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緊急事態宣言下で殺到したSOSの貴重な記録〜『コロナ禍の東京を駆ける』の巻 - 雨宮処凛

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 「彼女は私だ」

 12月6日、渋谷で開催された「殺害されたホームレス女性を追悼し、暴力と排除に抗議するデモ」には、そんなプラカードを掲げる人がいた。前回の原稿で書いた、ホームレス女性殺害事件を受けてのデモだ。渋谷のバス停にいたところ、近所の男性に撲殺された女性。この日、夜の渋谷の街を170人がキャンドルを手に追悼と抗議を込めたサイレントデモをした。

 「社会に出てから一度も正社員で働いたことがありません。ずっと非正規や日雇いで暮らしてきました。今、コロナで仕事もなくなりました。本当にまったく他人事とは思えません」

 デモ出発前、参加者の女性の一人はマイクを握ってそう語った。「他人事じゃない」。この日、参加した女性たちから多く聞いた言葉だ。

 今年、殺されたホームレス状態の人は彼女だけではない。1月には東京・上野公園で70代の女性が頭部に暴行を受けて殺害されている。3月には、岐阜でホームレスの男性が少年らに襲撃を受けて死亡。そうして11月、渋谷の事件が起きたのだ。コロナで仕事だけでなく、住まいを失う人が増えている中での惨劇。このところ、都内のターミナル駅ではホームレス状態になったばかりと思われる若い人の姿が目に見えて増えている。

 そんな中、ある本を読んだ。それは『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日記』。つくろい東京ファンドの稲葉剛さん、小林美穂子さん、ライターの和田静香さんの三人が著者だが、本のメインは小林さんの支援日記だ。

 この連載でも、コロナ禍での支援の状況については4月頃からずーっと書いてきた。しかし、私は自分が動ける時に現場に行くくらいで、現場対応をしているわけではない。では誰がしているのかと言えば、反貧困ネットワーク事務局長の瀬戸大作さん、そしてつくろい東京ファンドの稲葉さん、小林さんらである。他にも数名が、過労死が心配になるほどフル稼働している状態で、4月からずっと野戦病院のような日々が続いているわけである。本書は、そんな支援の現場の4月から7月までの記録だ。

 ちなみにつくろい東京ファンドとは、東京・中野に拠点を置き、2014年から困窮者支援をし、個室シェルターを運営している。17年からは路上生活経験者の仕事づくりと居場所づくりの店「カフェ潮の路」を始め、小林さんはそのカフェの女将もやっている。

 そんなつくろい東京ファンドは、東京に緊急事態宣言が出された4月7日、緊急のメール相談フォームを開設。これが「パンドラの箱」を開けることとなる。困窮した人々からSOSが殺到したのだ。

 この頃は、東京をはじめとした7都府県のあらゆる活動がストップし、「不要不急の外出は避けろ」、とにかく「ステイホームを」と呼びかけられていた頃。しかし、東京都には推計で4000人のネットカフェ生活者がいる。「ステイホームする家がない」人々がそれだけいるのだ。その上、頼みのネットカフェまで休業要請の対象となったのだからたまらない。

 「ネットカフェ休業により、住む場所がなくなってしまいました」

 「携帯も止められ不安でいっぱいです。もう死んだ方が楽になれるのかなと思ってしまいます」

 「お金がなく、携帯もフリーWi-Fiのある場所でしか使えず、野宿です」

 5月末までで、そんな緊急の相談が約170件寄せられたという。その多くが20〜40代。本書にはそんな人々への緊急支援の日々が綴られる。

 ネットカフェ暮らしで昨日から何も食べていないという若い女性は、「もう首吊るしかないと思ったんですけど、私も人間なんですかね、生きたいと思ってしまったんです」と口にする。日雇いで働いていた人、コロナで仕事がなくなり会社の寮を追い出された人、ネットカフェで生活してきた人、とにかく多くの人から次々とSOSが入る。小林さんはそんな人々のもとに駆けつけ、話を聞き、寄付金からホテル代や生活費を渡し、生活保護申請に同行するなどして公的な制度につなぐ。

 こう書くと簡単そうに見えるかもしれないが、制度について十分な知識がないとできない技だ。なぜなら、福祉事務所はあの手この手で申請を阻もうとするから。本書にも、そんな福祉事務所との攻防、悪質な福祉事務所の対応があますことなく描かれている。

 例えば一人で生活保護申請に行った人に申請をさせない福祉事務所。「3密の回避」が言われているのに、申請に来た人を相部屋の無料低額宿泊所に案内する福祉事務所。一方、3年間ネットカフェで暮らしていた人に、「どうしてネカフェからアパートに入ろうと思わなかったんですか?」とありえない質問をするケースワーカーさえいる。

 これには当人が「入れるわけないじゃないですか! 一生懸命働いても10万くらいにしかならないのに、なんとか食べて、ネットカフェ代払って、ロッカー代払って、どうやって初期費用とか貯めるんですか!!」と返す。ちなみにネットカフェ生活者の平均月収は11万4000円。これでは日々の生活で手一杯で、敷金礼金などとても貯められない。

 「貸付金」を渋る福祉事務所もある。申請者に所持金がない場合、多くの区では1日あたり2000円ほどが出るのだが(食費や生活費として)、それを1日500円しか出さない区もあるのだ。

 ネットカフェや路上を経験しながらも必死で働き、身体を壊してやっと福祉事務所に辿り着いた男性は、窓口で「1日500円」と言われた。ひどい仕打ちだ。

 「500円で3食を食べて、交通費ももろもろ必要雑費もまかなえと福祉事務所が言うんですか?」

 小林さんが言うと、係長の女性は「カップラーメンとか」と言う。「私もスーパーの安売りで買ったりしてますよ」と続ける係長。その言葉に、小林さんはキレた。

 「なに言ってんですか! 自分も同じだみたいに言わないでよ。この人が歩いてきたこれまでと、あなたの生活はまったく違う! 同じだというなら、無低やネットカフェで、カップラーメンで命をつなぎながら職場に通ってみなさいよ。冗談じゃない!! 無神経なことを言わないでくださいよ!!」

 同行した小林さんが怒ってくれて、男性はどれほど心強かっただろう。どれほど嬉しかっただろう。

 そんな現場で日々奮闘する小林さんは、コロナ禍による困窮は、これまでの矛盾が噴出したものだと指摘する。

 「アベノミクスなんて言葉で誤魔化されてきた日本の経済が、とっくに崩壊していたのをコロナが可視化させた。この2ヶ月間、私が対応している人たちは、いわゆる多くの人が想像する『ホームレス』ではない。補償も出ないまま休ませられている正社員もいれば、この国の文化・芸能を支えてきたアーティストもいる」

 本書で共感するところは山ほどあるが、中でも今の支援を考えるにあたってもっとも「そうそう」とうなずいたのは、稲葉剛さんの「いまや住まいに次いで、Wi-Fiは人権に近い」という言葉だ。これはコロナ以前から言えることだが、困窮者の多くは携帯が止まっている。通話できない状態だ。よって、本人がフリーWi-Fiのある場所にいる時に支援団体でメールしてくる、というのが一般的なのだが、これだとフリーWi-Fiがない場所では連絡がとれない。また、携帯の充電切れが支援の切れ目になってしまうことも多々ある。

 余談だが、私は平野啓一郎氏の小説『マチネの終わりに』を読んだ時、「これってまさに支援者が日々直面してることじゃん!」と思い、それ以来、携帯をなくした、盗まれた、止まった、充電が切れたという状態を勝手に「マチネ」と呼んでいるのだがこれ以上書くと小説のネタバレになるのでやめておこう。

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