記事

『千と千尋の神隠し』は何を伝えたかったのか

米国大統領選挙が終わり、アメリカ国民はオバマともう一度夢を追いかけることに決めた。オバマは1936年のフランクリン・ルーズベルト大統領以来、最も高い失業率の下で再選された。この歴史的な勝利の裏には、格差是正を求める左派の台頭があり、競争に疲れた世界各国の大きなうねりが体現される形となった。

『千と千尋の神隠し』は、いき過ぎた高度資本主意義を批判した映画として読み解くことができる。ぼくはこの映画をはじめて鑑賞したときに、宮崎駿は資本主義の世界に対してよほど嫌悪感が強いのだろうなと思ったことを確かに覚えている。たとえば、子供たちへの深い愛情にあふれた両親を描いていた、『となりのトトロ』、『魔女の宅急便』とは一線を画し、目には光がなく、欲望の赴くままに、千尋が制止するのも聞かず、「現金もあるし、クレジットカードだってあるのだから…」と言い、陳列されている食べ物に勝手に手をつけ、無自覚な豚に変身してしまう。

「カオナシ」は、まさに宮崎駿が資本主義世界を最大限に描き出したキャラクターだ。カオナシは食べ物を与えてくれた者に対し、砂金(ゴールド)を渡すことによってお礼をする。だけどこうした一見秩序あるように見える状態は長くは続かない。しばらくすると、カオナシ自身がコントロールを失い、無秩序に、そして無制限に食べ散らかして、湯屋という組織を混乱させるのだ。いつまでたっても満腹になることはなく、最後は大量の排泄物を垂れ流すことで冷静さを取り戻す。

この異世界はファンタジーではなかったのだ。湯屋「油屋」の経営者である湯婆婆が、資本家として労働者を搾取するような組織は、まさにカール・マルクスが著書『資本論』で警告した世界観だ。マルクス経済学においては、資本家は資本の人格化という以上の意味を持たない。生産手段と労働力を結合させることによって自己増殖する価値としての資本を形成し、資本家は両要素を結合し、剰余価値を搾取しようと意思する人格である。マルクス主義においては、「資本家=ブルジョワジー」として扱われ、とりわけこの時代では資本家は確固たる個人として明瞭に認識され、階級としての存在も認識されやすかった。だからこそ湯婆婆は、確かな個人としてその肩書きではなく、「湯婆婆」として労働者に深く認識されていたのであろうし、雇用者の「名前」という個人人格を奪い、雇用者をひとつの「労働者」として支配していたのだ。

「カオナシ」が放出した砂金に群がる多くの悲しき労働者たち、そして無尽蔵にあふれだした砂金は、いつしか価値を失い、ゴミくずとなって塵と消える。資本主義世界で増殖したマネーはまさに幻想で、労働価値を失わせているものだと伝えたかったのだろう。その証拠に千尋は、「カオナシ」が報酬として渡そうとするあらゆる財について興味を示さず、一貫して目に見える「何か」を追い続けていた。

宮崎駿は間違いなく、ファンタジーという夢のある世界を描くつもりなどなかったのだ。そこにはあくまでも資本主義世界に対する大いなる問いかけがあるだけだ。

宮崎のこうした世界観が正しいとは決して思わないけれど、現実世界でも千尋のエネルギーは増殖している。ドッド・フランク法、バーゼルⅢといった金融規制は、しきりに報酬を与えようとする「カオナシ」に対する千尋の「いらない」という言葉なのだろうし、オバマ大統領の再選は、千尋が豚になった親を正しく選択した(そこには両親は存在しないと告げた)時の湯屋の労働者の歓喜に現れている。

物語はここでハッピーエンドを向かえ、千尋親子は異世界から現実世界へと戻るわけだけど、資本家としての権威を失い、財の指標を失った湯屋は、果たして組織として機能しているのだろうか。ひょっとしたらハクが湯婆婆に代わり、新たな資本家となっているのかもしれないし、「アラブの春」と呼ばれた民主化運動の跡地のように、民衆の動乱が起きているかもしれない。はたまた交換財を失った労働者は生きる術を失い、途方にくれているかもしれない。

現実世界に戻った千尋は成長し、湯屋以上に複雑化した世界に同じような矛盾を覚え、その純粋なまなこで世を見つめ、戦いを挑むのだろうか。そして「カオナシ」が労働者の飽くなき欲望に必死に応えようとした姿は本当に「悪」だったのだろうか。この大いなる問いかけにぼくはまだ答えを見出せずにいる。

あわせて読みたい

「宮崎駿」の記事一覧へ

トピックス

  1. 一覧を見る

ランキング

  1. 1

    天皇陛下の政治利用疑惑。都議選前夜に、宮内庁長官の発言は軽率と言う他ない

    音喜多 駿(参議院議員 / 東京都選挙区)

    06月25日 08:16

  2. 2

    金融資産1億円はもはや「富裕層」ではない

    内藤忍

    06月25日 11:24

  3. 3

    宮内庁長官の“陛下が五輪懸念と拝察”発言 記者から「発信していいのか」と確認も

    BLOGOS しらべる部

    06月25日 14:08

  4. 4

    <TBS「週刊さんまとマツコ」>悩みなき萬斎娘・野村彩也子アナに悩み相談させるのは残念

    メディアゴン

    06月25日 09:00

  5. 5

    NHK「たけしのその時カメラは回っていた」予定調和の気持ち悪さ

    メディアゴン

    06月25日 08:27

  6. 6

    「天皇陛下が五輪に懸念」…異例の長官「拝察」発言に賛同相次ぐ

    女性自身

    06月25日 08:32

  7. 7

    反ワクチン派への否定に医師「長期的な副作用は不明であることを念頭に置くべき」

    中村ゆきつぐ

    06月25日 08:57

  8. 8

    ワクチン予約サイトの「.com」運用に疑問 行政はドメイン名で信頼性を担保して

    赤木智弘

    06月25日 10:24

  9. 9

    「五輪は延期か中止を」立憲民主党東京都支部連合会長妻昭会長

    安倍宏行

    06月25日 12:31

  10. 10

    営業職の約8割「嫌な思いした」誰得営業が発生する現実

    キャリコネニュース

    06月25日 09:55

ログイン

ログインするアカウントをお選びください。
以下のいずれかのアカウントでBLOGOSにログインすることができます。

コメントを書き込むには FacebookID、TwitterID のいずれかで認証を行う必要があります。

※livedoorIDでログインした場合、ご利用できるのはフォロー機能、マイページ機能、支持するボタンのみとなります。