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『ユニクロ潜入一年』 実力主義の管理職に求められる資質

在宅生活が始まってからスポーツウェア以外は殆どユニクロ一択となっている。日本人の体にあったサイズが米国で買えるという現実的な事情もあるが、気ごこちとコストパフォーマンスを考えると、部屋着については正直他に選択肢が見当たらない。寒くなってきたのでヒートテックは手放せないし、JW ANDERSONとのコラボ企画はデザインも良いし、家族で上から下まで全部ユニクロという日も結構あるのではないか。

ユニクロ潜入一年 (文春文庫)

  • 作者:横田 増生
  • 発売日: 2020/08/05
  • メディア: Kindle版


そんなユニクロファンの私であるが、『ユニクロ潜入一年』 という横田 増生氏によるルポタージュを読んでみた。筆者は10年ほど前に『ユニクロ帝国の光と影』という書を上梓し、ファーストリテイリングの会社のブラック企業ぶりを糾弾したことで知られるジャーナリスト。その筆者が2015年から2016年に実際にユニクロの店舗で働き、改善された点と未だ改善されていない点を炙りだすという刺激的な書だ。ジャーナリスト横田増生としては同社に警戒されているので、一ヶ月も役所に通って名前を変えて、健康保険や免許証の名前まで変えるという潜入取材への気合のいれように思わずうなってしまった。

イオンモール幕張新都心店、ららぽーと豊洲店、ビックロ新宿東口の三店舗での筆者の生々しい経験が刻銘に記載されており、同社の顔が浮かび上がってきて興味深かった。特に面白いのは「部長会議ニュース」の話だ。同社では毎週月曜日に柳井社長も参加する部長会議が開催されているようで、その中での柳井社長のコメントが全店の掲示板に貼り出されるとのこと。

柳井社長に直接会うことはかなわなくとも、その生の声を毎週読むことができるのだ。そう思うだけで、ワクワクしてくる。
おそらく私は、ユニクロの中でも部長会議ニュースの屈指の〝愛読者〟ではなかったか。

何度も柳井社長への取材を試みつづけるも散々断られてきた筆者にとっては、この「部長会議ニュース」は貴重な情報源だ。そこで発信される内容を、折にふれて筆者は独自の視点で興奮気味に読みといていくのだが、その様子がなかなか面白い。

会社が大きくなると大企業が蔓延し、経営者の指し示す方向性を全社員に浸透させるのは至難の技だ。古典的ではあるが、「部長会議ニュース」として柳井社長のコメントをバイトも含めて全員に回覧するというのは、悪くない試みだと思う。

本書では何度と無く「部長会議ニュース」の抜粋が紹介されているが、とにかく柳井社長からの檄が多いことに驚かされる。あるニュースでは「今期は経費の使いすぎにより、成長ではなく膨張であった」というコメントが紹介されているが、「そんな言い方やめてあげて」と思わず笑ってしまった。

歯に衣着せぬ言い方で想いをストレートに伝えるのが必要な場面もあろうが、事業部レベルでもコミュニケーション担当がいて、全体へのメッセージを発信する際は伝え方や言葉選びも含めて細心の注意を払う自分の勤める会社とのギャップが興味深かった。

また、本書を読むと同社の徹底的な実力主義ぶりが伝わってくる。本書でも紹介されているが、下記ページで同社の職級別の年収がガラス張りに公開されていて、なかなか凄まじい。

www.fastretailing.com

私は、実力主義の外資系企業でずっと働いてきた。その経験から言えることは、この同社の実力主義は、仕事のできて、職級を駆け上がっていける人間にとっては最高の仕組みであるが、仕事があまりできず評価を受けることができない人にとっては地獄の仕組みであるということ、そして後者の群へのケアが仕組みを機能させるためには決定的に重要である、という2点だ。

どんなに昇進の基準をガラス張りにし、客観性を保った仕組みを作ったところで、生身の人間は自動的には動かない。実力主義の会社こそ、特に高い評価をだせない人へのコミュニケーションが決定的に大事であり、そこを怠ったらスピンアウトされた人から「あの企業はブラック企業だ」という誹りを受けることになる。

本書で、下記のように正社員になれなかったスタッフの恨み節が紹介されているが、これは同社でコミュニケーションの部分がうまく機能していないことがよく表れている。基準をはっきりさせると、その基準の上にあぐらをかいて、思考が止まってしまう人がよくいるが、仕組みや基準というのはあくまでツールであり、それを動かすのは生身の人間であることを忘れてはならないし、そこをうまくやることが実力主義の管理職に欠かせない資質だ。

「店長から、地域正社員になるためには、勤務評価や周りのスタッフをフォローする能力など六つの項目で一定水準をクリアする必要があり、あなたはそのレベルに達していないので推薦できない、と言われました。すべてが私にとって初耳でした。もし地域正社員になれないことがはじめからわかっていたら、ユニクロの辛い仕事に耐える必要もなかったわけです」

本書は、ユニクロの現場が臨場感溢れる形で描かれており、読み物としても最高に面白いので強くすすめたいが、ノンフィクションやルポを沢山読んできた私には客観性という点でマイナスの点をつけざるをえない。上記の恨み節もルポの雑誌掲載後の筆者への投書からの引用であるが、もっと実際に一緒に働いている人たちが同社の仕組みや労働環境をどう感じているのか、という生の声も掲載して欲しかった。

きっと、この仕組みのなかで活き活きと働いている人も大勢いるはずなのだが、本書ではそういう人たちは「柳井教信者」とひとくくりにされてしまっているのは残念であった。肯定的な視点、否定的な点を公正にのせてこそ真実というのは浮かび上がってくるものではないか。でも、面白かったので『潜入ルポ amazon帝国』も読んでみよう。

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