11月20日、「ミスター慶応」ファイナリストの元慶大生が20代女性に性的暴行を加えて強制性交の容疑で逮捕された。この事件では、容疑者が過去5回も準強制性交や準強制わいせつなどの疑いで逮捕されながらも、被害者との間で示談が成立したため不起訴となっていたことに対して、世間からは「大金を握らせて被害者を黙らせたのではないか」「無理やり示談にさせたのではないか」といった声が湧きあがった。
性犯罪における示談の現場はどういうものなのか。現役の弁護士が解説する。
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一口に性犯罪と言われるものにも多様な側面があります。実際の示談については当然どの事件も守秘義務の対象となりますので、ここでは架空の事例を一つ挙げてみましょう。
1.ある示談の流れ
郊外のターミナル駅、駅の近くではあるが、あまり客の入りの多くないファミリーレストラン入り口近くに、弁護士がたたずんでいる。彼は時間を確認すると、コートを脱ぎ小脇に抱えて入店する。
時刻は午後5時55分、被害者に指定された午後6時より5分前に入店した彼は、ドリンクバーだけを頼みホットコーヒーを入れると、携帯電話であらかじめ聞いていた被害者の携帯電話に電話をする。
弁護士が選んだのは、便利な場所ではあるが、あまり込み合うことなく、かつ、ボックスシートの間がそれなりに背の高い仕切りで分けられているため、目立たずに話ができるファミリーレストランである。
ほどなくして仕事帰りの被害者が現れる。弁護士は立ち上がり名乗って名刺を差し出すとまず深々と頭を下げる。
次に弁護士は痴漢行為を行った加害者に代わって短いお詫びの言葉を被害者に伝える。
「本人は大変反省しております。しかし事件の性質上、本人の謝罪や反省のお手紙などはむしろご迷惑になるのではないかと考えて今はお持ちしておりません」
被害者に緊張は見えるが、激怒したり泣き出したりするような感情の動きはあまりなく、少し戸惑ったような表情で「何分こういう事は初めてなので」と口数少なに話す。
「このようなことをしておいて、私どもの方から申し出るのは大変心苦しい話ではあるのですが、今回お時間をいただいたのは、
弁護士は示談書を取り出す。被害者に示談の意思があることは事前に確認しているものの、なかなか電話での話し合いも難しく、細かい条項については詰めきれていない。支払える金額もあらかじめ伝えてあるが、細かい文言等について当日までにやり取りする余裕がなかったのである。
示談書に含まれる内容とは
示談書には何が書かれているのか?
刑事事件の示談書は、複雑な事件でなければ1ページ程度の短い内容であることが多い。
示談書には、(1)事実の確認と謝罪、(2)示談金の金額といった内容に加え、(3)被疑者を許してもらうことができるのか、被害届を取り下げてもらえるのかといった「宥恕(ゆうじょ)文言」が含まれている。弁護士はこの示談書にサインをしてもらえるかを被害者に尋ねる。実は弁護士のカバンの中には、もう1通、宥恕文言がもらえなかった場合の示談書も念のために用意してある。
今回は、加害者による謝罪が通じたのか、あるいは別の事情によるのか、被害者は首を縦に振って示談書に宥恕文言を入れることに納得してくれた。
被害者からの質問
被害者から1点だけ質問があった。
「私の名前は本当に(被疑者に)伝わらないのでしょうか」
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弁護士は、裁判所で被疑者の勾留の手続きを行う際に行われた、「勾留質問」の中で、被害者の名前が読み上げられているかもしれないという点については伝えた。ただ、示談書の中に書かれた名前については弁護士の方でマスキングをするので、名前や住所が被疑者に伝わる事は無いと約束した。
弁護士は、何も書いていない茶封筒に入った示談金を被害者に手渡し、その場で内容を確認してもらう。被害者が金額について確認すると、弁護士は、あらかじめ用意していた領収書にサインをしてもらい、領収書を引き取る。
その時点で時計は18時15分。およそ15分足らずの出来事である。
弁護士は、忙しい中仕事帰りに時間を割いてくれたこと、示談に応じてくれたことのお礼を伝え、改めて事件について被害者に謝罪する。頭を下げた後、弁護士はコーヒーには手を付けず、ドリンクバーの代金だけを精算し、足早にその場を去り、事務所に向かう。
事務所の時計は19時を指している。検察庁に示談書と領収書を提出するにはもう時間が遅いようだ。提出は明日の朝一番と言うことになろう。取り急ぎのファックスを検察庁に入れた後、弁護士は身柄拘束されている依頼者の家族の携帯電話に電話を入れ、示談が成立したことを報告する。