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変わり行く香港、アフター「国家安全法」の現状 司法、教育、そしてメディア - ふるまいよしこ

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確実に警察権力が強大化しつつある香港

12月3日夜、許智峯(テッド・ホイ)元立法会議員が滞在中のストックホルムからフェイスブックを通じて、正式に海外への「流亡」を宣言し、同時に所属していた(香港)民主党を離党することを明らかにした。

日本の読者にはほとんど知られていないが、許氏はまだ38歳ながら民主党員歴はすでに20年を超える。香港の大学で法律を学び、29歳のときに社会エリートが集中する香港の金融中心地セントラル地区の区議会議員に当選、政治の世界に入った。

Getty Images

最高議決機関である立法会には前回選挙の2016年に初出馬して当選。が、香港市民にその名を広く印象づけたのは、昨年からのデモで街頭に立つ市民たちの最前面に立ち、威嚇する警察に対してその身分を利用して市民の利益を訴えた民主派若手議員の一人としてだった。警察や政府と対峙するような局面に立つことも少なくなく、今年6月末に「香港国家安全維持法」(以下、国家安全法)が施行されると、真っ先に同法が適用されるのでは、と噂された議員の一人でもある。

実際に警察との衝突での公務執行妨害などに問われており、また議会内での親中派との衝突で議会軽視、器物破損などの容疑で逮捕されており、現在保釈中の身である。現時点ではどれも国家安全法の直接適用案件ではないが、議会において意見の対立からの衝突に絡んで議員が逮捕されるケースは香港では前代未聞で、警察が議会政治に介入するようになった一例だとみなされている。一方で親中派議員が別の民主派議員に暴力を振るい、ムチウチ症の診断が下された事件も大きく注目されたが、こちらについては警察はまったく動いておらずお目こぼし状態だ。

これらは明らかに「選択的法執行」である。権力者にとって都合のよい案件のみを法に執行するという、中国国内では常態化している手法で、中国政府による一方的な国家安全法の制定以降、香港において確実に警察権力が強大化している証拠だ。

そんな中、許氏が11月30日からコペンハーゲンで開かれていた環境会議に出席するためにデンマークに滞在中だと報道されて、香港ではちょっとした騒ぎとなった。前述したように同氏は現時点で合計9つの起訴容疑を抱えた、保釈中の身であったため、「このまま亡命するのではないか」という憶測が巻き起こったのである。

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同氏はそれに対して、会議出席はずっと前から決まっていた公務であり、出発前には法廷にその滞在スケジュールを提出して、正式な許可を取り付けていると説明。また、「亡命」についても、きっぱりと「そのつもりはない。香港に戻る」と述べていた。

だが、その翌日、香港のメディアが同議員の妻子と両親が香港を離れたと報道。そして、家族が同氏の次の訪問地イギリスに到着したとほぼ同時に「流亡」声明が発表された。この「流亡」というのは一般に「亡命」という意味で使われるが、この声明において許氏は「外国の国籍を申請するつもりはない。亡命ではない」としながら、「しばらく香港には戻らない」と主張している。その声明の中で同氏はその心理の変化をこんな形で表現した。

香港を離れてから、一人また一人と戦友たちが逮捕された、収監されたとの情報を耳にし、スマホからは市民や友人らから次々と「お願いだから帰って来ないでくれ」というメッセージが届いた。それに感じた辛さをいったいどう表現していいのかわからず、どうしても涙が止まらない。

確かに香港では12月に入って以来、立て続けに衝撃的な出来事がトップニュースに踊り、市民はますます自由の空間が狭まっていることをひしひしと感じていた。そんな中で許氏は、周囲の諫言を聞き入れ、外国にとどまることを決めたようである。彼が流れる涙を止められなかったその背景にある「香港のいま」をここでご説明しておきたい。

民主派の苦渋:「市民の委任」か「中国政府のお墨付き」か

香港ではまず12月1日、香港立法会の民主派議員が総辞職した。総議席数70の最高議決機関は親中派(香港では「建制派」と呼ばれる)41議席、本土派1議席、無党派1議席のわずか43人で今後議事を進めていくことになった。

民主派の総辞職は、11月中旬に中国政府の議会である全国人民代表大会(全人代)常務委員会が香港立法会議員の罷免条項を決定し、香港政府がこれを受けて4人の民主派議員の資格抹消を宣言したことへの抗議であった。

