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放射能より怖いカルチュラル ラグ - 坂根 みち子

つくば市 坂根Mクリニック  
坂根 みち子
2012年11月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

カルチュラル・ラグとは、文明の発達が与える影響に、多くの人間が適応しきれぬままにさらされている状態を指すのだそうだ。医療者にとっては、ドラッグラグという聞きなれた言葉があるので理解しやすいだろう。

例えば、携帯やスマフォは、瞬く間に生活の中に入り込んでしまった。今や大学生は、授業中も机の上にスマフォを出して、指でなぞりながら授業を聞いている。人と会っているときも携帯やスマフォが鳴るとそちらを優先させる。診察室でも電話に出てしまう患者もいる。TVとパソコンと携帯にお金と時間が取られ、思考する時間と本を読む時間が削られた。それが子供たちの発育発達をどれだけ阻害しているか。皆持っているからという理由で簡単に子供に与え、子供はあっという間に依存症になってしまった。親の目が届かないところで夜中でも携帯を使っている。取り上げようものなら子供はヒステリー状態となりすでに手が付けられなくなっている家庭もある。無制限に与える前にルールを決めるべきだったのだが、当の大人たちが携帯・スマフォの弊害について理解していなければ出来るはずがない。カルチュラル・ラグの典型例である。

TVとPCと携帯は3種の神器ならぬ3種の凶器(いや狂気か)である。

今の大学一年生は、小学校3年生の時ゆとり教育がはじまり、内容が3割減らされ、高校2年の時にその制度は廃止された。

彼らが小学生の頃、男の子達は放課後スポーツで汗を流さずに公園に集まってゲームボーイに興じていた。ゆとり教育を親たちは誰も信じなかった。皆こぞって塾に行かせるようになり、子供たちは薄く浅く一日中机に向かっているような生活になった。長時間机に向かってはいても、1960年代の教科書の半分の内容しか教えられていなかった。たとえば算数は基礎を繰り返すことから応用力がついてくるが、授業では1時間かけていろいろなやり方で解き方を説明してそれで終了。繰り返しのトレーニングがないので身についていかない。公教育の内容が薄いため出来る子には逆差別となり、授業は退屈で勉強が嫌いな子が増えた。国際比較で、日本の子供たちは飛びぬけて勉強が嫌いな率が高い。

ゆとり教育を終了したとき、総合学習の評価もしないうちに制度を戻したと批判されていたが、総合学習の時間を有意義な時間に変えられたのは一部のスーパー教師のみであった。各自テーマを決めてそのテーマに沿って調べ1年間かけて学習する。聞こえはいいが、そんなことをやったことのない教師がクラス人数分の課題に対応できるわけがない。一部の子を除いて、パソコンで調べ切り貼りし、お茶を濁していた。授業参観でこれに何時間かけたのですかと問うと60時間と言う。参観後の懇談会で親たちは口々に素晴らしい発表でしたと誉めそやした。その分読み書き計算に費やしてくれればと天を仰いだ。

子供たちは習い事と塾通いで忙しく、母親たちはその世話に明け暮れ、家の手伝いや社会の規範を学ぶチャンスを失ったが、当の親たちはその異常性に気付かなかった。人は横並び感覚はとらえられるが、時系列的な感覚は持たないらしい。母親は家庭内でオーガナイザーであればいいはずだが、子供のために召使のようにすべてやってあげるのが良い親と勘違いしているようだった。そしてすべてを背負込んで疲れていた。

ごく普通に見える子がいとも簡単に一線を越え罪を犯した時、マスコミは盛んに「心の闇」の解明を訴えたが、彼らに心の闇はない。ただ未熟で幼稚な精神性が発現しただけのことである。成熟する過程を経ていないのである。日本人にとって生命線であった教育がないがしろにされてきた結果である。

大学の入試も対応が遅れた。一発試験の点数のみで決まる制度では、小さいころから塾に行って中高一貫の私立に入り、そこでも塾に行って試験のための勉強しかしない子供のほうが有利となる。東大の理Ⅲの出身校を調べてみればわかる。中高一貫私立校の出身者ばかりであろう。小数点以下の点数差で人を選ぶ意味が分からない。ある予備校で成績トップだった生徒は東大の理IIIに入ったが、彼は1年間誰とも口を利かず、いつも下を向いていたという。

天下の最高学府でさえ足元で何が起こっているか把握していなかった。こうやって勉強だけやって入ってきた彼らは道を踏み外したこともなく、生活体験や想像力に乏しい。そして皆素直で幼い。言うならば温室育ちのまっすぐなきゅうりである。東大では入学後も相も変わらず点数のみで進路が振り分けされ、豊かな教養を身に着けるチャンスは失われていく。

