- 2021年01月01日 10:46 (配信日時 01月01日 09:15)
トヨタの新理念「幸せの量産」が、20年前の「トヨタウェイ」より本気である理由
1/2トヨタ自動車は新しい経営理念となる「トヨタフィロソフィー」をつくり、トヨタのミッションを「幸せを量産する(幸せの量産)」とした。この言葉の裏には、どんな意図があるのか。経済ジャーナリストの安井孝之氏は「これまで作成された経営理念を時代に合わせて新しくまとめたもので、今後のトヨタを考えるうえで非常に重要だ」と指摘する――。

「究極のエコカー」と呼ばれるが、国内シェアは0.02%
トヨタ自動車は昨年12月9日、「究極のエコカー」と呼ばれる水素を燃料とするFCV「新型MIRAI」を発売した。2014年に市販FCVとして世界初で発売した初代MIRAIに比べ、スタイルは洗練され、航続距離(約850キロ)とパワーを向上させた。エコカーとしての魅力だけでなく、クルマとしての魅力を高めて、普及を目指したいという思いが、新型には込められた。
この新型MIRAIの発表会でトヨタの前田昌彦・パワートレインカンパニープレジデントが訴えたのは「もっと普及させる」ということだった。そのために初代に比べ生産能力を10倍(年産3万台)に上げ、「社会を支える様々なモビリティへの転用を目指す」と語り、FCVの心臓部である燃料電池システムの「外販」に努めることを強調した。
その際に付言したのも「幸せの量産」だった。燃料電池システムの外販と「幸せの量産」はどうつながるのか。少し説明が必要だ。
「究極のエコカー」と呼ばれるFCVではあるが、現在、日本で売られているのはトヨタのMIRAIとホンダのクラリティ(リース販売)の2車種。FCVの国内販売シェア(2019年度)はわずかに0.02%(約700台)と苦戦が続いている。価格が高いことと水素ステーションの整備が遅れていることが理由である。
「量産効果」でコストは初代の半分以下に
価格を引き下げるとともに、ステーションが増えなくてはFCVの普及はままならない。メーカーとして主体的に取り組めるのは価格の引き下げである。新型では燃料電池システムを高性能・小型化を実現するとともに製造段階の生産性を格段に引き上げた。それでも生産台数が増えない限りは、期待される量産効果による価格引き下げは実現できない。そこで出てきた考え方が燃料電池システムの外販である。
トヨタは新型MIRAIの発売に際して、虎の子ともいえる燃料電池システムをトラックやバス、重機のメーカーに外販し、FCVトラック・バスなど商用モビリティを積極的につくってもらう戦略を本格的に打ち出したのだ。乗用車の枠を超えて燃料電池システムの導入を広げることで、中核システムの量産化を実現し、コスト低減につなげることを目指す。この量産効果も含めると、生産コストは「大幅に下がる」(前田プレジデント)といい、燃料電池システムのコストは初代の半分以下になるとみられている。
今回の「外販」は中核システムをとにもかくにも量産し、価格低減を図り、「究極のエコカー」であるFCVを普及させる、という強い意志の表れである。それは「幸せの量産」というミッションを果たすことにもなる。
トヨタとLIXILが共同開発した「モバイルトイレ」
新型MIRAIの発売から3週間近く前の11月下旬、横浜市で開かれたイベント会場に一風変わったトイレが設置された。車いすを使っている人が外出先でも快適に利用できる移動型バリアフリートイレ「モバイルトイレ」が初めてイベント会場に現れた。トヨタとLIXILが共同開発した。

車いすで移動している人にとって外出先でのトイレ探しは難題である。オフィスビルや商業ビルには最近ではバリアフリーの多機能トイレが設置されることが多くなったが、野外でのイベント会場などでは整備が遅れている。障害者が気軽に野外イベントに参加できる状況には至っていないのが実情なのだ。
そんな社会課題を改善しようとトヨタの社会貢献推進部が動いた。自動車メーカーのトヨタは移動型のトイレの外枠をつくるのはお手の物だが、トイレ自体の製造には疎い。住宅設備メーカーのLIXILに協力を求めたのが2019年9月だった。共同開発が本格化したのは2020年1月からで、入社4年目のトヨタ試作部の板野美咲さんらがモバイルトイレの担当となった。
LIXILグループの中でトイレ設備を作っているのは旧INAXで、その開発部門は愛知県常滑市にある。板野さんの豊田市と常滑市との行き来が始まった。車いすユーザーや福祉工学の専門家などにもヒヤリングし、詳細が固まっていった。板野さんは「試作部では部品の製作に従事し、エンドユーザーの声を聞く機会はあまりない。今回の開発ではエンドユーザーの声を聞き、つくり上げる大切さを学びました」と話す。こうした試みも「幸せの量産」への一歩となる。

利益追求だけでは「市場」からは評価されない時代
企業活動にとって企業の存在意義を問うビジョンやミッションをまとめた経営理念はなくてはならない。経営理念が蔑ろにされると、ともすれば売上高や利益だけをあげていれば経営は安泰、となりがちだ。だが今はSDGs(持続可能な開発目標)が重視され、それぞれの会社がどのように社会課題の解決に挑んでいるかが問われる時代である。
利益を上げることはSDGsを実現するにはもちろん必要だが、利益追求だけでは消費者を含めた「市場」からは評価されない時代となったのである。ましてや個人も企業も持続可能性が揺らいでいるコロナ禍ではなおさらである。
トヨタが「SDGsに本気で取り組む」と2020年5月に表明し、11月の中間決算の説明会の場で10月に社内でまとめた新しい経営理念「トヨタフィロソフィー」を披露した。その場で「幸せの量産」をミッションとして表明したのは、企業が今の時代に目指すべき道を考えれば必然であった。
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