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齋藤孝「10分あれば書店に行きなさい」

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齋藤孝「10分あれば書店に行きなさい」(メディアファクトリー新書2012年)

メディアファクトリーからのいただきもの。多謝。著者は、『声に出して読みたい日本語』など数々のベストセラーで知られるあの齋藤孝さんだ。最近の本はタイトルがとてもわかりやすくて、タイトルを見ただけで半分ぐらいは読んだ気になれたりするものだが、この本もまさにそういう感じ。もちろん本文も読みやすくてすらすら読める。

実際、この本の主張は比較的シンプルだ。簡単にまとめると、

(1)本を読め
(2)紙の本を買え
(3)書店へ行け

というぐらいにまとめられようか。そう主張する理由(の主な1つ)もちゃんと、帯に「リアル書店の刺激が旺盛な知的出力を支える!」と書いてある。リアル書店は、

(1)当初は考えていなかった新たな本との出会いがある
(2)本に満たされ、本好きが集う空間から知的刺激を受ける

という得がたいメリットがあるから、「旺盛な知的出力」を学業や仕事、あるいは他の目的で求められる人はリアル書店に行くのがよい、と。

こういうテーマで1冊書けるっていうのはすごいなあ、さすが高名な教育学者にしてベストセラー連発の書き手はちがうなあ、というのが正直な第一印象だが、読んでみるとこれが意外にも、あれこれと考えさせられて、いろいろと味わい深いのだ。

そもそも、今この本を出してくるということ自体がある意味すごい。ネット書店がすっかり定着してリアル書店がどんどん減りつつある今、各社が電子書籍端末や関連サービスを競って売り出し、日本もいよいよ本格的に電子書籍時代に突入しようかというこのタイミングで、「書店」に出かけていって「紙の本」を買えというのは、それなりになかなか「勇気」のいる主張ではなかろうか。

ぱっと見ではただの守旧派の主張っぽくもみえるわけだが、必ずしもそうと決めつけたものでもない。ネット書店にせよ電子書籍にせよ、著者は必ずしも頭ごなしに全部だめだと言っているわけではなく、むしろ、それぞれのメリットと限界を理解せよ、うまく使い分けよと主張している。

ネット書店については、さまざまな本と出会うきっかけとするのがよい、というご意見らしい。ただし買う際には必ず街の書店に行き、中身を確かめよ、と。そうしなければはずれを引くかも、という趣旨だ。ふつうは、リアル書店で見つけた本を(ネット書店は予想外の本との「出会い」が少ないし、えてして立ち読みが不便だし)ネットで買えば重くなくて便利、みたいにいうところだが、あえて逆を主張しているのが興味深い。それではネット書店の売上がなくなってしまうではないかという点は、まあアレだ。善意にとれば、使い分ければいい、ということなんだろうな。

ちなみに私は最近ほとんど街の書店には行かず、もっぱらネットですましているので、この「教え」にはまっこうから背いているわけだが、言いたいことはある程度わかる。私の場合は、うかつに書店に足を踏み入れるとあっというまに1万円ぐらい飛んでいって、代わりに重い荷物(日本の本は軽く作られているがそれでもたくさんあれば重いよね)を持たされるはめになるからで、いってみれば著者のいうリアル書店のメリットがメリットすぎるがゆえのデメリットがあるわけだ。この本の著者が懸念する「はずれ」本に当たることも、たまにはあるが、そういうのもダメさ加減を愛でる楽しみはあるから、あまり気にはしていない。

電子書籍についても、著者は、「膨大な量をダウンロードできる」などよさもあるから、やがて合理的併用の時代がくる、と一定の評価をしている。確かに、本を大量に買う人にとって、保管場所は昔から問題だったわけで、それが不要な電子書籍はまさに福音だ。一方、紙の本には、物理的実体があることによるさまざまなメリットもあり、本好きはまさにそれを楽しんできたわけだから、すぐに離れられるというものでもなかろう。それに、事業者が入り乱れて端末もサービスも乱立している割には品ぞろえはどれもいまいちという日本の現状の下で、電子書籍を手放しで礼賛するのもちょっと行き過ぎという気がするし。

