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24歳、財務省2年目に起きた「西麻布クリスマス事件」は、なぜ今でも私の胸に刺さっているのか? 「22時閉庁」では若手官僚の流出は防げない - 山口 真由

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 12月2日、霞が関の働き方改革を目指す民間有志が、「22時完全閉庁」を求める提言を約2万7000人分の署名とともに、河野太郎国家公務員制度担当相に提出したという。発起人には「ワーク・ライフ・バランス」の小室淑恵代表やIT大手「ドワンゴ」の夏野剛社長が名を連ねる。

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 この提言は、霞が関の長時間労働を是正して、残業代という「税金の無駄遣い」を減らすとともに、官僚の人材流出やそれに伴う質の低下を防ぐことを目的にすると報じられる。「広く議論を喚起する」というその趣旨に敬意を表しつつ、でも私は、若手官僚の退職を防ぐという観点からは、まず「22時閉庁」というのはちょっと違うんじゃないかなと思っている。


山口真由さん/ⒸiStock

1.師走の六本木の夜風に背を丸めたあの日

 それは、私が財務省で2年目の官僚として働いていた2007年12月のことだった。コロナ禍の今とは違って、街はクリスマスを待つ活気に満ちていた。大学時代に仲良かった友人たちと久しぶりに忘年会をしようと集まった。彼らは当時、外資系の証券会社、大手弁護士事務所、そしてコンサルティングファームで働いていた。

 そのうちの証券会社で働く男性は、持ち前の幹事気質を発揮して、最近お気に入りの「カジュアルなお店」を予約し、メールで送ってくれた。私はそのリンク先を開いて「予算10000円~」に愕然とする。お店のある西麻布という場所は、どの駅からも相当に歩く。おそらく、彼は私が徒歩で来ることを想定していない。六本木駅からの下り坂をぺったんこ靴でダッシュして、お店に入る直前にヒールに履き替える。お財布の中には、お昼休みにお向かいの金融庁のATMでおろしてきたお金が入っている。

「これで足りるだろうか?」

 こじゃれたお店に慣れきった様子の友人たちに気後れしながら、忘年会の間じゅう、不安で仕方がない。会が終わって当然のようにタクシーをつかまえた彼らは、学生時代とは打って変わって、すっかり紳士然として私に言う。

「先に乗ってきなよ」

 六本木駅まで歩いて帰るつもりとはいえなかった。「ありがとう」とタクシーに乗り込んだ私は「近くてすみませんが、六本木駅まで」と告げる。外れ客をつかまえたと、タクシーの運転手さんが不機嫌になったような気がして肩身が狭い。

 そして、タクシーを降りて日比谷線に向かって歩いているそのときに、私は、六本木の冷たい夜風に背を丸めたのだ。

 私は今、おそらくは恵まれた者同士の間のスケールの小さな嫉妬の話をしている。日々の生活に一生懸命の他の多くの真っ当な人々にとっては、どうでもいい卑小な話だろう。恩恵を受けながら、より持てる者をうらやむというのは、器の小さい人間がすることだ。

 だが、私はそれでも、そのとき自分自身が惨めだと思ってしまった。財務省を辞めたのには複合的な理由があって、当然、こんなしょぼい嫉妬心だけではなかった。が、あの日感じた惨めさも、多少、響いているかもしれない。

2.霞が関は「ブラック」か?

 霞が関が「ブラック」だと言われて久しい。私もずっとそう口にしてきた1人だし、それ自体にウソはない。上司とか、怖い人はめちゃめちゃ怖い。不合理な人はどこまでも不合理である。偏差値の高い高校でグレる奴が半端なくグレるのと同様に、なまじ個々の処理能力がある程度高いがゆえに、「俺の時代はこのくらい当然だった」と上司はハイボールを容赦なく叩きつけ、部下もそれになんとかくらいつこうとする雰囲気がある。

 それが日常的に繰り返されると、パワーハラスメントの境目がわからなくなる。瞬間を切り取れば「いや、それ、絶対まずいでしょ」ということが多々起こる。

 私は深夜、帰ろうとしたところで、ちょうどこし餡のたっぷり入った月餅を食べていた上司に見つかって「小豆の色は紅いのに、こし餡が黒いのはなぜか? 調べろ」と言われたことがある。別の日には「白髪が白くなる理由を調べろ」との課題が出た。

 余裕さえあれば、興味がわくお題かもしれない。だが、昼間の財務省は戦場なのだ。

「次官室、呼び込みでーす」

 その一言で部屋全体が殺気立つ。財務省の事務次官に説明したい事項がある場合には、予め次官室にその旨をお伝えしておく。そうすると、前の案件の次官に対する説明が終わった段階で、次官室付きの秘書さんから私たちの課に電話で知らせてもらえるのだ。「次官室が空きました。お次、どうぞ」と。

緊張と怒号の自転車操業

 次官に過不足なく説明すること。当然、来るであろう質問に答えを用意すること。その根拠となる資料をさっと差し出すこと。優秀なキャリア官僚の上司たちは、そのために頭を最高速度で回転させて、私たち係員に次官室に持ち込むべき資料について矢継ぎ早に指示を出す。

「一式、持ってきて!!」「何部ある?」「足りねーよ!!」「遅い!!」「もう間に合わない!!」「あとで次官室に差し入れて!!」

 次官室用の資料なんて、そんな大事なものは前もって用意すべきだと思うでしょ? もちろん、私たち係員だってわかっている。だけど、そんな余裕はないのだ。常に自転車操業なんだから。

 事務次官に説明をする直前には、ヒエラルキー的に次官の下に位置する主税局の局長に対して同じ案件をレクチャーした。そこで、局長のコメントを受けてきた課長が、それに沿って資料を修正するよう指示を出した。その手書きの指示を読み取って、考えながらパソコンに打ち込んで、間違いがないように確認をして……。そうしていたら、デスク脇の電話が鳴って、次官室から呼び込まれてしまって……。

 息継ぐ間のない緊張、飛び交う怒号、誰かが怒りに任せて叩きつけた電話の受話器のガッシャーンという音。そんな日常の中を若手官僚は生きていた。で、なんとか仕事を終わって帰ろうとしたら、「小豆の色」とか「白髪の理由」とか本気とも冗談ともつかない無理難題が降ってくる。

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