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ついに一斉停止 菅首相はなぜここまで「Go To」にこだわったのか 『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』より #2 - 読売新聞政治部

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一度も身につけなかった “アベノマスク”…菅義偉はコロナ禍に揺れる安倍内閣をどう見ていたのか から続く

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 日本歴代最長となった安倍政権からバトンを引き継いだ菅義偉首相。所信表明で「新型コロナウイルスの爆発的な感染は絶対に防ぎ、国民の命と健康を守り抜くとしたうえで、経済を回復させる」と発言したように、“経済”へのこだわりは強いように見受けられる。なかでも肝入りの政策といえば「Go To」キャンペーンだろう。新型コロナウイルス感染症対策分科会からの再三にわたる「Go To トラブル」要請をはねのけ続けたことも記憶に新しい。なぜ菅首相は「Go To」にこだわり続けるのか。

 菅義偉本人、関係者の生々しい肉声を丹念に積み重ねた読売新聞政治部によるノンフィクション『喧嘩の流儀 菅義偉、知られざる履歴書』を引用し、首相交代劇の裏側、そして、菅首相のゆずれない考えを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

◇◇◇

「菅さんは目力が強くなった」

「Go Toトラベル」は7月22日に始まった。曲折を経ながらも菅の主張通りに事業が実現し、菅は官邸内での発言力を完全に取り戻したとみられた。自民党幹部は「今井らに任せたら失敗が続いたので、総理が官房長官に乗り換え、頼りにするようになった」と解説した。

 自信をつけたせいか、菅は新聞のインタビューやテレビ番組への出演を増やしていった。ポスト安倍への意欲については相変わらず慎重な言いぶりに徹した。18日に読売新聞がインタビューした際も「まったく考えていない」「官房長官として総理をしっかり支えてやるべき政策を少しでも実現したい」と述べるにとどめた。

©iStock.com

 一方で、政権の屋台骨としての強烈な自負心をのぞかせることもあった。19日のフジテレビの番組で官房長官続投について問われると、「安倍政権、やはり私、作った一人ですから、そこは責任を持っていきたい」と言い切った。菅との不仲が取りざたされた今井も「『Go To』で批判され、菅さんは目力が強くなった。賛否両論なんだから、あれはあれで強いリーダーという感じは出る」と認めた。

「菅総理には菅官房長官がいない」

 安倍も、菅をポスト安倍の有力候補とみていることを公言した。7月2日に行われた月刊誌「Hanada」のインタビューで、菅のことを「有力な候補者の一人であることは間違いないと思います」と答えた。安倍はインタビュー後、「ただ、菅総理には菅官房長官がいないという問題がありますが」と発言した。本人としてはオフレコのつもりだった。発売前のゲラをチェックした際にオフレコ部分まで載っていることが分かると、両手で髪をかき上げた。安倍が不機嫌な際にする仕草だった。ポスト安倍としての菅を疑問視していると取られかねないだけに、気にしたようだ。

部下に謝罪する安倍晋三

 10日に行われた読売新聞東京本社特別編集委員の橋本五郎による月刊誌「中央公論」のインタビューでは、「国民も次の総理を務める方の情熱を見ている」と語った。名指しこそしなかったが、何かと覇気に欠ける岸田に奮起を促す発言とも読めた。

 肝心の体調は復調する兆しは見えなかった。首相補佐官の長谷川は7月下旬、業務報告のため、安倍と面会した。「最近、元気がなくて心配しているんです」と水を向けると、安倍は「なかなか頑張れなくて、すいません」とわびた。安倍が部下である長谷川に面と向かって謝るのは初めてのことだった。意外な言葉に驚いた長谷川は「総理のことを支えるのが我々の仕事なので、そんなことおっしゃらないでください」と気遣った。

 安倍の健康状態を逐一把握していた今井はこの時期、「総理はあまり気力がない。政権の終末感を出さないようにしないといけない」と周囲に悩みを打ち明けた。解散・総選挙の話を持ち出しても、安倍は気乗り薄だった。最近の安倍の菅への傾斜ぶりを見て、今井は「総理が退陣したら、次は暫定的に菅政権だろう」と思うようになっていた。

 安倍にとってはその後も不運が重なった。23~26日の4連休に山梨県鳴沢村の別荘での静養を検討していたのに、東京都内の感染者増などのあおりで取りやめとなった。代わりに都内でゴルフをしようとしたところ、小池がタイミングを見計らったかのように外出自粛を呼びかけたため、見送らざるを得なくなった。潰瘍性大腸炎を癒やす絶好の機会となるはずが、24日は出邸し、残り3日間は私邸で過ごすはめになった。

官邸での昼食は胃に負担のかからないメニューばかりに

 長引く体調不良は、様々な形で現れるようになった。官邸で取る昼食は、そうめんや冷やしうどんなど、もっぱら胃腸に負担のかからないメニューが続いた。30日に公邸で行われた安全功労者表彰式で、安倍は金屏風を背にあいさつを読み上げると、表彰者による謝辞を忘れて自席に戻ろうとして、秘書官に制止された。顔色は悪く、官邸に戻る際の足取りも重かった。同日夜、岸田と東京・丸の内のパレスホテル東京に入る日本料理店「和田倉」で食事した。この日を含め、7月に入れた夜会合はわずか6回だった。

 対照的に、菅はますます勢いづいていた。同じ30日に収録したCS-TBSの番組では、秋の解散・総選挙の可能性について「総理の専権事項だから私が申し上げるべきではないと思うが」と前置きしつつ、「コロナ問題がこのような状況の中ではなかなか難しいのではないか」と語った。解散先送りは菅の持論とはいえ、安倍の専権事項に踏み込むのは、菅としては珍しいことだ。これまで安倍の影の役割に徹してきた姿とは一線を画す、明らかな変化の兆しだった。

経済回復か感染抑制か

 7月末、国内での新型コロナの感染は第2波のピークを迎えようとしていた。新規感染者は29日が1260人、30日は1305人、31日には1579人と、3日連続で過去最多を更新した。31日の東京の感染者数は、前日を96人上回る463人に跳ね上がった。

 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は31日の会合で、感染状況を(1)感染ゼロ散発(2)感染漸増(3)感染急増(4)感染爆発──の4段階に分け、段階移行時の指標を作る方針を表明した。分科会長の尾身茂は記者会見で「感染爆発段階になってから緊急事態宣言を出しても遅い。緊急事態宣言を出すのであれば、この前に予兆を見つけて行う。悪くなる前に対応することが感染症対策、危機管理の要諦だ」と語った。

 指標づくりは西村が持ちかけ、尾身も快諾した。しかし、西村はコロナ対策にとかく前のめりで、官邸への根回しは不十分だった。話を聞いた今井は「総理の選択肢の幅を狭める」と真っ向から反対した。数値に縛られれば、政治判断の余地を失うことを恐れた。菅も指標には冷ややかで、「見てるのは重症者とベッドの数」と素っ気なかった。厚労省の集計では、新型コロナの全国の入院患者は29日時点で4034人。確保している病床数の20%に過ぎなかった。西村があわてて指標づくりにストップをかけようとしても、作業に入っていた尾身らは「それはもう無理な話です」と取り合おうとしなかったという。西村は指標に幅を持たせることで、官邸の了承を何とか取り付けた。独断で先走りしがちな西村の悪い癖が出た。

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