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トランプ対中国戦略の大誤算 - 斎藤 彰 (ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長)

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政権末路が近づくにつれトランプ大統領の対中国戦略の矛盾が露呈してきた。中国経済包囲網を意図したはずの「環太平洋経済連携協定」(TPP)から大統領自らが勇んで離脱した間隙を縫って中国が参加の意向を表明、かえってアジア太平洋における中国の勢力拡大に塩を送る結果を招いてしまったからだ。

(liulolo/gettyimages)

このところ、中国の習近平政権は「わが世の春」を謳歌し始めているようだ。先月15日、アメリカの参加しないメガ貿易協定「地域的包括的経済連携」(RCEP=アールセップ)が正式に締結されると、李克強首相が間髪入れず「多国間主義と自由貿易の勝利」とその意義を高らかに謳い上げた。続いて習近平氏がその余勢で同月20日、アメリカの抜けたTPPへの参加を「積極的に検討する」と言明した。

RCEPは、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国と中国、日本、韓国、オーストラリア、ニュージーランドの15カ国が参加する自由貿易協定構想であり、協定が目指す貿易開放度は世界貿易機構(WTO)協定の水準を大幅に上回り、域内国家間の経済活動も一段と活発化することが期待されている。なにしろ、世界人口の半分そしてGDPの3割をカバーするという世界最大規模の地域取り決めだ。メンバーから外されているアメリカにとっては、まさに垂涎の的と言っていいだろう。

ただ、めざす関税撤廃率は参加国全体で91%にとどまっており、もともとアメリカが重視してきた中国除外のTPPの99%にくらべると明らかに見劣りがするのも事実。

目標達成時期も長いスパンを想定しているため、TPPがメジャーリーグだとすれば、参加国数ではこれを上回るRECPはマイナーリーグ、との指摘もある。

それだけに、アメリカとしては、中国が持ち上げるRCEPがはなばなしいデビューを遂げた後も、メジャーリーグでリーダーシップを発揮し続けている限り、将来的にも大した不安材料にもならなかったはずだ。

ところが、戦略展望を就任当初から欠いたトランプ大統領は、前任者のオバマ大統領が肝いりでTPPを実現させたという単純な理由で同協定からの離脱を決定した。その上、政権発足当初から、中国との関係拡大を重視、両国首脳の相互訪問まで実現させ、習近平国家主席を「偉大な指導者」と高く評価さえした。トランプ政権は末期になって、今度は手のひらを返したように「中国脅威論」を声高に叫び、「反中国キャンペーン」を前面に押し出している。

TPPはオバマ政権当時、共和党議会指導部も積極支持を表明しており、大半の米国民が評価する超党派的貿易協定だった。しかし、トランプ氏は、離脱で結果的に習近平政権を喜ばせ、さらに今度は、RCEP正式締結の事態に直面、アメリカの孤立感を一段と深める結果となった。身から出た錆、自業自得とはまさにこのことだ。

もちろん、アメリカにとってアジア太平洋地域においては、TTPを度外視したとしても、アジアの21の地域と国から構成される「アジア太平洋経済協力会議」(APEC)が厳として存在する。

しかし、APECはTPPやRCEPなどと異なり、最大の弱点は参加国の取り組みが自主的かつコンセンサスに基づく協力であり、合意内容に何ら拘束力を持たないことだ。このため、1989年第1回会合がオーストラリアで開催以来、今日に至るまで年1回ペースで各国首脳が集まり会合を開いてきたものの、自由貿易拡大につながるめざましい成果はほとんど挙がっていない。

さらにアメリカにとって新たな難題として飛び出してきたのが、中国によるTPP参加の動きだ。今のところ、単なる意思表明であり、参加実現に向けた中国側の具体的アプローチはまだ見られないが、強大な権力基盤を固めつつある習近平国家主席の意向であるだけに、今後、全力を挙げて参加諸国に対する外交攻勢に出ることは間違いない。そしてもし、加盟が認められれば、「中国包囲網」という当初の性格が変えられるだけでなく、東南アジア諸国連合(ASEAN)との経済協力関係強化の足掛かりをつかむことになる。このこと自体、アメリカのアジア戦略の大誤算だ。

もちろん、中国にとってTPP参加のハードルは決して低くない。

TPP協定には「加盟条項」(第30.4条)があり、新たに加盟するには①既加盟国間で加盟条件を交渉するための作業部会を設置②作業部会で合意に達した場合、閣僚級委員会に報告書提出③委員会で加盟条件を最終承認―のプロセスをクリアする必要がある。その際に厄介なのは、すべての既加盟国に拒否権が与えられており、1カ国でも反対があれば、加盟は認められないことになっている点だ。

中国は世界164の国と地域が参加するWTO(世界貿易機関)への加盟に際しても、様々な関税障壁、透明性・公平性欠如などの問題が当初から指摘され、申請から最終的に2001年12月に加盟が認められるまでに15年の歳月を要した。TPPはこのWTOより一段と厳しい条件が課せられているため、中国が加盟申請後、ただちにこれが承認される可能性はきわめて低い。

ただ、中国はWTO加盟申請当時は、まだ経済規模の小さい発展途上国だったが、今では当時とはくらべものにならないほど実力をつけ、今日ではアメリカに次ぐGDP世界2位の大国にのし上がった。国内市場も爆発的に拡大し、その存在は各国にとって貿易・投資両面で最重要パートナーとなりつつある。

「鬼のいないうちに」という中国の打算

このため、もし、中国が実際にTPP加盟を申請してきた場合、既加盟国に対する影響力の大きさからみて、日本も含め、拒否権行使は困難になるとみられる。なぜなら、既加盟国のうち、シンガポール、ベトナム、ブルネイのアジア3カ国は中国との結びつきも深く、中国加盟を後押しするのは確実視されるほか、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなども単独で中国加盟を拒み続けるのは容易ではないとみられるからだ。アメリカが抜け「鬼のいないうちに」という打算が中国側にある。

他方で、既加盟国が中国加盟問題を議論する場合、加盟後のTPPにどのような影響が及ぶかを今の時点から冷静に考えておく必要がある。この点で参考になるのが、WTOの今日の姿だ。

WTOは今、機能マヒ状態にあるといわれる。加盟国同士の貿易紛争を解決するための裁判機能が十分に果たせなくなっているからだ。その背景にあるのが、アメリカと中国の対立にほかならない。

中国はWTO加盟以来、輸出競争力向上を目的に国有企業に多額の補助金を拠出してきため、アメリカは低価格の中国製品が米国市場にあふれ、米国内産業が打撃を受けてきたとしてWTOの紛争処理委員会に提訴してきた。しかし、紛争処理のための裁判所役を務める上級委員会では、中国の意を受けた委員多数がアメリカに不利な裁定を下すケースが出てきたため、アメリカはトランプ政権発足後、WTOそのものからの離脱を示唆するなど大きな波紋を投げかけてきた。

そもそも、WTOのルールは、発足当初は、中国のような、大規模な国家資本主義国家を想定したものではなかった。しかし、その中国が加盟、その後存在感を高めるに至って、WTOルールが時代に合わなくなり、WTOの機能不全に陥ったという側面がある。

また、こうした流れの中で、今年7月、WTO最高責任者のアゼベド事務局長が突然、任期途中で退任を表明、急遽、後任選びで難航が続いている。今のところ、イギリス、メキシコ、韓国などの諸国から8人が立候補を表明する中で、途上国へのプレゼンスを拡大しつつある中国との関係が近いアフリカ出身の女性2人が有望視されており、ここでも米中両国が火花を散らしている状態だ。

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