彼らが国の中枢に立ったとき、いざという時の判断を任せられるのか極めて心もとない。震災時の国の対応を振り返ってみればわかる。修羅場を踏んでいない想像力もない頭でっかちが国を滅ぼす。最高学府が9月入学とするならば、いっそ自衛隊の入隊も選択肢の一つとし、せめて半年でもきついトレーニングをして極限状況を知って欲しい。文明の発達は人間を劣化させたが、現代人にその自覚はない。
 
食の問題はさらに深刻である。
今の子供たちは小さいころから甘いものに囲まれている。
アメリカから入ってくるものはアイスクリームもドーナッツもより甘くなっている。

日本はコメ文化であり、もともと糖質が高い食事になりがちである。最近イギリスの有名な雑誌にコメ文化では糖尿病になりやすいという論文が出たが、日本人が糖尿病になりやすいというのは、医療関係者にとっては周知の事実である。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」ではないが、「一日に米4合と味噌と少しの野菜を食べ」ているだけならいいのだが、朝から菓子パンなどの糖質二重奏のようなものを食べて白米も食べてとなると、血糖を下げるインスリンを分泌する唯一の臓器である膵臓が持たないのは明らかである。

ところが子供たちの食生活を見ると、朝ごはんを食べずに菓子パンを買い、合間にドーナッツやアイスクリーム、スナックを食べるようなことを繰り返している。一日中高糖質食である。糖分は依存になりやすく、切れるとますます欲しくなる。いま日本では、携帯依存症に加えて糖依存の青少年を大量に作り出している。

先日狭心症の検査に来た40歳そこそこの男性は、小学生の時には既に100kgあり、16歳で糖尿病発症、20代で網膜症になり、30代で透析が導入されていた。父親も糖尿病により70歳で心筋梗塞で亡くなっている。親の世代より子供の世代のほうがずっと早く発症する。その次の世代はもっと早いだろう。家族に糖尿病がいなくても皆続々と糖尿病になっている。静かにそして確実に未来を担う子供たちがむしばまれている。ところが携帯と一緒で親にその自覚がない。これもまたカルチュラル ラグである。

もちろん売らんかなの企業にはその意識はない。マクドナルドが本国で子供の肥満を悪化させていると批判されてディズニーが景品の提携をやめたのが何年前だろうか。日本では全く報道されず、その後釜を狙う企業が引きも切らない。

最近診療をしていて子供でも大人でも、花粉症やじんま疹、喘息等のアレルギー疾患が増えたのを感じている。そして、すぐ風邪をひく。

アレルギー反応は、体が異物との共存を拒否し反撃するので起こる。以前はあった免疫の寛容さがなくなっている。またウイルスや細菌に対する弱さは、体の免疫システムが必要な時に十分機能していない証拠である。昔はよく、青っ洟を垂らしている子は風邪に強いと言われていたが、今はちょっとでも鼻水が出たり熱が出るとすぐ病院に行く。

そのために折角の体の免疫応答を使わずに退化させている。風邪(=ウイルス性)には抗生剤が効かないので、水分摂ってよく寝るのが基本ですよ、と繰り返し話すが、患者さんは抗生剤を処方しないというのをなかなか理解してくれない。医療者側も安易に処方する。確かに混合感染も多いが、医師も患者も数日耐えてから判断することが出来なくなっている。抗生剤の過処方による耐性菌の問題は、この先必ず訪れる細菌の逆襲=些細な感染から抗生剤が効かず命を落とす時代から目をそらしているだけである。私は「早めの○○○○」は嘘ですよ、はやく寝なさいという意味だと話している。

今アメリカでは自己免疫性疾患が増えているという。(「免疫の反逆」ドナ・ジャクソン・ナカガワ著) 癌や心臓病より多いそうだ。自己免疫性疾患とは、免疫システムに狂いが生じ、敵味方の区別が出来なくなり自分の体を攻撃してしまう病気である。SLEに代表される膠原病やリウマチ、多発性硬化症、I型糖尿病等多岐にわたる。この40年で多くの環境毒物に晒されるようになったためと考えられている。発がん性物質は、規制されているが、自己免疫誘発物質は野放しになっていて子供たちの体をむしばんでいく。食品添加物やテフロン加工製品などに対して強い警告が出されている。

アメリカでおこっていることは、遠からず日本にも起こる。もうすでに兆候は表れている。多くの日本人は責めやすいところだけ責め、自己を律しなければいけないことに関しては気付かないふりをしている。

実は子供たちを育てていくうえで放射能の問題よりこういった問題のほうがはるかに大きい。放射能は数値として測れるようになったので、わずかな数値でも目の色を変えるが、食育も教育も数値で測れないので実感しにくいのである。日本人は数値化に弱い。数値で物事を判断するようになると本質を見誤る。

原発についてはこれから人類の英知を結集して対処していかなければいけないが時間がかかる。しかし携帯の問題も教育の問題も食育の問題も、もう待ったなしである。私たちは大上段に構えるのではなく、自分と子供たちの生活を見直すことからすぐにでも始めなければならない。

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