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日本での民族差別を訴える「ナイキのCM」が魅せる面白さ、奥の深さと商売ゆえの欺瞞 - 山本 一郎

 先週、ナイキ(NIKE)が日本の民族問題に踏み込んで炎上した宣伝動画があるというので見物に行きました。

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 最近、太り過ぎてしまったので持病と相談しながらジョギングを始めた私も、一緒によくお出かけをする拙宅三兄弟もナイキのシューズを愛用しています。子ども用にずっとダイナモを使い続けていたんですが、良い履き心地なのだそうです。

山本家の三兄弟が愛用している靴 ©山本一郎

 そんな愛するナイキがやらかしたというので、2分の動画をドキドキしながら見物したんですよ。日本人、どんなふうに悪く描かれているんだろうって。

 すでにあちこちで解説記事が出ているので詳細は触れませんが、要するに日本の学校生活で差別されている若い女の子三人組が、抑圧を跳ねのけてありのままの自分で活躍し、打ち込むサッカーで爽やかに汗を流す、というものです。

人種差別を真っ向から描いたナイキのCMは、なぜ作られたか
https://note.com/yumaendo/n/ne47e10c9dbc2

北朝鮮籍だと思われたくない、という気持ちそのものが差別意識

 中でも、我が国の民族右派の皆さまが気にしたのが、このキャスト三人のうち一人が朝鮮学校に通っている実在の北朝鮮系の女の子だったという点です。「山本」という通名を使い、周囲の差別の目線に苦しみながらも、自分を殺して愛するサッカーで頑張っている姿は立場の違いを超えて共感するものもあるはずなのですが、なんかこう、動画ではっきりと出てしまうと強く反発する人も少なくなく、見ようによっては酷い炎上をした格好になっています。

 同じ山本姓である私からしますと、まるで山本を名乗る人が北朝鮮籍を持つようで、いや違う、山本って名前を使わないでください、という想いが去来します。

 でも、これがある意味で日本人として日本社会に生きる私の、秘められた差別意識なのだと言われるとまあそうなんだろうなと思うわけですよ。つまり、北朝鮮籍だと思われたくない、という気持ちそのものが。

 もっとも、朝鮮学校に通う女の子が実在である以上、そこに通う人たちから差別を受けることなどあり得ないし、そもそも民族衣装であるチマチョゴリを着て登校しておいて「私は他人とちょっと違う?」と疑問に思われても「おう、そりゃ違うだろうよ」と突っ込みのひとつも入れたくなります。

 ましてや、アフリカ系のルーツを持つ女の子とは違い、北朝鮮と我が国は戦後拉致問題を含めた浅からぬ因縁を持っています。過去に大きな事件や悲しい経緯があったからと言って、北朝鮮籍の子どもを差別して良いとはなりませんが、単に「いろんな民族の子どもたちが差別なく明るい学生生活を送れるといいね」という底抜けに明るいメッセージの題材にするには重すぎます。

「俺たちはソ連人のために働いているんだ」的なことを真顔で言われて

 露骨な差別感情を受けても「ああ、この人はそういう人なんだな」以上のことは思いません。若い頃は差別されて怒っていたんですが、いまじゃ「ふーん、その程度の人か」と思って終わりです。でも、その境地にいたるまではいろいろありました。

 大学時代、アメリカやオーストラリア、旧ソ連などに留学・遊学をした経験があります。そこでいろいろと歓待を受けたりするものの、やっぱり大学の寮やホームステイ先から出て街中に買い物に行くと、両眼を吊るような仕草でアジア系を馬鹿にする現地の人や、タクシーに乗ろうとすると拒否されたりする経験があります。

 さらには、大学で知り合った現地のアメリカ人学生からホームパーティーに呼ばれて、手土産をもって喜んで行って、みんなで泳ごうとプールに入ったら現地の白人の皆さんがプールに入った私を見てサッとプールから上がったりします。

 モスクワにいたときは、ルームメイトのチェコ人やセルビア人たちと外食に出かけた際、物乞いの群れに襲われて財布を奪われそうになったのですが、ちょうど目の前にロシア人警官がいるのに助けてくれないわけですよ。蹴とばして追い払ってから「どういうことなのだ」とみんなで抗議したら、「俺たちはソ連人のために働いているんだ」的なことを真顔で言われて、なるほど一歩海外に出るとマイノリティはそういう問題に遭うことも分かったうえで行動しなければならないのだと学びました。

 たった2分の動画ですべてを細かく表現することはできないけれど、ただ、あれから25年経って多くの外国人が日本で働き、また日本へ観光に来るようになると、否が応でも外国人を隣人に迎えたり、ビジネスの相手にしなければならないことは増えます。卑近な例ではコンビニで働く店員さんに外国人が増えただけでなく、もはや我が国の製造業も農業も観光業も、外国人の人たち抜きには成立しなくなりました。

日本社会に外国人を受け入れるというのはどうあるべきか

 長く港区赤坂に暮らした私も、一時期近隣がすっかり韓国人街となり、ご近所との付き合い方に工夫をしなければならなくなりました。

 それと同時に、外国人と暮らすというのはどういうことか、日本人として、日本社会に外国人を受け入れるというのはどうあるべきかというのは、一緒に仕事をしたり、トラブルを乗り越えるほどに身近なものに感じられるようになってきます。中国人がスーパーでカゴをパクっているのを見れば必ず注意する、でも一度「そうだ」と納得してくれればずっと守ってくれる人たちになる、という風に。

 子どもの通う小学校にも外国人が当たり前のように混ざっていて、英語教育の必要が教育の現場で叫ばれるところで、そもそもその語学って、一緒に暮らす我々の差を確認するためにあるんじゃないかとすら思います。日本人同士ですら個性があり、こだわりや好き嫌いがあって、人間関係でぎくしゃくし、阿吽の呼吸では意思疎通がむつかしい局面が多いのに、ましてや外国人を受け入れるときにどうしなければならないか。

ナイキが浮き彫りにしたのは「多数派が、そうと思わずにしてしまっている差別」

 ビジネスの現場でもそうですし、学校教育で教職員が直面している(であろう)障害を乗り越えるには、おそらくは、ナイキの放った問題動画が浮き彫りにした「多数派が、そうと思わずにしてしまっている差別」に気づくことなんだろうなあとは思います。たぶん、多数派のアメリカ人は、アジア系である私がプールに入ったら無意識にプールから出る、それが差別感情だとははっきり認識はしていないのかもしれません。見ていたら、トルコ人やシンガポール人がプールに入っても、彼らはすっとプールからあがっていました。

 歳を取れば、彼らがそういう無意識な差別感情を表すような場所になるだけ出くわさない知恵や、世の中には「日本人だから」「アジア系だから」というだけで差別する人は絶対数としているのでそういう差別意識のない人を選んで付き合うという工夫をするようになります。

 そして、そういうデリケートなことも分かって、また、これがどんなに炎上しても表現の自由でありナイキが言わんとしていることを理解してくれる人だけナイキの商品を買ってくれ、という案外強い感じのメッセージなんだろうなあと改めて思うのです。

 じゃあナイキも中国国内のサプライチェーンが理由でアメリカ政府の進めるウイグル人強制労働を防止する法案に対して骨抜きにするような提案をするなとか、いまなお国交のない北朝鮮人を題材にして日本の高校にチマチョゴリで通うような雑な動画で日朝の分断を煽ろうとするななどという反論もあったうえで、ナイキの言いたいことはよく分かりました。

 次のジョギングシューズはナイキペガサスにしようと思います。

(山本 一郎)

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