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温暖化やコロナで広がる懐疑論 深まる溝を埋めるには - 三井 誠 (読売新聞東京本社編集局英字新聞部次長)

 日本の地球温暖化対策が、大きく動き出そうとしている。菅義偉首相が10月26日、温室効果ガス排出の実質ゼロを2050年までに目指すことを所信表明演説で発表した。「実質ゼロ」の目標時期について、政府はこれまで「今世紀後半のできるだけ早期」と明言を避けてきた。それは、問題の難しさの反映だった。

 日本の電気の7割以上は化石燃料を燃やす火力発電で作られている。ガスや石油を直接使う場合も含め、冷暖房、スマホなどのIT機器、車などの移動手段─日々の暮らしは、化石燃料が支えている。化石燃料への依存を極端に減らす脱炭素社会の実現には、経済構造の根本的な変革が求められる。

 こうした暮らしに密着した問題では、「科学」だけで是非が判断されない難しさがある。「地球温暖化は人類が排出する二酸化炭素(CO2)が引き起こしているのか」といった問題は科学的に判断されるべきだが、なかなか単純にはいかない。

 筆者は15年から3年余り、ワシントン特派員として地球温暖化を疑う米国の人々を取材し、そんな現実を実感した。共和党と民主党の二大政党が拮抗する米国では、地球温暖化に対する姿勢が、政治的な立場によって異なる。

 18年の米ギャラップ社の世論調査によると、「人類の活動が地球温暖化の原因だ」と答えた人の割合は、民主党支持者は89%だったが、共和党支持者は35%にとどまった。科学的な質問だが、答えは政治の色に染まる。

 さらに問題を深刻にするのは、学歴が高いほど、あるいは、科学の知識が豊富であるほど、こうした党派間のギャップが広がることだ。ここでは、エール大学のダン・カハン教授の研究を紹介したい。

「人間活動が地球温暖化の原因かどうか」についての回答と科学的知識の有無などとの関係を分析した結果、知識が少ないグループでは支持政党による違いは目立たなかったが、知識が増えるほど支持政党の違いに応じた考え方のギャップが際立った。

 「人は自分の主義や考え方に一致する知識を吸収する傾向があるので、知識が増えると考え方が極端になる」。カハン教授はそう指摘する。「見たいものだけ見える」あるいは「見たくないものは見えない」ということだ。難しい言葉でいうと「確証バイアス(confirmation bias)」と呼ばれる。

科学的な議論を空回りさせる目くらましの懐疑論

 科学的な問題が政治的な色で染められるのは、地球温暖化に限らない。新型コロナウイルス感染症についても、そうだった。個人の自由を尊重し経済を優先する共和党勢力では、トランプ大統領がマスクの義務化に消極的な姿勢を示し、厳しい外出規制を課す一部の州知事に批判的なコメントを繰り返した。

 米ピュー・リサーチ・センターの調査(6月実施)によると、「公共の場でマスクを常にするべきだ」と答えた割合は、民主党支持者の63%に対し、共和党支持者は29%にとどまった。

 こうした溝をいかに埋めていくのか。「科学はデータだけでは伝えられない」と気付いた科学者たちの活動が、米国で活発化していた。

 テキサス工科大学のキャサリン・ヘイホー教授は地球温暖化の研究者で、温暖化を疑う人たちへもメッセージを届けようとしている。米国では、保守系シンクタンクが「地球温暖化が人類の影響だとする十分な証拠はない」などと人為的な温暖化を疑う「懐疑論」を展開している。

 その一つ、ハートランド研究所は17年、約100万ドルを投じ、懐疑論を書き連ねた小冊子30万冊を作って政治家、理科教師、メディア関係者らに無料配布した。

 こうした懐疑論について、ヘイホー教授は「煙幕にすぎない」と指摘する。戦場で味方の動きを隠す煙が煙幕だが、懐疑論も同様だというのだ。

 保守系の政治勢力は小さな政府を指向し、規制を嫌う。一方、温暖化の科学を受け入れれば、CO2の排出規制などにつながる可能性がある。そこで、「規制が嫌い」という本心をそのまま訴えるのではなく、科学を装った目くらましの懐疑論を主張する。そんな構図を煙幕に例えた。煙幕を真正面に受け止め、「温暖化を示すデータは十分にある」と生真面目に主張しても、議論は空回りするだけだ。

煙幕の裏にある本当の意図相手の「心」をくみ取る努力を

 「煙幕の向こうにある本心を見極めたコミュニケーションが重要だ」とヘイホー教授は指摘する。ヘイホー教授だけでなく、元共和党下院議員ボブ・イングリスさんが「知識は『心』を通って『頭』に届く」との思いで温暖化の科学を伝えようとするなど、伝え方に気を配る動きが広がっていた。

 こうした心を大事にする情報伝達は、実は、古代ギリシャまでさかのぼる。古代ギリシャのアリストテレスは人々に物事を伝えるときの大事な要素に、ロゴス(Logos=論理)、エトス(Ethos=信頼)、パトス(Pathos=共感)の三つを挙げた。

 科学者が事実を重視して論理的に説得を試みても、それは3分の1の要素でしかない。話し手の信頼、聞き手の共感があってこそ、情報が伝わるのだ。

 地球温暖化を食い止めるには、科学的な研究に基づく対策が欠かせない。自然現象は、人々の思いを斟酌してくれない。CO2の排出が続けば、地球が温暖化していくことはほぼ確実だ。しかし、その事実だけに頼るコミュニケーションでは限界がある。

 環境対策というと聞こえはいいが、実行には規制強化など痛みを伴う。利害が絡む中で、「敵か味方か」という構図が生まれると、たとえ科学的に正しいことでも理解を得るのは難しい。相手を「科学的でない」とさげすむ姿勢があっては、なおさらだ。

 意見の食い違いは何が原因なのか。反対する人は何を心配しているのか。脱炭素社会の実現に向けて動き出した日本でも、相手の「心」をくみ取るコミュニケーションが求められる。

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