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「プロデューサー鈴木敏夫、一日にして成らず」 ジブリを支える名物Pの足跡辿る2冊

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ジブリ鈴木敏夫プロデューサーから届いた2冊の本

年の末にもなる12月半ば、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーから2冊の本が届いた。

1冊は4200円の豪華本『ALL ABOUT TOSHIO SUZUKI(オール アバウト 鈴木敏夫)』(KADOKAWA)、もう1冊は『ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。』(角川書店)である。いままで数多くのジブリ関連本を読んで来たが、この2冊は強烈だった。

なぜなら両方とも鈴木敏夫プロデューサーについて書かれた本で、かつジブリ秘史の様な側面も持つ本だったからである。しかも、鈴木さんとメールのやりとりをするうちに『ALL ABOUT・・・』はこの度のコロナ禍によって生まれた本だということがわかった。

思えば私と鈴木さんとの交流は『紅の豚』公開時の1992年に始まり、今年で29年になる。以来、どちらかが忙しく一時疎遠になったりしたが2011年以降は私がスタジオジブリの小冊子『熱風』に連載を始める前後から頻繁にお会いすることになった。

その頃、私はテレビディレクターからプロデューサーへと役割が変わる時期だったこともあり、高畑勲監督や宮崎駿監督の黒子となりながら、高品質で世界中の観客に訴求するアニメーション作品を作る映画プロデューサー・鈴木敏夫の仕事術を盗んでみたいと思っていた。

隠れ家で交流するうちに気付いた、鈴木氏の知られざる一面

私は「れんが屋」と称する鈴木さんの隠れ家で多くの方と交流し、いくつかの映画のメイキングを作り、新作のラッシュ(編集前のフィルムをつないで1本にしたもの)について意見を聞かれ、挙句の果てに、あるジブリ映画の第1稿まで書いた。(すいません。ただしこれは失格でした。苦笑。)

ただ、いま考えると、自分が鈴木さんから何かを盗んでいたのか、それとも鈴木さんに自分が試されていたのかよくわからなかった。

そしてある日、私は「れんが屋」で、鈴木さんへの認識を改めることとなった。鈴木さんが夜中、タバコを吸いながら雑談をしている時、足元に高畑勲監督の最後の作品『かぐや姫の物語』(2013年)の分厚い「予算計画書」があったのを見たのだ。

鈴木さんは時に仙人の様な姿を見せるし、時には厳しい修羅場を経験してきたヤクザの様な目をするし、また、大笑いし場を和ませることもある人だ。そんな鈴木さんが、私が帰った後に厳しい顔であの予算書をながめているのだと思うと、私は認識を新たにせざるを得なかった。

そう、あの文化人然としたクリエイティブな鈴木さんは、その実、仕事人組織であるスタジオジブリを動かす名プロデューサーであったのだ。

今回の『ALL ABOUT TOSHIO SUZUKI』は、まさに仕事人としての鈴木敏夫を知るための貴重な資料集である。鈴木さんからのメールによると、この豪華本は京都で開かれる予定だった展覧会のために集めた資料などをまとめたものだという。

そう、コロナ禍で展覧会が中止になったため、展示されるはずだった膨大かつ貴重な資料が収納されているのだ。ただ、特筆すべきは、この分厚く大きい本はこの資料をストーリーとして読ませるという点だ。

「プロデューサー鈴木敏夫、一日にして成らず」 

本書は第1章の「鈴木敏夫、徳間書店入社から徳間退社。ジブリ設立」まで84ページもある。年表では1990年にジブリが設立されたとあるので、まさに東西冷戦が終わりベルリンの壁が崩壊した翌年、つまり世界が変貌する時にジブリは生まれた。

また手書きの制作資料などを見ると、そのデリケートな仕事ぶりに驚く。ただ、この計画書通りにアニメ制作が進捗する訳でもなく、鈴木さんはその対処に日々追われていたことも想像出来る。

私も日本テレビ入社後、先輩プロデューサーに「吉川。番組は段取りだ。とにかく段取り」といわれたが、この本はジブリアニメに緻密な計画・設計書があったことを教えてくれる。まさに、「プロデューサー鈴木敏夫、一日にして成らず」である。

ジブリならではの美麗な映画ポスターなども見物だが、私にとって最も印象深かったのが、「映画『もののけ姫』制作予算超過等に関するご報告と提案」というページだった。

私もテレビで予算・人事管理などをするチーフプロデューサーをやって来たが、映像ビジネスにおいて、制作途中に関係各所や資金を出す側にこの様な書類を出すことは異例中の異例である。また、ここには細かな数字も出ている。まさに華やかだけではない鈴木敏夫の姿が現れているといっても過言ではないだろう。

そのほか、鈴木さんの個人的な書道や小説などの活動があり、最後に鈴木敏夫のルーツともいえるページが出てくる。まさに映画耽溺少年だったが、鈴木さんの人格形成に何が影響したのかが想像出来る。

現在、私は映画監督の是枝裕和氏も特命教授を務める、早稲田大学表現工学科で講師をしている。教えているのは「プロデュース概論」。全学部の約120人の学生が対象だが、皆例外なく「プロデューサーになりたいのですがどうやってなるのですか?」と聞いてくる。

毎週、テレビ・映画・ネットほかの映像メディアについて必死で語っているが、ぜひこの若者たちにもこの本を読んで欲しいと思う。なぜなら、ここには宣伝チラシ1枚のために朝までワイワイと騒ぐ、映像野郎たちの矜持がそのまま描かれているように感じるからだ。

先人の知恵にも通じる、鈴木氏の言葉

そしてもう1冊、『ジブリの鈴木さんに聞いた仕事の名言。』。こちらは鈴木さんがラジオや講演会などで話した内容をインタビュアーの木村俊介さんが選び、読み易く短い言葉にしてまとめたものだ。

当初私は、この様に簡単に読める鈴木さんの本など邪道ではないか?と思っていた。だが時に、1ページに1フレーズほどしか出てこないこの本を読み始めると、何かを思い何かを考え、その都度ページをめくる手が止まってしまって、読み進めなくなる。

この本には「仕事をすること」と「生きること」、あるいは「死ぬこと」についての時に重く、時に鋭く、そして時に優しい言葉が散りばめられている。1週間ほどかかってやっと読み終わったが、これは安易なビジネス書ではない。

中国の古典に『菜根譚(さいこんたん)』という処世訓があって、私はかつて香港の友人に薦められて、仕事が最も忙しかった30〜40代の頃枕元において読んでいた。菜根譚は先人の知恵が詰まった、まるで”読む精神安定剤”の様な書であった。

鈴木さんの『仕事の名言』も読む年齢やその人の立場や仕事によって受け止め方は違うとは思うが、菜根譚のような“常備薬“的な役割もあるように思う。もちろん仕事に懸命に取り組む人々の座右の書としてもよい。

警句のカタマリとも取れるこの書には、読むものを和ませる鈴木さんの友人であるタイのカンヤダの息子の写真が効果的に配置されている。

黒子に徹していた鈴木プロデューサーがどうしてこの2冊の本を出版したのか?それは鈴木さんの自己顕示欲の発露なのだろうか?・・・僕は決してそうは思わない。これは多面体ともいえるスタジオジブリの重要な記録のひとつなのだ。

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