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日本が太平洋で無敵だった時代

12月8日と言えば私には今でも「戦争が始まった日」だが、戦後75年の節目の年であっても、開戦日のことは、あまりニュースにならなくなったように見える。日本人にとっての太平洋戦争は、負けたことの方に深い意味があるのだ。なにしろあの敗戦から「今の日本」が始まったのだから。

 それはそれでいいし、私自身も強固な反戦平和主義者を自任している。それでもなお、「日本が勝っていた時代」のことを覚えている最後の世代として、覚えていることは書いておく意味があるような気がしてきた。そうなのだ、かつて日本は太平洋で最も精強な国だったのだ。

 日本軍の攻勢は、開戦からほぼ1年半にわたって継続した。開戦の冒頭に、ハワイで米国の、マレー沖で英国の主力艦隊を壊滅させたのが大きかった。日本軍が進出して激戦地となったソロモン群島のガダルカナル島が、どれほど遠い位置にあるかを地図で確かめてほしい。オーストラリアよりもさらに東の、日付変更線にも近いところまで行っていたのだ。それより西側の広大な地方が日本軍の支配地域になり、「大東亜共栄圏」が出来上がったと宣伝されていた。国民学校(小学校)の教室には大きな世界地図が張り出され、日本の占領地には日の丸の小旗を張り付けることになっていて、戦争が日本の勝利で終わった時のための、特大の日の丸まで用意されていたのだった。

 開戦の翌年だと思うが、学校で菓子の特配があった。「ポプラ菓子」という名で、袋には南方の兵隊さんが笑顔で菓子を送ってくれる絵が印刷されていた。南方の資源地帯が手に入ったのだから、だんだん物資も豊富になるような期待感があったのだ。

 当時の私は2年生だった。その頃の日記帳は、飛行機や軍艦の絵と、大本営発表のニュースで埋めつくされている。数年の後には「学校疎開」で学校自体が解体され、例外的に疎開しなかった私の家族も連夜の空襲の下で暮らすことになるなどとは、まだ想像のほかのことだった。

 後で考えれば短い期間だけなのだが、ただ、一年間以上にわたって、日本には戦勝を信じていられる幸福な時間があったということを、当時を知る一人として証言しておく。

 山本五十六は「半年や一年は暴れ回ってお目にかける」という公約を十分以上に果たしていたのだが、それを生かす政治家は、日本にはいなかった。

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