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新自由主義の終わりとその先【レジリエンス重視の政府】

英国のサッチャー政権、米国のレーガン政権の時代(1980年代)から世界の政治と政策に大きな影響を与えてきた新自由主義(ネオリベラリズム)は、リーマン危機あたりから徐々に影響力を減じてきました。そして今回のコロナ危機で新自由主義が完全に終わった感があります。

新自由主義イデオロギーを象徴するスローガンは、「小さな政府」、「官から民へ」、「市場重視」、「競争重視」といったところでしょうか。日本の行財政政策や経済政策にも大きな影響を与えてきました。

日本で新自由主義を象徴する人物は、竹中平蔵氏(元総務大臣、パソナグループ会長)ではないでしょうか。その竹中氏を信頼してブレインにしているのが菅義偉総理です。日本における「最後の新自由主義政権」が菅総理ということになるもしれません。

コロナ危機で明らかになったのは、「小さな政府」では国民の命を守れないということです。たとえば、全国で進んだ保健所の統廃合の結果、保健所は約4割も削減されました。保健所の職員数も大幅に削減され、危機にあたって人手不足が深刻でした。

世界各国の政府は、国民の暮らしを守るための現金給付、ワクチン開発のための莫大な公的助成、検査体制や医療体制の整備のための財政支出など、コロナ危機対応のためにあらゆる手を尽くしています。いまやすべての先進国は「大きな政府」化しており、もはや「小さな政府」は死語になったといえるかもしれません。

夜警国家では感染症対策はできないし、地球温暖化による自然災害激甚化にも対応できません。しかし、「小さな政府」の終わりは、単純に「大きな政府」ということではありません。まず「信頼できる政府」であり、「機能する政府」でなくてはならず、そのためには一定程度は規模を適正化する必要があります。

さらに新型コロナウイルスのような感染症に加えて、水害や地震への備えを強化した「危機に強い政府」である必要があります。最近の言葉でいえば「レジリエンス(柔軟性と復元力)を強化した政府(レジリエントな政府)」をめざす必要があります。

この「レジリエント」という言葉は、専門家によって使い方が異なりますが、方向性は似ています。子どもの成長を研究する心理学者にとって「レジリエンス」とは、トラウマになりかねない出来事に耐えさせるたくましさや打たれ強さを意味するそうです。

エコロジストにとっては、山火事や洪水、外来種に抵抗して回復し、適応していく生態系の能力のことを指すそうです。災害対応や安全保障の専門家にとっては、柔軟性と適応性を持ち、衝撃に耐えることができるのが「レジリエンス」だそうです。以上で「レジリエンス」という言葉のイメージがおわかりいただけるでしょうか。

ガネーシュ・シタラマン教授(バンダービルド大学)は、新自由主義が米国のレジリエンスを弱体化したと指摘します。

経済政策については、あらゆる世代の米国指導者たちは規制緩和、民営化、自由化、緊縮財政を支持してきた。その結果、大きな格差が生まれ、賃金レベルは停滞し、債務が増え、耐えがたいほどの人種間の経済格差が生じた。機会は少なくなり、不安が拡大した。低賃金、限定的な社会保障、高すぎて簡単には利用できず、しかも非効率な健康保険制度は、経済ショックを多くの市民にとって生きるか死ぬかの脅威に変えることで、アメリカのレジリエンスを間違いなく弱めた。

日本も米国型の新自由主義を志向してきた結果、似たような状況が生まれています。米国と英国、ニュージーランド等の英語圏諸国の次にアングロサクソン的な新自由主義が根付いた「小さな政府」国家が日本だと思います。欧州大陸諸国はそこまで新自由主義の影響を受けていないと思います。

ガネーシュ・シタラマン氏はレジリエンスを高めるための方策として以下を挙げます。

あらゆる市民への医療ケアの提供、児童保育の拡大、人々が高賃金を得られるような経済構造の再編、労働組合の再構築、就学前教育への普遍的アクセス、大学生が奨学金の借金を抱えることなく卒業できるようにすることだ。これらの目標は必ず達成できる。