共同通信社

立法会は今年、香港基本法に決められた改選の年にあたり、この9月に議員選挙が行われる予定だった。この選挙では昨年来のデモを受けて民主派有利という予想が根強く、また立候補受付開始の直前には民主派が同一選挙区での重複立候補による票割れを防ぐため、候補者選定の民間初期選挙において、予想を大きく超える数の有権者が投票し、街頭デモはなくなっていても市民の民主選挙への意欲はまだまだ旺盛なことが証明された。

だが、その立候補の受付が終了した7月末になって、林鄭月娥・行政長官が選挙の1年延期を宣言。それを受けて香港基本法が定める立法会議員の任期を「最低1年間」延長することを全人代常務委員会会議が決定し、現役立法会議員は全員留任するはずだった。

しかし、この留任決定は民主派に新たな「試練」をもたらした。

というのも、香港立法会は35議席が有権者の居住地ごとの直接選挙、残り35議席は産業界代表議員として業界関係者による選挙を経て誕生することになっているが、民主派は前者の直接選挙においてほぼ毎回過半数の議席を獲得してきた。一方で親中派は利益関係を重視する産業代表選に強く、その結果最終的に立法会は親中派が多数派を握るという構図が続いている。つまり、市民の直接の意志を受けて当選した民主派にとって、選挙延期は中国政府による政治的な策略とみなす声もある中で留任を受け入れるのは、「市民の委任ではなく、中国政府のお墨付きを受け入れたことになる」とする声が巻き起こったのである。

中国政府への反感から留任拒絶を表明する議員も出た。しかし、ほとんどの民主派議員は議会政治の正当性にこだわり、「議会から民主派の声が消えてはならない」と主張。最終的に再び有権者の意志に委ねるために民間アンケート調査を行ったものの、結果は「留任賛成」と「留任反対」が真っ二つとなり、またその差がほぼなかったことから現役議員たちは「議会を空白にすべきではない」と期限ギリギリで留任を決め、10月に新しい立法会会期が始まったところだった。

香港議会政治の終焉「正当性は失われた」

だが11月に入って突然、「全人代常務委員会が民主派議員の議員資格抹消を議論する予定だ」という情報が、同委員会のメンバーの一人である香港人有力者からメディアにもたらされた。

国家安全法施行後のもう一つの明らかな変化として、こうした、中国政府が任命した全国人民代表がたびたび、政治の動きや社会批判を口にするようになったことがあげられる。彼らもれっきとした香港市民の一人だが、どうやって「香港区を代表する全国人民代表」に選ばれたのか、市民のほとんどは知らない。すべて中国中央政府の指名、委任、そしてほんの一部の人たちの投票によって任命されるものだからだ。そんなふうに選ばれた彼らがこのところ、香港の行政長官よりも先に中央政府の意向をメディアにリークするようになった。

資格抹消対象として名指しされたのは4人の現役民主派議員だった。彼らはもともと9月に予定されていた選挙で立候補の届け出を行ったが、香港政府職員が担当する選挙管理委員会の担当者から「香港独立の主張を行った」「中国による主権行使を拒絶」「香港基本法を擁護しているとは信じられない」などの理由により、その立候補資格を取り消されていた。しかし、その後選挙は延期され、現役議員だった彼らは前述のドタバタを経てそのまま留任したわけだが、中国政府内では「立候補すら認められない人間が議員を続けるのは理に合わない」と、この4人をターゲットにした新たな条例を制定したのである。そしてそれを受けて香港行政長官はすぐさま4議員の資格抹消を宣言した。

共同通信社

筆者の理解で言えば、この4議員はいわゆる「香港独立派」ではない。一部は米国による「香港人権民主法案」可決への協力呼びかけを行ったり、米国で民主派による記者会見で司会を務めたことはあったものの、彼らの口から独立を主張する発言が飛び出したことはない。しかし、4人の立候補資格を抹消した選挙委員会担当者は、「そうした発言に対して反対しなかった」などもその判断根拠としていた。

つまり、中国政府及び香港政府は実際にはさまざまな立ち位置を持つ幅広い民主派をすべて「香港独立主張者」(すでにこれは中国国内の報道ではテンプレートとなっている)としてひとくくりにし、議会での位置、そしてその政治的発言権を剥奪する行動に出たのである。

これに対し、やっと留任を決めたばかりの民主派陣営は「議会政治の正当性は失われた」として、一方的な判断決定への抗議として総辞職を宣言。そのうちほとんどは残務整理のため辞職期限を11月いっぱいとしたが、許氏だけ宣言したその日のうちに立法会から去っている。

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