著者によれば、紙の本の「敵」は電子書籍ではなく、ネットでアクセスできる無料の音楽や映像やニュースであるという。つまり、これが単にテキスト情報の伝達形式の問題ではなくいわゆる「アイボール」、言い換えれば読者の時間配分をめぐる「有償」と「無償」の競争であるということを見抜いていらっしゃるわけだ。まさに慧眼。SNSなどの誘引力から本を読む時間をどのように守るかは、教育上の大きな課題になってきているわけだが、同時にそれは、これまで本のビジネスを支えてきた基盤が大きく揺らいでいることを意味する。

当然著者は、ブログなどネット上のさまざまな文章に対して批判的だ。「書き手は編集者という「つっかい棒」がいなくなった分、より自由に書くことができる」がそれゆえに「ひとりよがりな作品になりがち」であり、「ビジネスとして軌道に乗せることは難しい」から優れた「才能も集まら」ず、結果として「書く仕事はますます「片手間」となり、身辺雑記レベルのブログ」(つまり、このブログのような手合いだ)だけが増えていく、と手厳しい。

どこの馬の骨ともしれない(匿名のものも多いし)有象無象が、まともな訓練も受けず、編集者の厳しいチェックも通さずに、あることないことを好き放題書き散らした文章が、ネットにはごろごろしている(そう、この文章のようにだ)。こんな文章にばかり触れていても知的刺激にはならない、と著者はおっしゃるわけで、匿名でこそないが自他ともに認める有象無象の1人としては「へへえ」と恐れ入るしかない。

恐れ入るのは別にポーズということではなく、実際、こうした構図の立て方については、賛同できる部分がけっこうあるんだが、同時にやや、ためにする議論のように思えなくもない。この本は、つきつめれば「本を買い支えよ」というメッセージを通じて「出版文化を守れ」という主張をしているわけだが、それは、斜に構えた見方をすれば「価値ある文章を書き、届ける『祝福された聖者たち』に金を貢げ」という主張だ。そうした「聖者」の中にご自身も入っていらっしゃる、までいうと言い過ぎかもしれないが、そう受け取る人もいるだろう。

言いたいのは、こうした供給者側の論理に立った主張が、(紙の)本を(書店で買って)読むことがいかに需要者たる読み手にとってメリットになるか、ネットの文章ではなく紙の本でなくてはだめなのかといった点と、必ずしも直接的に結びつくものではない、ということだ。この本は、軽い読み物として書かれたせいでもあろうが、その間の論考がすっぽり抜けている。文化とビジネスを二項対立的にとらえ、受け手の「高い意識」で両者をつなごうとするのはよくある論法だが、はっきりいって、著者の思っているほど説得力は高くない。

この手の議論は、「ものづくり」をめぐる議論と少し似たところがある。日本が誇る「ものづくり」の伝統を守ろう、がんばっていいものを作ればきっと売れる、みたいな考え方が、日本の製造業をどんな状況に追いやったかは、最近のニュースをチェックしていればわかるはずだ。消費者は、高度な技術を駆使して、あるいはじっくり手間暇をかけて創りだされた高級、高機能なものばかりを求めているわけではない。いわゆる「イノベーションのジレンマ」の問題だ。

特にこれは、変化の速い市場においてはより深刻な問題となりうる。日本の家電や携帯電話はそうなったわけだが、本はそうなっていないのか、という問いをつきつけられているのかもしれない。磨き上げられた書き手の技術や編集者の手厚いサポート、培われた本作りの職人の技などが、サーベルタイガーの牙のようなものになっていないか、とまでいうと過激だろうが、少なくとも、文化の重要性を唱えれば、あるいは質の差を指摘すれば、人々が財布を開いてくれるような状況ではないのだ。

さらに踏み込んでみる。そもそも本は、著者が暗黙裡にイメージするような高尚なものだったのだろうか。現在書店で売られている、プロたちの手によって作られたはずの本や雑誌の中には、信じられないほどレベルの低いもの、ネットの駄文とさして変わらぬクォリティのものがけっこう含まれている。もちろん、ベストセラーランキングに出てくるようなものはそんなことはなくて、たいていしっかり作られているわけだが、それにしても、「知性のシャワー」と形容するのをちょっとはばかられるようなものは少なくない。別にそれが悪いといっているのではない。そもそも以前から、大半の本はそういうものではなかったのか、ということだ。

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