「……え? この世界って修羅なんすか、やっぱ?」
お笑いコンビ、ニューヨークの屋敷裕政はそう問いかけた。旬の芸人でいるためには、ずっと賞レースの決勝に進まなければいけない。そうしなければ、第一線に踏みとどまることができない。そんな芸人の道は「修羅の道」、つまり休むことなく争いが続く世界ではないか――。そんな彼の煽り混じりの主張に、霜降り明星の2人が特に反発もせず「まぁね」と頷いたときのことだ。

M-1優勝こそが「修羅の始まり」
粗品とせいやは口をそろえて言う。『M-1グランプリ』(テレビ朝日系)で優勝しても、そこで戦いが終わるわけではない。M-1優勝までが「修羅の道」なのではなく、むしろM-1優勝こそが「修羅の始まり」だった。そんなM-1王者の冗談と本気がないまぜになったような告白に、もう1人のニューヨーク、嶋佐和也も改めて「修羅だったの?」と問い返すのだった(『爆笑問題のシンパイ賞!!』テレビ朝日系、2020年11月22日)。
2019年の『M-1』に初出場したニューヨーク。2020年には『キングオブコント』(TBS系)で準優勝に輝いた。
それまでテレビ出演は深夜のバラエティ番組が中心だった彼らは、今年の後半に入ると、『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)や『アッコにおまかせ!』(TBS系)といった昼の情報番組、『ネプリーグ』(フジテレビ系)や『有吉の壁』(日本テレビ系)といったゴールデンタイムの人気バラエティ番組へと活躍の場を広げた。2019年は21本だったテレビ出演本数は、2020年は11月末までで143本に跳ね上がった。
そして、今年のM-1には2年連続の決勝進出が決まった彼ら。今まさに“旬”の芸人であるといっていいだろう。そんなニューヨークのこれまでをテレビを中心に振り返りながら、数多の若手芸人が入り交じる現在のテレビの中で独特のポジションに立つ彼らの現在地を探ってみたい。
NSCで出会い、2010年にコンビ結成
山梨県富士吉田市出身の嶋佐。三重県熊野市出身の屋敷。ともに地方の小さな街から大学卒業を経て上京してきた彼らは、吉本興業の芸人養成所、NSCの東京校で出会い、2010年にコンビを組んだ。東京の吉本芸人の登竜門的な劇場であるヨシモト∞ホールでは、実力と人気を兼ね備えたメンバーとして長く活躍してきた。
そんなニューヨークの屋敷は、相方・嶋佐との共通点をこう語る。
「1軍じゃない1.5ぐらい」のポジショニング
「学生時代のポジショニングというか、1軍じゃない1.5ぐらいで。2人とも田舎もんで、東京への乾きというか。とにかく東京行って、高校時代はまだ本番じゃないみたいな」(『あちこちオードリー』テレビ東京系、2020年10月13日)
クラスで誰もが一目置く「1軍」ではなく、かといって目立たない「2軍」や「3軍」でもない。「1軍」の同級生たちに、羨望と嫉妬と恭順と反骨が折り重なった複雑な眼差しを注ぐ。そんな「1.5軍」からのスタートは、その後の彼らの芸人としての歩みを振り返ると示唆的である。
「ネクストブレイク」での足踏み状態が続いたワケ
さて、芸人としてデビューし、劇場の中でも若手の有望株となった彼ら。“次世代のリーダー”として推される時期もあった。結成からわずか3年後、2013年には若手芸人を集めたフジテレビのバラエティ番組『バチバチエレキテる』のレギュラーに抜擢された。しかし、番組は6か月ですぐに終了。約束されたかに見えた全国区の人気芸人への道は、早々に途切れることになった。
そこからも、彼らは常に「ネクストブレイク」と呼ばれてきた。ただ、チャンスを掴みきれない日々が続いた。嶋佐いわく、「ゲッターズ飯田さんは、2016年に僕らが売れるっていって、めちゃめちゃ外した」(『関ジャニ∞のジャニ勉』関西テレビ、2020年12月2日)。
そうこうするうちに、後輩からも「やがてはゴールデンのMCを担っていくであろうと期待されつつも、未だに賞レースで結果が出ない」「(吉本が)推すのが早いからネタに集中できなくて、いま低迷してる」などとイジられ始めた(『ゴッドタン』テレビ東京系、2017年9月9日)。
なぜ、「ネクストブレイク」での足踏み状態が続いたのか。屋敷はこう自己分析する。
「ハネもスベリもしなかった。(テレビ番組の)収録が90分のサッカーの試合やとしたら、オンエアはサッカー番組のダイジェストみたいな感じなんですよ。ダイジェストって、鮮やかなゴールを決めたところか、めちゃくちゃ怪我して血を出したとこだけ流れるじゃないですか。
オフサイドならないように動いたとことか一切使われないじゃないですか。俺らずっとオフサイドにならないように(動いてた)」(『アメトーーク!』テレビ朝日系、2020年10月22日)
そんな彼は、徐々にテレビで「血を出し」始める。
2019年M-1での“流血”で画面に強い印象を残した
彼らの“流血”を強く印象づけたのは、やはり昨年のM-1だっただろう。トップバッターでの出場。ただでさえ結果を残すことが難しい出順。さらにネタが終わると審査員の松本人志から、「(ツッコミが)笑いながら楽しんでる感じが、僕はそんなに好きじゃない」と厳しめのコメントが飛んだ。
「最悪や!」
松本のコメントを聞いた屋敷は、すかさずそうツッコんだ。勝者を決める舞台で悲愴になり過ぎない“負け顔”を晒した彼ら。審査結果は最下位に沈んだものの会場を大いに沸かせ、画面に強い印象を残した。
そんな彼らの立ち回りは、先輩芸人たちをもってして「2019年のM-1のMVP」とも評される。スピードワゴンの小沢一敬は「トップバッターで空気を笑いやすくしてくれたよね、あのツッコミで」と讃え、ファイナリストとして共に戦ったかまいたちの山内健司も「まったく同意見です」と頷いた。当代随一の“流血”と”負け顔”のプレイヤーといって過言ではないアンガールズの田中卓志も絶賛する。
「『最悪や!』って振り切ってるから笑える。膝まで落としてるからいいよね」(『ゴッドタン』2020年2月29日)
準備してきたネタを披露する舞台ではなく、当意即妙のアドリブ能力も求められるトークなどの場面を、芸人たちはしばしば“平場”と呼ぶ。M-1という大舞台で“流血”し、その“平場”の強さを見せつけたニューヨークは、徐々にバラエティ番組への出演を増やし始める。特にその強さは、いわゆる第7世代との対立構図の中で光った。