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「誰も傷つけない笑いなんかあるかーっ!」今年のM-1で多くの芸人が苦しむ「2019年のぺこぱ」の呪い - 中村 計

「誰も傷つけない笑いなんかあるかーっ!」

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 M-1の2回戦で、エル・カブキのデロリアン林はマイクの前に立つなり、そう叫んで拳を突き上げた。

 また、ネタバレになるので控えるが決勝進出者の中にも、同様の不満をネタに盛り込んでいるコンビがいた。


ぺこぱのシュウペイ(左)と松陰寺太勇 Ⓒ文藝春秋

 誰も傷つけない笑い――。

 そんなフレーズが、まるであるべき芸人像のように語られ始め、そして、そのことに芸人たちがフラストレーションをため込んでいる。そのきっかけとなったのは、昨年のM-1の「ぺこぱ」のスタイルにあった。

 昨年、初めてファイナリストになったぺこぱが最終決戦まで進出し、最後は1票も獲得できなかったものの、優勝したミルクボーイに勝るとも劣らないインパクトを残し、一躍全国区の人気芸人となった。

松陰寺のツッコミは怒らない

 ぺこぱのツッコミ担当、松陰寺太勇のツッコミは「突っ込まないツッコミ」と呼ばれた。「タクシー運転手」というネタの冒頭、相方が自分の前に立ちふさがり自己紹介をするや否や松陰寺はこう叫ぶ。

「かぶってるなら、俺がよければいい」

 あるいは、運転手が新宿の場所がわからないと放言すると、こう返した。

「知らねえんだったら、教えてあげよう。知識は水だ。独占してはいけない」

 松陰寺は怒りそうで怒らない。それどころか、苛立ちを覚えた自分を戒め、反省さえする。そのツッコミ方法が斬新だった。

 関西圏の漫才師に特に顕著だが、ツッコミは、とにかく怒りまくっている。漫才とは、ボケがバカなことを言い、ツッコミがそれをたしなめるのが基本中の基本だ。その弛緩と緊張を繰り返すことで、笑いが増幅していく。

 つまり、より正確に言うと、松陰寺は突っ込んでないわけではなく、ただ怒っていないだけだ。もっと言えば、ボケに突っ込み、その上、自分の突っ込みにも突っ込んでいるのだとも言える。突っ込んでいないどころか二度ツッコミだ。

 ところが、この怒らないツッコミから生まれた「突っ込まないツッコミ」という曖昧な言葉が独り歩きし、「誰も傷つけないツッコミ」、「誰も傷つけない笑い」とメディアによって妙な拡大解釈をされてしまった。

 当の本人たちもM-1の予選中、やはりこのことに対する違和感を自らネタにしていた。まだ敗者復活戦が控えているので詳細は避けるが、誰も傷つけない漫才と賞賛されることに戸惑いつつも、その感じをうまく利用していた。

 おそらく、ぺこぱは「誰も傷つけない笑い」を意識していたわけではない。松陰寺の人間性が、たまたまあのような気弱なツッコミを生んだのだ。

 確かに、解釈の仕方によっては松陰寺のツッコミは優しい。しかし、「優しい=誰も傷つけない」は飛躍し過ぎだろう。

宮迫や渡部をネタにするナイツは「優しい」

 そもそも芸人に求められている能力は、誤解を恐れずに言えば、誰も傷つけないことではない。

 先日の『THE MANZAI』で時事ネタを得意とするナイツの2人が宮迫博之の闇営業問題やアンジャッシュ渡部建の不倫をこれでもかというほどネタにしていた。そして、大爆笑をさらっていた。

 ナイツの芸人としての矜持を感じたし、芸人にとって必要な優しさがあるとしたならこういうことなのではないかと思った。

 芸人である以上、ファンが望むものを見せなければならない。しかし、それによって誰かを貶めるようなこともできるならしたくはない。

 スキャンダルをネタにしていることは一見、誰かを傷つけているように映るかもしれない。いや、実際、傷ついている人もいるだろう。しかし、当の宮迫や渡部にとっては、瑕疵を笑い飛ばしてくれることが何よりの救済になるのだ。

 芸人に必要なもの。それは、普通の人が言ったらただ人を傷つけて終わってしまうことをエンターテインメントに変え、さらにはネタにされた本人にも利益をもたらす能力だ。それこそが賞賛されるべきだし、プロの技なのではないか。

(中村 計/Webオリジナル(特集班))

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