「監察の結果、深刻で不適切な事案を多数確認した」
11月24日、韓国の秋美愛法相(62)は尹錫悦検事総長(59)に対する懲戒を請求し、職務執行の停止を命じたと発表した。史上初の異常事態で、尹氏は執行停止の取り消しを求め、行政訴訟を起こした。
文在寅大統領(67)は今回の事態に沈黙を貫いているが、実は秋氏から事前に報告を受けたという。
「大統領が黙認、あるいは指示したことは間違いない」(与党関係者)
だが、秋、尹両氏を任命したのは、「検察改革」を悲願とする文氏だった。その背景にあるのは、文氏が秘書室長として仕えた盧武鉉元大統領の死だ。盧氏は検察改革を試みたが失敗し、退任後の保守系の李明博大統領時代に検察の捜査を受け、自殺。左派には保守と近い検察への不信感が根強く、文氏は検察の権限を縮小しようとしてきた。
昨年7月、文氏は尹氏を検事総長に抜擢。朴槿恵前政権の疑惑追及で活躍した経歴を見込み、「権力に厳しく臨んでほしい」と指示した。すると、尹氏は当時法相だった曺国氏を捜査し、辞任に追い込んだのである。
そして、今年1月、文氏が曺氏に代わる切り札として送り込んだのが、秋氏だった。朴政権打倒に力を発揮し、突破力のある秋氏は、幹部検事に与党・進歩系とされる人物を多数起用し、指揮権を発動してきたが、与党がらみの捜査を止めることはできなかった。
万策尽きた末の最後のカードが、尹氏の排除だった。韓国の調査会社リアルメーターが26日に発表した世論調査で、秋氏の措置が「間違っている」と答えた人が56.3%で、「正しい」の38.8%を引き離した。
今回の措置が韓国政治に与える影響は?
文政権の支持率は今もなお4割を維持しているが、今回の措置は韓国政治に大変化をもたらしかねない。
そのひとつは、22年初めに行われる大統領選挙への影響だ。尹氏は大統領選候補者に関する世論調査で高い人気を誇るが、本人は周囲にこう吐露していた。
「法に従って行動することが、自分の本分。自分は政治的な感覚がない人間だ」

文在寅大統領 ©getty
ただ、保守系野党には有力な候補がいないため、今後の展開次第では尹氏が一気に有力候補へと躍り出るかもしれないのだ。
また、文氏は徴用工裁判などで「政府は司法に介入できない」と三権分立の原則を金科玉条のように繰り返し主張してきた。
だが、検察への介入を強めるほど、司法が政権に忖度する空気は強まり、三権分立は空洞化することに。文政権は検察の追及から逃れる「実利」と引き換えに、民主主義の大義を捨てることになりかねないのだ。
(牧野 愛博/週刊文春 2020年12月10日号)