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アキバ化するディズニーランド〜TDRは子どもオタクのための遊園地(中編)

東京ディズニーランドが開園して29年。この間、ゲスト=入場者の数は上昇を続け、2001年東京ディズニーシー開園以降は二つのパークを合わせて年間2500万人を超える人々がここTDR(東京ディズニーリゾート=東京ディズニーランド+東京ディズニーシー)を訪れるようになった。だが、それに反するようにテーマ性=物語性とファミリーエンターテインメントというディズニーランドのコンセプトを崩壊させ、大人の鑑賞に堪えない「子どもの遊園地」、あるいは「オタクランド」と化しつつある。さながらアキバかドンキホーテのような様相を呈しつつあるのだ。実は、本家本元のディズニーランド(アナハイムにあるディズニーランドパーク)は、オープンしてそろそろ六十年近くになるが、このような状態にはまったくなっていない。相変わらず二つのコンセプトは厳密に踏襲されている。では、なぜ日本のTDRだけがこんなかたちにメタモルフォーゼ、あるいは新陳代謝を遂げたのだろうか。このことを紐解くためには、ゲストの変化と日本という空間の特性を踏まえると見えてくる。実は日本という限定された空間の中で、ゲストたちはどんどんディズニー・リテラシー=ディズニーという世界に対するメディア・リテラシー、を上昇させていった。それにTDRが対応した必然的結果がこの「ごった煮=アキバ・ドンキ的世界」の出現だったのだ。

ディズニー世界と日本人の関わり(80年代以降)

83年、東京ディズニーランドがオープンした当初、日本人のディズニー世界に対する認知度=メディア・リテラシーは著しく低い状態にあったと考えてよいだろう。60年代、日本テレビはテレビ普及のコンテンツとしてアメリカのテレビ番組を放送していたが、その一つとして「ディズニーランド」という番組があった。これはアメリカのテレビ局ABCが放送していたもので、当時の視聴者たちは金曜の夜八時、隔週でこれを視聴することが出来たのだ(合間に放送されていたのは、なんと日本プロレスだった。つまり馬場・猪木とディズニーが交互に登場していた)。番組の冒頭には必ずウォルト・ディズニーが登場し、これからはじめられるプログラムの紹介をしていた。また定期的にディズニーのクラッシック作品が上映され、これには文部省(現在の文科省)の推薦が付き、さらに講談社がディズニー本のシリーズを発行してもいたので、現在50代以上の人間にとってディズニー世界(そしてウォルト・ディズニーという人物)は近しい存在だったのだ。

だが、65年ウォルト・ディズニーがなくなった後、ディズニーはアメリカで衰退をはじめる。それはもちろん日本にも波及し、80年代前半、つまり東京ディズニーランドが開園する頃にはビッグファイブ(ミッキーマウス、ミニーマウス、ドナルドダック、グーフィー、プルート)のグーフィーとプルートの区別が付かない、いや名前すら知らないといった日本人がほとんどという状況になっていた。

こんな認知度の低さゆえ、東京ディズニーランドはその開園にあたって、ディズニー世界をあらためて日本国内に知らしめる必要があった。だから、開園に合わせてディズニークラッシックの短編集をゴールデンアワーで毎週放送したし、開園当初の昼間のパレードは東京ディズニーランドのテーマランドを、フロートを用いて説明するという「教育的」なものだったのだ。そして、東京ディズニーランドは成功し、年々ゲスト数を増やし、21世紀には東京ディズニーシーを開園してTDRという一大リゾートを作り上げていく。

日本人がディズニーリテラシーを向上させ続けた30年間

ということは開園以来の三十年は、日本人がディズニーリテラシーを上昇し続けた三十年ということでもある。毎年1000万以上の人間(しかも年々数が増える)が三十年もディズニーランドに通い続けるようなことがあれば、これはもう立派な日本文化の一角を担うことになるのはいうまでもない。そして、実際、国内にはディズニーの記号が無数にちりばめられる環境が出来上がった。80年代以降のディズニー第一世代を、当時10歳くらいの子どもとすれば、今や40代。その後が全てディズニー世代とすれば、もはや日本人のほとんどがディズニーに親しんでいる。当然、ディズニーについて実に様々な情報、そしてグッズを人々は所有するようになった。かつて社会学者・能登路雅子が『ディズニーランドという聖地』(岩波新書)で指摘したように、日本人にとってディズニーランドはまさにアメリカのそれと同じような位置づけ、つまり「聖地」になったのだ。

