今年、大ヒットしたドラマ『半沢直樹』(TBS系)。メガバンクを舞台とする同作では、7年前の第1シリーズに続き、主人公の半沢(堺雅人)に対し、香川照之演じる銀行役員の大和田が敵役として登場した。ただ、今回は2人が手を組むことも目立った。
『半沢直樹』では大和田役を演じた香川照之 ©文藝春秋
頭取(北大路欣也)から、過去に銀行が大物政治家(柄本明)に行なった不正融資について真相を探るよう命じられた2人は、渋々ながら行動を共にする。だが、最終回前の第9話では、大和田と頭取がひそかに政治家と取引をしているところに、半沢が遭遇してしまう。思わぬ裏切りで崖っぷちに立たされた半沢だが、それでも正義を貫くべく、政治家に向かって「あなたの悪事はきっちりと暴かせていただく!」と宣言してみせた。
半沢への共感から出た大和田の“涙”
ドラマを見ていた方は覚えているだろうか。半沢が政治家相手に大見得を切ったとき、大和田が涙を流していたことを。結局、最終回では、政治家との取引は、じつは頭取と大和田が相手を油断させるために
『半沢直樹』では、出演陣の芝居がかった演技が話題を呼び、そこで彼らが顔を突き合わせて繰り広げるバトルは「顔相撲」とも称された。香川の演技はその筆頭であった。だが、あの涙は、芝居っ気なく、ごく自然に出たものに見えた。筆者は顔相撲よりも、むしろそこに役者・香川照之の真骨頂を感じた。
きょう12月7日は、香川の55歳の誕生日である。意外と言うべきか、彼はある時期から役づくりをしなくなったという。昨年、出演した映画『七つの会議』公開に際してのインタビューでは、次のように語っていた。
《僕は常に、監督が求めるものを演じているだけです。10年ぐらい前までは、役作りのようなものをやっていた記憶もあることはあるんですが、今は、せいぜい自分の人生と重なり合う部分をその場で引っ張り出している程度です。表現というより反射というべきか……。やっていることは、スポーツに近い気がします》(※1)
『半沢直樹』では、印象深い「お・し・ま・いDEATH」のセリフなどアドリブも多かったというが、それもほかの俳優とやりとりするうちに「反射的」に出たものなのだろう。
俳優になった理由は「ネクタイをせず、満員電車に乗らなくて済む」
昨年には、『半沢直樹』と同じくメガバンクを舞台にしたドラマ『集団左遷!!』に出演し、主演の福山雅治扮する銀行支店長・片岡のもとで副支店長を務める真山という男を演じた
一見すると、『半沢直樹』の大和田とは対極的な役に思える。しかし演じる香川としては、大和田と真山はコインの裏表にすぎないのかもしれない。別に演じ分けているつもりはなく、それぞれの置かれた立場や状況に応じて自然に振る舞っているうちに、敵役にもなるし、味方にもなるということなのではないか。
いまでは演技派として周知される香川だが、そもそも俳優になった理由は、「ネクタイをせず、満員電車に乗らなくて済む楽そうな職業」だからという消極的なものだった(※2)。
デビュー作は、1989年、23歳で出演したNHKの大河ドラマ『春日局』だ。いまそれを見ると、セリフ回しもまだ拙く、いかにも腰が据わっていない様子が見てとれる。ただ、それがかえって、このとき演じた小早川秀秋の役には合っていたようにも思える。
俳優として大きな転機となったのは、デビュー10年目の1998年、姜文監督・主演による中国映画『鬼が来た!』(公開は2000年)に出演したことだった。