12月20日、漫才日本一を決める『M-1グランプリ2020』の決勝が行われた。私は決勝前に書いた記事の中で、今年の大会は「和牛のいないM-1」であると述べた。
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和牛が決勝に出ているときの『M-1』は、しゃべりの技術が高い正統派の漫才師が評価される傾向にあった。いわば、漫才という伝統芸能の正統な後継者の座をめぐる争いだった。2019年にはミルクボーイという現代漫才の完成形のようなコンビが堂々たる優勝を果たした。

『M-1グランプリ2020』で優勝したマヂカルラブリー ©M-1グランプリ事務局
しかし、和牛が欠場した今年は、その空気ががらりと変わった。和牛という軸を失ったことで、さまざまなタイプの漫才師が決勝に出てくるようになった。
正統派漫才師が苦戦を強いられた大会
その背景には、新型コロナウイルス感染症の影響もある。コロナのせいでお笑いライブが軒並み中止になり、漫才師たちは例年のように『M-1』に向けてネタを磨き上げる作業が十分にできなかった。そのため、じっくりネタを仕上げるタイプの正統派漫才師が苦戦を強いられ、その代わりに飛び道具的なネタを見せる漫才師が続々と決勝になだれ込んできた。
決勝で変則的なネタを演じる芸人は、審査員の上沼恵美子に酷評されることがある。それが恒例化したことで「上沼怒られ枠」という言葉も生まれた。「今年のファイナリストの中で上沼さんに怒られるのはあの芸人ではないか」などと事前に噂されるようになった。
だが、今年の大会では、王道ではない芸風のファイナリストが多かったため、誰が怒られてもおかしくないような状況だった。昨年のミルクボーイのような絶対的な優勝候補も存在せず、混戦が予想されていた。
昨年の『M-1』の残像を乗り越えられるか?
今年のファイナリストたちにとって最大のライバルは、目の前にいる対戦者ではなく、昨年の『M-1』だった。昨年の『M-1』はハイレベルな戦いが繰り広げられ、史上最高の盛り上がりを見せた。中でもミルクボーイ、かまいたち、ぺこぱの上位3組のネタは大会の歴史に残る大傑作だった。
今年の大会では昨年ほどの奇跡的な盛り上がりは見込めない。だが、見る側は勝手にそれを期待してしまう。視聴者の頭の中には昨年の『M-1』の残像が残っている。それをどう乗り越えるかということが出場者には問われていた。
そんな中で、決勝のファーストラウンドで1位通過を果たしたのは、ピン芸人コンビのおいでやすこがだった。
破壊力抜群の大声ツッコミvs不気味で自由なボケ
彼らは、一方が次々に歌を歌うのに対してもう一方がツッコミをいれるというシンプルな形の漫才を披露した。誰にでも理解できるわかりやすいネタで爆笑をさらった。
おいでやす小田の過剰すぎる大声ツッコミは、切れ味が良くて破壊力抜群である。ツッコミのパワーによってシンプルな歌ネタを何倍も面白く見せることに成功していた。
間口の広いわかりやすいネタを持ってきたのがおいでやすこがだとしたら、あえて間口の狭いネタで勝負したのがマヂカルラブリーである。彼らは、ボケ役の野田クリスタルの不気味な存在感と自由奔放な動きを武器にしている。
掟破りの史上最速のツカミ芸
登場時、せり上がって舞台に出てくるところで、野田だけは膝をついて土下座の体勢をしていた。掟破りの史上最速のツカミ芸である。冒頭の自己紹介の場面でも野田は自分の名前を名乗る代わりに「どうしても笑わせたい人がいる男です」と、過去の決勝で審査員の上沼に酷評されたことをネタにしてみせた。ここで空気をつかむと、高級フレンチレストランでのマナーを題材にしたネタに入った。
自分のマナーに不安を感じている野田が、レストランに入るシミュレーションを始めた。そこで細かいマナー違反をするのではなく、体全体を使って派手に動き回った。窓ガラスをぶち破って入店したり、丸太をぶつけて入口のドアを叩き壊したりした。マナー違反どころではない暴走をひたすら続けていった。
あまりの馬鹿馬鹿しさに爆笑が起こり、上沼も好意的なコメントを残した。マヂカルラブリーはこのネタでファーストラウンドを2位で突破した。
ファーストラウンド3位に食い込んだのは正統派漫才師の見取り図である。いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの売れっ子になったかまいたちは「ポスト千鳥」などと言われることがあるが、それになぞらえて言うなら、見取り図は「ポストかまいたち」の逸材である。
何でもできる器用なコンビが、漫才でもいかんなくその実力を発揮した。おかしなマネージャーがタレントを一方的に振り回すという設定の漫才だった。上位3組の中では最もしゃべりの技術が高く、正統派の芸を期待している審査員の好みには合っていたのではないだろうか。
そして、この3組による最終決戦が行われた。見取り図は2本目の漫才でもそつなく確実に笑いを取った。おいでやすこがも、1本目に続いて得意の歌ネタを持ってきた。どちらもウケていたが、1本目に比べると笑いの量がやや少ないように感じられた。