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【読書感想】勉強の価値

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勉強の価値 (幻冬舎新書)

  • 作者:森 博嗣
  • 発売日: 2020/11/26
  • メディア: 新書






Kindle版もあります。

勉強の価値 (幻冬舎新書)

  • 作者:森博嗣
  • 発売日: 2020/11/25
  • メディア: Kindle版

内容(「BOOK」データベースより)
勉強が楽しいはずない。特に子供が勉強しないのは「勉強は楽しい」という大人の偽善を見透かしているからである。まず教育者は誤魔化さずこれを認識すべきだ。でなければ子供が教師の演技を馬鹿馬鹿しく思い両者の信頼関係が損なわれる。僕は子供の頃あまりに美化された「勉強」に人生の大事な時間を捧げる必要があるか疑った。が、現在(正確には21歳から)は人は基本的に勉強すべきだと考える。それは何故か?人に勝つため、社会的な成功者になるためではない。ただ一点「個人的な願望」からそう考える理由を、本書で開陳する。

 子どもに「なんでやりたくもないのに、勉強しなきゃいけないの?こんなの何の役に立つの?」と問われたことはありませんか?

 僕は「人生の選択肢を広げるため」なんて答えてお茶を濁してきたのですが、結局のところ、勉強にも向き・不向きみたいなものがあって、勉強を面白いと思う人、将来のためになるというのなら、なんとか我慢してできる人、周囲の環境によって勉強したりしなかったりする人、そして、机に向かってする勉強が、生理的に受け入れられない人、がいるのではないか、と今は考えています。

 僕は「大好きではないが、勉強して生活の糧を得るほうが、自分にとってはスポーツ選手になるよりは向いている」と子どもの頃から思っていたので、ずっと打算で勉強してきました。本当は読書やテレビゲームのほうが好きでしたし。まあ、みんなそんな感じなのだろう、と。

 ところが、高校時代に進学校で、「世の中には、本当に勉強が楽しいという人が存在している」ということを思い知らされたのです。もちろん、彼らも「勉強はつらいし、やりたくないこともある」と言うのですが、それは、僕が「面白いけれど難しいゲームを攻略するときに感じている充実感みたいなものに近いように思います。

 僕は長年、森博嗣先生が書いたものを読んできて、ずっと「なんてすごい人なんだ。こういう人の考え方や生き方を見習おう」としてきたのです。

 でも、長い付き合いの末、森博嗣という人は、希少な人間で、真似できるような存在ではないし、参考にするというよりは、「世の中にはこんな人もいるんだなあ」と感心して気分転換するくらいがちょうどいいと思うようになりました。

 そもそも、森先生自身も「別に参考にしてもらおうと思ってこういう本を書いているわけじゃない、と、ずっと仰っていますし。

 森博嗣先生はすごいけど、森博嗣の本を読んだからといって、特別な人間になれるわけでもないし、立派なことをしているわけでもない。

「世の中には、こんな考え方もあるのか」と読み流してしまって構わないし、読む側も「面白いから読んでいる」で良いのですよね。

 もっと簡単に述べると、勉強というのは、その行為に目的があるのではない、という点が重要なのだ。なにか、ほかに目的がある。そして、そのための過程が「勉強」と呼ばれているだけである。したがって、その過程を楽しめるかどうか、という問題は、本来の目的が見えていないわけで、そもそも問題でもない。どうでも良いことだといっても過言ではない。

 わかりやすく例を挙げよう。たとえば、金槌で釘を打つこと、これが「勉強」というものの本質である。もし、金槌で釘を打つことが楽しいという人がいれば、それはそれで幸せである。一生その趣味を続けて、釘を打ち続ければよろしい。しかし、普通は、釘を打つ目的がほかにある。その目的が、釘を打つ行為を始めるよりもさきにある場合は、釘を打つ目的がほかにある。

 その目的が、釘を打つ行為を始めるよりもさきにある場合は、釘を打つことが楽しく感じられるだろう。自分が作りたいものがどんどん出来上がっていくし、また、釘の打ち方もしだいに上達するはずである。これもまた、楽しい体験となる。だが、その楽しさは、「作りたいもの」へ近づくプロセスが生み出している。

 一方、まだ作りたいものがない人、作る目的がない人に、釘の打ち方を教えるとしたら、どうだろうか? それを教わる人は、いったい何が楽しいのか、まったくわからない。非常につまらない、と感じるだろう。もっと楽しいことが沢山あるのに、どうしてこんなことをしなければならないのか、と考えるはずだ。

 僕はこれを読みながら、勉強というのは、ロールプレイングゲーム(RPG)のレベル上げみたいなものなのか、と考えていたのです。

 ゲームの場合には、倒したいボスがいたり、ストーリーを先に進めたい、という目的がはっきりしているから、単調なレベル上げもできるのです(とはいえ、やっぱりあまり楽しいものではないので、最近はあまりレベル上げを意識しなくても良いRPGが多くなっています)。

 ときどき、ずっとレベル上げをしているのが好き、なんて人がいるのも、勉強に近いかもしれません。

 子どもの場合、目的を実現するための「方法としての勉強」というのは、その「目的」がはっきりしていないだけに成立しにくいところがありますよね。

 子どもに限らず、人生において、「本当に自分がやりたいこと」を見つけるのは、案外難しいものだなあ、と僕も棺桶に膝くらいまで浸かりながら考えてしまうのです。

 そして、「自分がやりたいこと」を見つけるための公式があるわけでもない。

 森先生は、この本のなかで、「社会の変化に対して、学校で行われている『教育』は、ついていけなくなっているのではないか?」と指摘しています。

 競争を煽る仕組みは、社会の中に沢山潜んでいるように見える。マスコミは、とにかく競争をエンタテインメントとして大々的に伝える。努力をして勝ち得たという個人のドラマが大好きだ。そこでは、「感動」というキーワードで、大勢を引きつけることが可能だからだ。大勢を引きつけることがマスコミの目的であり、人を集めることで商売が成立している。

 一方、社会の動向を俯瞰すれば明らかだが、人類は個人主義へ向かおうとしている。かつては、大勢で力を合わせないとできなかった労働は、機械が担うようになった。力を結集する必要はもはやない。みんなが同じことをするメリットは、完全に薄れている。それよりも、個人の才能をそれぞれに伸ばし、誰かが新しい創造や発見をすれば、その利益を大勢が享受できる、という社会になっている。

 つまり、個人はそれぞれ別のことをする方が効率が良い。得意なものを究め、それを実現する過程では、チームを作る必要があるけれど、同じ場所に集まらなくても良い。世界のどこにいても、情報は共有できる時代だ。すなわち、現代における最先端のチームというのは、国や企業を超えた少数によって形成される。

 そういった世の中にあって、マスコミやエンタテインメントは、まだ身近な人間関係に縛られたドラマを創出しようとしている。家族愛、友情、絆、触れ合い、助け合い、といったキーワードを大勢に押しつけて、そういった涙や感動こそが「人間性」だと主張している。だが、これは古い。現実から既に乖離している。

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