民の多数派であり、多数派の声を代弁するのは民主主義の基本でもあります。

そして迎えた2020年のアメリカ大統領選。ご存じのようにバイデン氏が勝ちましたが、敗北したトランプ氏は平和的な政権移行に協力的な姿勢は見せていません。また、今後バイデン政権が成立してからも、トランプ氏に投票した約7,000万人のトランプ支持者は抵抗勢力であり続けるでしょう。トランプ氏が去ったとしても、それ以前の民主主義に戻れるわけではありません。民主主義の苦悶はこれからも続きます。

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