ディズニーランド、アメリカでは「非日常」だが、日本では「日常」

ただし、「聖地」の位置づけはアメリカ人と日本人では異なっている。アメリカ人にとってディズニーランドはまさに聖地、ということは死ぬまでに一度は行くことが義務づけられた、運命的な場所だ。とはいっても現実的には二回。つまり、子ども時代、親に連れられて、そして自分が親になったとき、子どもを連れて。言い換えれば、地元の住民を除いては、ここはそんなに何度もやってくるところではない。だから、そこはまさに「非日常空間」。ところが日本の場合、入場者=ゲストはリピーター、つまり何度も何度もしつこくやってくる人間によって担われている。いわば「非日常という名の日常」なのだ。

この二つの違いが発生する原因は、結局のところ空間の規模に帰着する。アメリカはバカでかい。アメリカ人の九割はパスポートを持っていないが、それは「アメリカ=世界」という認識があるから。ニューヨークを訪れたことのないアメリカ人なんてのはザラ。だから、ディズニーランドに行く回数も限られる。 広すぎて国外に出られないのだ。 だからこそ、ディズニーランドは伊勢神宮のように一生に一度は行かなければならない聖地と位置づけられるのだ。だが、日本はそれに比べるとはるかに狭い。TDRが置かれている関東圏に人口の半分以上が集結している。つまり、その気になればすぐに訪れることの出来る場所。だから彼/彼女たちは日常的に何度となくここを訪れるようになる。年間パスポートを購入して、1年間に数十回以上訪れるゲストも珍しくはないのである。

データベース空間の出現

こうやって、日本人の多くが何度となくTDRを訪れるようになれば、必然的に彼/彼女たちはディズニー世界について詳しくなっていくと同時に、ディズニーについての嗜好を多様化させはじめる。夥しいキャラクターが住まうディズニー世界の中からお気に入りのキャラクターを探し出し、それに熱狂するというパターンが一般化する。もちろん、その筆頭はミッキーマウスだが、もはやミッキーは象徴的存在でしかない。嗜好を多様化させたゲストたちはプーさん、スティッチ、ダッフィといった様々なキャラクターに食指を伸ばすようになり、さらにはもう完全にマイナーといった方がいいマリーやリトル・グリーン・メン(トイストーリーに登場するエイリアン)に入れあげるようになる。

さて、こういった嗜好を多様化させたゲストたちにTDRが適応すればどうなるか。つまり、細々とした嗜好すべてに対応しようとしたらどういったやり方が考えられるだろうか?いうまでもない、こういったキャラクターを無関連に並べるというやり方が採られることになる。つまり、昼間のパレード「ジュビレーション」にテーマ性、物語性が失われてしまった原因は、多様化ニーズに対応した必然的結果なのだ。TDRは自らが育て、牽引しててきたゲストたちによって、今度は牽引されるようになったのである。そしてその結果、出現したのがアキバ・ドンキ的ごった煮世界=ディズニーの記号だけがつけられ、そのくせ相互が無関連なデータベースだったというわけだ。

深み、重層性の喪失

ただし、こういったデータベース化は翻って、それぞれのデータの深みを失わせていくことにもなる。とにかくゲストのニーズに合わせて情報をまき散らすことが重要と考えれば、その際、データとデータを関連させるテーマ性=物語性はむしろジャマになってくるからだ。もし、これらを設定してしまうと、それぞれのキャラクターがこれらとの関連性が拘束されてしまう。それはたとえば「このパレードのこのフロートでは設定的にキャラクターAとBを同時に登場させることが出来ない」という制限がかかってしまうのだ。だから、フロートの設定は、特定作品に関連するのではなく、たとえばファーストフード店の設定とかにすれば(実際やられている)、そこに登場させるキャラクターはなんであっても問題がなくなる。

だが、それは当然のことながらそれまでのディズニー世界が織りなしていた様々なテーマや物語の重層性を無視した、きわめて底の浅い世界を現出させることになるのだ。反面、その必然的な結果として無関連な情報が膨大な数であふれるようになる。そう、これこそがごった煮=アキバ・ドンキ的世界を結果したのだ。

そしてTDRは子どもとオタクの世界となった。子どもにとって必要なのはキラキラと輝く安っぽい玩具がちりばめられたおもちゃ箱。質や深みなどはわからないのでどうでもいい。オタクにとって重要なのは、かつて社会学者の大澤真幸が指摘していたように「情報の過剰と意味の希薄」。つまり情報をたくさん所有すること、押さえておくことが重要であって、意味はどうでもいい。こうなるとTDRはオタクたちにとっては格好のデータベースということになる。

そして、こういった新しいゲストたちは、実はTDRの運営にとって、きわめて都合のいい存在となっていったのだ。なぜ?(続く).

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