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狙われる技術大国・日本 企業の「営業秘密」を守るには - 川崎隆司 (Wedge編集部員)

日本の「技術」が危機にさらされている。大阪府警は2020年10月、技術情報を中国企業に漏洩したとして、大手化学メーカー「積水化学工業」の男性元社員を不正競争防止法違反容疑で書類送検した。漏洩したとされるのはスマートフォンのタッチパネルなどに使う電子材料「導電性微粒子」の製造工程に関する機密情報で、積水化学が世界シェアトップを握るコア技術だ。


ファーウェイのワルシャワ支社に立ち入る従業員らしき人物。ポーランドでは、19年1月、同社の中国人幹部ら2人がスパイ容疑で逮捕された (NURPHOTO/GETTYIMAGES)

中国・広東省の通信機器部品メーカー「潮州三環グループ」の社員は18年、ビジネスに特化したソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「LinkedIn(リンクトイン)」を通じて積水化学の元社員に接触し、関係を築いたという。

国内の人手不足や中途採用の普及も技術流出のリスクに拍車をかける。一部報道によれば、IT人材会社「スカイテック」(東京都千代田区)は、職務経歴を偽って、東証一部上場企業などに中国人エンジニアやプログラマーを派遣していたとのことだ。経歴を詐称した海外人材が国内のシステム開発現場に入り込んでいたのである。

ある大手外資系コンサル会社の幹部は「海外の人材紹介会社が役員候補として推薦した中国人の経歴を調査したところ、詐称が発覚した。当然採用を見送ったが、その後、何食わぬ顔で別会社にアプローチをかけていてもおかしくない」と危機感を募らせる。

さらに、企業はもちろん、本人すら気づかないうちに技術を窃取されているかもしれない。ある中小機械メーカーの元営業責任者の男性は「近年、国内の展示会では中国、韓国籍の技術者がブースに多く集まるようになった。彼らは製品の技術や性能について熱心に質問し、日本の技術者は喜んでそれに応じている。だが、いざ具体的な取引の話になるとスッと身を引いてしまうのが特徴的だ。中国で開催されたある展示会で新製品を出展したところ、翌年には、性能は劣るが同じような見た目と動きをした製品が中国メーカーから出展されていた」と驚きを隠さない。


(出所)各種報道等を基にウェッジ作成 写真を拡大

日本企業は自らの機密情報をどのように守っていくべきか。

近年、日本でも経済スパイへの対策を強化しようとする動きがみられる。15年に改正した「不正競争防止法」では、未遂犯の処罰や罰金額の引き上げ、不法に得た利益の没収、国外犯処罰の範囲拡大など、特に刑事上の法整備面で大きく前進した。だが、改正から5年余りが経過しても、法律適用により刑事罰が与えられた事例はまだない。

不正競争防止法の適用をめぐる裁判で最も重要な争点となるのが「秘密管理性」である。つまり、「『営業秘密』として、従業員誰もが客観的に機密情報だと分かる形で管理していた」ことを会社側が証明せねばならないのだ。会社側の管理体制が不十分だったために、「機密情報だとは思わなかった」といった従業員側の答弁が支持され、不起訴とされるケースも多い。17年3月公表の情報処理推進機構(IPA)が国内企業約2000社に実施したアンケート調査によれば、「営業秘密とそれ以外の情報を区分しているか」との問いに対し、42.4%の企業が「区分していない」と回答した。「分からない(10.5%)」を含めると、半数を超える。

産業技術は国家競争力の源泉
日本企業は公的機関との連携を

SNS利用やサイバー攻撃など、手口が複雑化する経済スパイに対し、企業単独で対策を講じるには限界がある。公的機関の支援、連携が必要だ。


 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)では、「営業秘密知財戦略相談窓口」を設け、秘密情報管理のルール整備や社内セミナーの実施など、計画的な支援を無料で請け負う。企業へアドバイザーを派遣し、営業秘密のリスト化や管理方法について、企業の実情に合わせたアドバイスも行う。既に流出や盗用が発生した場合は、各都道府県警察との連携支援も担う(詳しくは、「知的財産相談・支援ポータルサイト(https://faq.inpit.go.jp/tradesecret/)」を参照)。

INPITの小原荘平知的財産戦略アドバイザーは「適切な営業秘密の区分をしないまま、コロナ禍で半ば強制的にテレワークへ移行した会社も多い。機密とすべき情報を持って帰ったり、自宅から会社サーバーにアクセスできる状況下では、漏洩リスクが高まる一方だ」と、警鐘を鳴らす。

国家全体としての対策について、公安調査庁調査第二部の渡部亜由子第一課長は「輸出管理規制や法律制定など、技術流出防止に向けた政策決定のためには、民間企業の状況把握や分析が不可欠だ。従来の公安の業務は、企業からみれば『分からない』部分も多かったかもしれないが、今後は国内外の情報に基づく諜報機関の視点を企業側に伝えて相互理解を深めつつ、信頼関係を築いていきたい」と述べる。

「産業技術」は国家の競争力の源泉であり、資源の乏しい日本にとってはより顕著だ。官民一体となり「技術大国・日本」を守らなければならない。

Wedge1月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンなどでお買い求めいただけます。
■取られ続ける技術や土地 日本を守る「盾」を持て
DATA      狙われる機微技術 活発化する「経済安保」めぐる動き    
INTRODUCTION アメリカは本気 経済安保で求められる日本の「覚悟」
PART 1    なぜ中国は技術覇権にこだわるのか 国家戦略を読み解く 
PART 2    狙われる技術大国・日本 官民一体で「営業秘密」を守れ  
PART 3    日本企業の人事制度 米中対立激化で〝大転換〟が必須に
PART 4   「経済安保」と「研究の自由」 両立に向けた体制整備を急げ 
COLUMN   経済安保は全体戦略の一つ 財政面からも国を守るビジョンを 
PART 5    合法的〟に進む外資土地買収は想像以上 もっと危機感を持て 
PART 6    激変した欧州の「中国観」 日本は独・欧州ともっと手を結べ
PART 7    世界中に広がる〝親中工作〟 「イデオロギー戦争」の実態とは?
PART 8   「戦略的不可欠性」ある技術を武器に日本の存在感を高めよ    

◆Wedge2021年1月号より

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