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市川房枝記念会女性と政治センターのシンポジウム

 女性の政治参加に生涯をかけて取り組み、戦後は「理想選挙」を実践して25年間参議院議員を勤め、最後は87歳の高齢で全国区にトップ当選、在職のまま1981年に亡くなった市川房枝。その市川房枝が女性の政治活動の拠点として「婦選会館」を新宿西口南に設立したのが1962年でした。

 その財団が名称を「市川房枝記念会」を経て「市川房枝記念会女性と政治センター」と改め、今日はその50周年記念シンポジウムが津田ホールで開催されました。基調講演が緒方貞子氏による「市川房枝・グローバリズムへの先駆け」。シンポジウムのパネリストは堂本暁子(前千葉県知事・参議院議員)、井上輝子(和光大学名誉教授)、花崎哲(桜映画社代表・市川房枝映画取材者)、コーディネーター山口みつ子(財団理事)の諸氏でした。

 シンポジウムの副題は「市川房枝のおくりものーー振り返り未来をみつめて」でした。おくりものとは、婦人参政権を意味します。選挙での投票権も立候補も、戦前の日本では一切認められず、敗戦後にようやく男女平等の政治参加が認められたのでした。その政治参加が順調に進んでいるとは、とても思えません。日本はいまだに男女平等後進国のままです。

 討論の中で、堂本氏の話が印象的でした。知事になった経験から、権力と予算を動かせる立場になって、はじめてやりたいことが出来るのを実感したというのです。そして1990年代には、21世紀になれば女性の力で政治が動かせるようになっているだろうという期待があった。しかし実際には、むしろ逆風が強くなっているのではないかという話になりました。とりわけ今回の解散総選挙には、パネリストの全員が強い危機感を持っているようでした。

 だからどうするかということですが、女性の集会によくあるように、「身近にできることから一つずつ積み上げて行こう」という話で拍手になって終るのです。それはそうに違いないのですが、50年かかって、すぐれた先輩がいても実現しなかった現実への突破口は、どこにあるのでしょうか。

 国政の半分を女性が分担するようになれば政治が改善するのは確実だと私は思います。それには投票権が平等なだけでは不十分だと、私は考えるようになりました。民意を代表する議会の定員は、男女が同数の平等になるのが自然なことだと思います。

 婦人参政権は、投票権の平等から代表権の平等を要求するところまで行かないと完結しないのではないか。数十年前に、当時は「婦人運動」と呼ばれていた男女平等運動の手伝いをしていた頃に考えたことを、今日もまた思い出しました。

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