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洗濯機、電気、水道…トヨタの保全マンはどうして何でも直せるのか

新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第14回は「工場長が語る『保全の職人芸』」――。

トヨタ自動車の堤工場(愛知県豊田市)の生産ラインで、4代目プリウスにエンジン部を組み付ける作業員たち=2017年12月8日トヨタ自動車の堤工場(愛知県豊田市)の生産ラインで、4代目プリウスにエンジン部を組み付ける作業員たち=2017年12月8日 - 写真=AFP/時事通信フォト

設備が止まっている間を無駄にしない

新型コロナ危機では国内、海外の工場とも閉鎖をした。しかし、生産ラインが止まっている間も、トヨタの保全マンは工場にやってきて予防自主保全活動を行った。答えるのは工場長、斉藤富久である。

「ラインが止まっている今だからこそ保全マンとしてやるべき事をやる、そして生産が戻ってきたとき、今以上に安定した生産で稼ぐために、常日ごろから洗い出した課題を前出し整理して、メンテナンスをする。設備が止まっている時間を無駄にしないのが保全マンなんだよ。

たとえば、ケーブル関係はいつも動いとる。すると、だんだん劣化していくんです。その数、全ラインで500本以上の交換です。時間がある今がチャンスだとケーブル関係は特に徹底的に予防保全をやりました。

あとは実際の設備を使った人材教育です。実機を使って、まずは設備の4Sから始め、分解し、整備していく。現地現物での教育が一番身につくんです」

鉄道の保線マンたちは真夜中に働く。電車が止まっている間に線路の劣化を見たり、敷石を補填したりする。

トヨタの保全マンの仕事はそれと似たところがある。

修理業務をリモートでできる強み

ラインが動いている間、彼らは場内の設備をチェックする。そして、学習の時間を持つ。技術を磨く。そして、いったんラインが止まったら、それっと出て行って、機械設備の保全を行う。終わったら、また、スキルアップを目指す。

そうした毎日を過ごしてきて、新型コロナ危機になった。充分にメンテナンスをする時間ができた。

今回、彼らは海外にある工場へのリモート支援を行った。

中国では新しいラインを立ち上げる工場があり、保全マンはリモートで設備と機械の設置について指導したのである。

「世界中の機械設備は同じですよ。TNGAで車台、部品を共通化したから、設備も同じ。向こうの設備を映してもらい、こちらは同じ設備を映しながら説明する。事前に作業要領も送ってあるから、リモートで充分できる。個別にいろいろな設備を作っちゃうと、個別対応せないかんけど、同じだからどこが悪いのかすぐにわかる。TNGAは製造から見ても『世界同一品質』(注1)のラインシステム。だからできる」(斉藤)

注1:同じ設備で同じ品質を作り出す

災害支援で身に付いたスピード感

新型コロナ危機の支援では、医療用防護ガウンの製造現場の他、保全マンが出かけて行って、新しくラインを引いたり、設備を立ち上げる作業に従事した。

災害の場合は被災現場へ出かけて行って、工場設備の復旧だけでなく、電気設備の調整、壊れた洗濯機の修理、水道の補修なども行った。インフラが役に立たなければ生産の復旧どころか、人が生活することもできない。保全マンはいざと言うときにすぐ動ける体制が整ってきた。

古いバルブ※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FooTToo

「危機があると、対策会議の後、朝倉本部長から、こういう支援を頼むという話が来るわけです。僕らが行く前に生調(生産調査部)の先遣隊が入っていて、彼らがどういう人材が欲しいかと言ってくる。我々はすぐに人材を決めて、翌朝には現地へ向かう。それくらいのスピード感が大事ですわ。もう一つは、『困ったときは助け合う』この精神を保全マンは忘れない。復旧するときは道具も満足にない。彼らはその場で工夫して手作りの道具も作る。

施設がこわけとる(壊れている)、かたいどる(傾いている)、精度出しをするとなると、やっぱり保全の力はすごいですね。

我々は水没している設備のモーターを外して、それを乾かして復旧させるとか、電気関係が壊れておったら、それも直してしまう。保全と動力課の今までの経験や知識、技能には頭が下がります」(斉藤)

動力課とは設備の動力関係を見るプラントエンジニアリングのチームである。

危機の時は担当の人間を待っていられない

本来、インフラや家電は現地のプロが直すべきだ。だが、災害となると、専門家は引っ張りだこになる。じっと待っていては、いつまで経っても復旧できないのである。そこで活躍するのがプラントエンジニアリングチームである。そして、「停電になってもラインを動かす」訓練までやっている。

これまた斉藤が力を入れて話す。

「日常でも、機械の電源が落ちた、なんてことは実際、あるんですよ。我々は電気設備の人間を呼ぶ間、待ってるなんてことはしていられない。彼らはすぐには来ないし、下手をすると数日かかることもある。

そうなると我々は『みんな集まれ』ですよ。とにかくみんなで何とかする。『さあ、やるぞ』と言って、どういう手があるが考えて、その間に補修部品の手配をする。白板に解決策を書きだして、実行していく。リーダーが発したことに対して、みんなが、それぞれ動く。支援の時だって、誰もが行きたいと手を挙げる連中なんです。

支援に行って手動で機械を動かすことなど誰も嫌がらんのですよ。また、彼らは支援が終ったとき、あの苦しさの中で成長したと口をそろえる。そして支援先の感謝の言葉は忘れない」

「最後は人、人を育てにゃあかん」

斉藤は初対面は不愛想な様子に見える。声をかけにくいタイプなのだが、話し出すと止まらない。最初は標準語でしゃべっていたけれど、熱が入ると三河弁になる。

「保全は職人芸でもあるわけ。たとえば、兆候管理という言葉があります。これは、刃物が折れる前に兆候を見極めて設備を止めるといったようなことです。AIやIoTでデータを取る。しかしそのデータをどう処理するかは人です。折れる限界の閾値を決めるのも最後は人なんです。

河合(満)のおやじも常に最後は人、人を育てにゃあかん! と言う。僕らが教育に熱心なのは、現場の組み立ての人にも教育せなならんからですよ。教育して全員保全ができるようになれば、保全は本当に難しい設備だけ専門保全としてやれば良い。オペレーターが保全もできる、そんな人材を育てる事で、会社の競争力にも貢献できるのです」

本部長自ら部署の全社員を労ってくれる

「そう思うと、コロナ禍の中で今後の製造現場の働き方も人材育成も変えていく必要性もあることを強く感じました。そして我々保全マンは感謝しなくてはいけない事がある。それは河合おやじと朝倉本部長が、支援していただいた全部署の皆さんの労を労(ねぎら)うため、親睦会を開催してくれる事です。

野地 秩嘉『トヨタの危機管理』(プレジデント社)

嬉しさの爆発は親睦会ですよ。おやじからは『いつも頑張ってくれてありがとう』とみんなに声をかける。二次会になると、僕らがおごることになっとる。だいたい、一升くらいは絶対持って行く。高い酒はよう持っていかんけど。あとは、おやじにおごらせる。保全を見守ってくれていてありがたい。だから苦しい時があっても頑張れるとみんなは言う」

支援から帰った後の保全マンの親睦会は爆発的らしい。あくまで、聞いた話ではあるが。お店の出入り禁止になることもあるとかないとか……。

※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月21日に刊行予定です。

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(11月まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

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