「完全に『有吉の壁』だと思います。僕らで言うとやっぱり菅さんがネタ書いていて、菅さんが面白いんですけど、そこにライトが当たるときが少なかったんですよね。3人で出てても尾形さんを皆さんでイジって、僕がツッコんで終わる、みたいな。それが『有吉の壁』で、『菅が一番面白いね』ってなったら、やっぱりバランス良くなって」
11月に放送された『ロンドンハーツ』の対談企画で、バイきんぐの小峠英二に「最近の好調ぶりの理由」について聞かれた際に、そんな風に語っていたのがトリオ芸人・パンサーの向井慧だ。
MCの有吉弘行とアシスタントの佐藤栞里 『有吉の壁』公式ホームページより
向井の話を要約すると、これまでのひな壇トークを中心としたバラエティ企画では、体を張ったボケをする尾形貴弘を共演者がイジってそれを向井がツッコむというケースが多く、その2人が目立っていた。だが、実際にネタを作っているのは“3人目”の菅良太郎であり、トリオ一番の核は本来その菅だったのだという。そして、その菅の元来持つ面白さが『有吉の壁』で開花したということだった。
『有吉の壁』で躍動する芸人たち
実はこのところ、似たような話を耳にする機会が多い。つまり、自分たちが活躍できている裏には『有吉の壁』がある――というのだ。
2013年のキングオブコント王者・かもめんたるの岩崎う大は、こんな風に話していた。
「賞レースを獲って、じゃあ次はテレビだねとなったけれど、その水が僕らには合わなかった。ひな壇でのトークとかって、いかに自分の素が出せるかが勝負なんです。少なくとも、素を出しているように見せないといけない。でも、それが僕はすごく照れ臭かった。演劇やコントの役としてだったらいいんですけどね」
キングオブコントという一大賞レースの王者になっても、実はそれと地上波のテレビ番組は地続きになっていなかった。近年のテレビバラエティの世界で隆盛を誇っていたのは、ひな壇形式のトーク番組や情報番組のパネラー、クイズ番組であり、彼らが脚光を浴びた“ネタ”を継続的に見せられる場所などどこにもなかったのだ。
だからこそ、そんな彼らにとって『有吉の壁』のような番組が定期的に放送されていることは非常に大きな意味を持っているという。
「最近は『有吉の壁』とかで普通のネタ…ではないんですけど、ああいう作りこんだキャラクターを見せられるようになったのは嬉しいです。それで笑ってもらえるというのは、僕らみたいな芸人にはとてもありがたい」(岩崎)
コント職人である彼らにとって、味のあるキャラクターを表現できる場所さえ与えられれば、そこで笑いを獲る手腕は十二分に持っている。
ここのところの再ブレイクの兆しはそんなところにも理由がある。
歌ネタで人気の若手芸人が感じた原点回帰
また、今年YouTubeでの“歌ネタ”がバズって人気を博した男女コンビ・パーパーのほしのディスコも、同番組への想いをこんな風に語っていた。
「歌ネタでバズったのはありますけど、あくまで自分は芸人でありたい。自分の強みは“ひどいことをされても笑いになるところ”だと思います。『有吉の壁』でも結構ボコボコにされているんですけど(笑)、普通の人にやってしまうとちょっといじめみたいになってしまうことでも自分だと素直に視聴者が笑うことができる。それは芸人としてありがたいことだなと思います」
番組内でボコボコにされながらも、笑ってくれるスタッフや演者のリアクションを見ることで、自分の芸人としての「強み」を再確認することができたという。
歌という、芸人としてはある種「飛び道具」で人気になりながらも、笑いという原点に帰ってこられる番組の存在のありがたみを、ほしのは強く語っていた。
日テレ系で水曜の夜7時から放送されている『有吉の壁』のテーマは「MCの有吉弘行(とアシスタントの佐藤栞里)を笑わせる」というシンプルなものだ。
メイン企画となる「一般人の壁」では毎週30人程度のお笑い芸人たちが遊園地やショッピングモール、大学などを舞台にその場を活かしたネタを披露していく。即席のコンビや団体芸も含めて、ウケれば何でもありの異種格闘技戦でもある。そこにはベテランも第7世代も別はない。
「ひな壇トークにたけていることが唯一の正解じゃない」
同番組の総合演出を務める橋本和明氏は、今年5月のギャラクシー賞受賞に際した取材でこんな風に語っている。
「芸人にとって、ひな壇トークにたけていることが唯一の正解じゃないということを示している座組みだと思います。ユーチューバーがエリート会社員より稼いでいたりする時代に、笑わせ方も勝ち方も1個じゃない」(『日刊スポーツ』8月26日)
そんな橋本氏の言葉の通り、当たり前のことだが多くの芸人にも得手不得手がある。
すべての芸人がエピソードトークや話術に長けているわけではないし、そうである必要もないだろう。
「素を出すのが苦手」というかもめんたるの岩崎もそうだし、パーパーのほしのも「基本的に恥ずかしがりやだから、トークになるとみんなの視線が集まるので苦手なんです」と言っていた。
だが、彼らはみな数千人もの参加者のいる賞レースで上位に食い込んでくるような猛者たちだ。もちろん個々人の笑いの好みはあるとはいえ、力を発揮できる場所に置かれたら面白くないわけがないのである。
にもかかわらず、これまで地上波ではなかなか本人たちが納得する形で活躍することができていなかった。その理由のひとつは間違いなく、前述のように地上波で継続的にネタを披露できる場があまりに少ないという現実だった。
そこについては日テレ局員もこう語っている。
「昨今の苦しいテレビ業界において、ゴールデンタイムは各局とも失敗のできない時間帯なんです。だからこそ予算がかからず手堅く視聴率が取れるスタジオもの、すなわちトーク番組やクイズ番組、情報バラエティなどが増えるという流れは確かにありました」
そうなると、そこに参戦する芸人たちに必要な能力は、ネタそのものというよりもコメント力や順応力ということになる。そして、必然的にそういった能力の高い顔ぶれは固定化される。結果的に芸人側は一度そのチャンスを逃してしまうと、なかなか次の機会を得ることができない状況が続いていたのだ。
コロナ禍で変わるお笑いの在り方
そこに『有吉の壁』は一石を投じた。
毎回ロケ地に赴き、ネタを披露するという形式はこのコロナ禍では大変なことも多かったはずだ。
それでも“ひな壇トーク”のスタイルに向いていない職人系の芸人たちにとって、「ネタはどうやってもOKだが、ウケるかはどうかは力量次第」というフィールドは、持て余した力を全力投球できる場所だったのだろう。
いま『有吉の壁』は「芸人が最も出たい番組」といわれているという。
それは「中身を変えなきゃいけないなら、ばっさりやめさせてほしい」(前出・橋本氏)という「笑い」を中心に置いた作り手側の決意に惹かれている芸人が多いからではないか。
コロナ禍で、現代の笑いの在り方も少しずつ変わった。自宅でテレビ視聴をする時間も増え、その結果としてひな壇トークだけでなく、少しずつネタに力を入れた地上波番組も増えてきているように思う。
その転換点となったのが、『有吉の壁』なのかもしれない。
(「文春オンライン」編集部)