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クリスマススペシャル!「聖書」「キリスト教」の入り口をのぞいてみよう!

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イエス・キリストの現存最古の肖像イコンは6世紀に遡りますが、新古典主義の巨匠ジャン・オーギュスト=ドミニク・アングルの手にかかると、ツルすべお肌のイケメンに!

「キリスト教」のイメージから離れたゆる~いつぶやきが話題を呼んでいる東京・上馬キリスト教会twitter部。12月25日発売の『芸術新潮』1月号の特集「上馬キリスト教会twitter部presents 絵で見る、愉快な新約聖書キャラ列伝」では、そのtwitter部で「まじめ担当」をしているMAROさんが、絵画を通して聖書のエピソードの数々や、クセが強くて人間味あふれる登場人物たちを紹介・解説しています。また、12月17日にはオンライン配信イベントも開催(詳細は文末で)。実は「キリスト教」や「聖書」をなんだかよくわかっていない(なんて恥ずかしくて言えない)人、聖書を読もうとしたけど挫折した人、教養を楽しんで身に付けたい人等々のために、必見の特集からいくつか抜粋してお届けいたします!

※聖書の解釈には宗派や学説によって諸説があります。

そもそもイエス様って何者だ?

MARO(まろ)
1979年、東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、バークリー音楽大学
Contemporary Writing and Production卒。23歳でクリスチャンに。現在は、フォロワー10万人超えの人気ツイッターアカウント「上馬キリスト教会」の「まじめ担当」にして、宗教法人専門の行政書士。
『上馬キリスト教会ツイッター部のキリスト教って、何なんだ?』、『人生に悩んだから『聖書』に相談してみた』ほか著書多数

 さて、まずはもちろんこの方の話をしなくてはなりません。我らが救世主、イエス・キリスト。もしかしたら古今東西、イエス様ほど多く絵画のモデルになった人って他にいないかもしれません。しかし、そもそもイエス様、すなわちイエス・キリストって何者!? 何がどうすごいの??

 まず何がすごいって、イエス様は神です。神なんです。これについては深く説明しようとすると分厚くてなおかつすこぶる難しい本が何冊も書けてしまうほどなのですが、それはさておき、たとえば世間で何かすごいことをした人に「マジ神!!」なんて言ったりする、そんなレベルではなく、とにかく本気で本物の神様なんです。

 天地をつくり、生命をつくり、海や山や星や月をつくった、全知全能の神様が、僕たちと同じように人間としての肉体を持ってこの世に生まれ、同じ環境で生き、一緒に食べたり飲んだり笑ったり泣いたりしてくれたということ。まず1つはそれがすごい! イエス様って、多くの人のイメージでは文字通りいわゆる「聖人君子」で、生活感もなければ喜怒哀楽もあんまり表に出さない人のように思われがちですが、実は「大食らいの大酒飲み」と呼ばれていたり、怒って「ちゃぶ台返し」をやったり、父なる神様に「もう僕、嫌です……」と弱音を吐いたりと、すごく人間くさいんです。「神様なのに人間くさい」、このギャップが多くの人たちに長く慕われている要因の1つなのかもしれません。

 そして何より人間の罪を代わりに背負って十字架で処刑されて、復活したということ。それはすなわち「人類を死から解放した」ということになり、この点こそ、何はさておき一番すごい!ということになります。大雑把に言えば、このことを信じるか信じないかがキリスト教徒かそうでないかの境目です。普通にはなかなか信じがたいことですが、このすごさがなければキリスト教って存在していないんです。

 そしてもちろん、イエス様は話す内容だってすごかったんです。「悲しむ者は幸いです。その人たちは慰められるからです」とか「求めなさい。そうすれば与えられます」とか、キリスト教にあまり親しみのない人でも知っているような有名な教えをイエス様はたくさん残しています。たとえ5万歩ゆずって、イエス様が神でなくただの人だったとしても、2000年もの間、その教えがのべ何百億人もの人の人生に強い影響を与え続けているなんて、やっぱりただ者ではないですよね。むしろ、神様でもない人がそんなことを成し遂げるなんて、そっちの方が奇跡なんじゃないかとさえ思えてしまいます。

 ……と、そんな規格外のすごい人ですから、そりゃ多くの画家さんたちだって描きたくもなるってもんです。描きたくもなりますし、昔は教会って今とは比べ物にならないほどの権力とお金がありましたから、教会から「お金はがっつり出すから、イエス様の絵を描いてくれ!」と頼むケースだって多かったんです。イエス様がいなかったら、美術史も今とはまったく違ったものになっていたでしょう。

 あ、ちなみに「キリスト」というのは名字ではなく「救世主」という意味です。ですから冒頭に「我らが救世主、イエス・キリスト」なんて書いてしまったのは「我らが救世主、救世主イエス」とか「我らがキリスト、イエス・キリスト」ということになってしまい、「白い白馬から落馬した」みたいな間違いなんです。

パンデミックがもたらすもの

 2020年は新型コロナウィルスのパンデミックが起こり、世界規模の騒ぎになりました。しかしこのパンデミックを「前代未聞の」とか「未曾有の」と表現することはできません。歴史をひもとけば人類はこれまで何回もパンデミックと戦っているんです。神様から見れば「君たち、これは前にクリアしたことのあるミッションでしょ〜?」って感じです、きっと。

 キリスト教史において最も衝撃的だったパンデミックはペストです。特に14世紀に起こったものでは、当時のヨーロッパの人口のおよそ3分の1、2500万人以上の方がこの疫病によって亡くなったとされています。これは絵画の歴史にも大きな影響を与えていて、これ以来、絵画に「死」そのものが描かれるようになりました。具体的に言えば、骸骨の姿をした「死神」です。日本語では「死神」と訳しますが、英語では“Death”であり「死そのもの」と訳した方が正確です。それまでは遺体を描くことはあっても、「死」そのものを描くことはそれほど多くありませんでした。ペストによってそれだけ「死」が人間にとってリアルなものとなったということです。毒薬のビンや海賊旗なんかにガイコツが描かれるようになったのには、そんな由来があるんです。

 そして「この疫病に対して教会は何もできないじゃないか!」という不満が人々のうちに生じ、これを機に教会の権威はだんだん失われ、やがてルネサンスや啓蒙主義の時代を迎えることになりました。今もこのパンデミックによってあちこちに「政治不信」が起こっていますが、それまでの時代の権威が失われるというのは今も昔も共通の、パンデミックの影響なのかもしれません。

 さて、パンデミックが起こると必ずと言っていいほど同時に増えるのが「困った人たち」です。現代で言えばカルト宗教や怪しい自己啓発団体などです。14世紀のペスト流行の時は「この病は神様からの罰だから、自分で自分を罰して神様の赦しを乞わなくてはならない!」と、鞭や刃物で自分の体を傷つける宗教が流行しました。また当時は「病原菌」という概念もなかったので、「これはあいつの呪いのせいだ!」とか「あいつらが毒を使ったんだ!」などのデマが流れて、私刑が行われたりもしました。デマもカルトも困ったものです。

 聖書には「世が乱れると『俺がキリストだ!神だ!』と主張する“偽キリスト”がたくさん出てくるから気をつけてね!」と書いてあります。「俺は神だ」とまで明言はしなくても、まるでそのように振舞う人、と言えば皆さんもそれぞれ何人か思い浮かべることができるのではないでしょうか。そんな時代です。気をつけましょう。

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