もっともな提案です。米国のリベラルな経済学者や政治学者はしばしば「労働組合の弱体化が、労働者の権利を損ない、賃金格差の拡大を招いた。従って、労働組合の強化が必要だ」と主張します。日本の学者はなぜかそのことを言いません。私もかつては「政労連」という政府系特殊法人の労働組合の組合員だったこともあり、労働組合の強化や非正規労働者やフリーランスのための労働組合は重要だと思います。

ガネーシュ・シタラマン氏は「市場メカニズムの破綻」を指摘します。

ネオリベラルの資本主義の数十年が市場にレジリエンスを与えてきたわけではない。競争が激化し、設立される企業も減少し、独占企業や巨大企業が産業分野を次々に支配していった。「株主優先」の理念と金融化による圧力の高まりは、一部の企業リーダーを短期的な戦術家に変えた。彼らは、税金による大規模な救済措置を必要とする脆弱性、ボラティリティ、乱高下する経済サイクルをもたらすとしても、自社株買い、レバレッジ、税務戦略、ロビー活動を駆使して株価を上昇させようとした。

一部の産業分野がごく少数の企業に依存するようになれば、価格が上昇し、イノベーションが損なわれ、サプライチェーンが不安定化する。一方で、一握りの企業が膨大なパワーを蓄え、その影響力を利用してワシントンでの民主的なプロセスを歪めてきた。

こうした傾向に対処するためには、富と権力を分散させる改革が必要になる。投資銀行とリテール・バンキングを分離する新しいグラス・スティーガル法を含む強固な金融規制、累進課税をより強化した税制、強力な労働組合、そして反競争的な合併を防止し、商活動からプラットフォームを切り離すような積極的な独占禁止法の執行が必要だろう。

米国特有の事情もありますが、日本でも参考にすべき点としては、累進課税の強化、金融規制の強化などがあります。コロナ危機で実体経済が悪いはずなのに、株価が上昇し続けているのは異常事態です。バブルの崩壊を危惧せずにはいられません。「不況だからバブルをあおる」という行動の繰り返しは、いつか破綻を招きかねません。

ガネーシュ・シタラマン氏は、米国の多くの政府機関に分散している機能を統合して「経済レジリエンス省」の立ち上げを提案しています。国家安全保障戦略のような包括的な国家戦略には、レジリエンスの観点を強化すべきと訴えます。

日本に「経済レジリエンス省」が必要とまでは言いませんが、国家戦略としてレジリエンスの強化は重要だと私も思います。「小さな政府」がレジリエンスを脆弱にしたことから、適切な規模の政府をめざし、「信頼できて機能する政府」を再構築する必要があります。

さらにガネーシュ・シタラマン氏は、米国のような超大国であっても単独では完全なレジリエンスを持つことはできないと言います。価値観を共有する欧州や北東アジアのリベラルな民主国家との絆と同盟の深めるべきと主張します。

たとえば、リベラルな民主国家で構成される同盟関係があれば、公衆衛生上の緊急時代に対応するためのサプライチェーンを管理できると同氏は言います。中国やロシアのような大国からの地政学的脅威やサイバー攻撃を抑止し、集団的な対抗力を形成してレジリエンスを強化すべきと主張します。

米国が単独でレジリエンスを強化できないのなら、日本やドイツも単独ではムリでしょう。ドイツの場合はEUの枠組みを強化して、レジリエンスを強化できるかもしれません。しかし、日本が単独でレジリエンス強化は難しいとすれば、バイデン政権の米国との同盟関係は重要です。韓国、台湾、オーストラリア、ASEAN諸国といった近隣の民主主義国家との連携も大切です。G7の枠組みも再評価し、より重視すべきでしょう。

レジリエンス強化のためには、国内では新自由主義的な「小さな政府」の呪縛から離れ、国際的にはレジリエンス強化のためのリベラルな民主国家との関係強化が必要です。新自由主義的な貿易政策で「とにかく何でも自由化」というグローバル化は見直し、信頼できる同盟国やリベラルな民主国家との関係強化を優先すべき時代になったといえるかもしれません。

*参考:ガネーシュ・シタラマン「レジリエンス強化の大戦略を」フォーリン・アフェアーズ(2020年11月号)

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