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アンジャッシュ・渡部の会見は「錯覚」と「バイアス」の連続だった 臨床心理士が、仕草と言葉を分析する - 岡村 美奈

 “本当に”なんともいえない気分にさせられた100分間だった。ぐだぐだ、しどろもどろ、矛盾だらけ。アンジャッシュ・渡部建さんの謝罪会見は、何のために開かれたのかよくわからないまま終わってしまった。

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 臨床心理士、経営心理コンサルタントの視点から分析してみる。渡部さんの発言からは、「非対称な洞察の錯覚」や「楽観性バイアス」など、窮地の人が陥りやすい心理状況がうかがえた。人は誰でも自分の持っている錯覚やバイアスに気が付きにくい。ましてすべてが順風満帆であれば、人生このままうまくいくはずと錯覚するものだ。だが錯覚やバイアスによっては、その先に落とし穴が待っていることもある。自己中心的で身勝手な人ほど気を付けなければならないのだが、こういう人ほど気が付かないのも事実だ。


会見するアンジャッシュ・渡部建 ©️時事通信社

「謝罪もなく復帰か」と批判を浴びて

「放送前の番組に関しては、私の口からは何も申し上げられないということです」

 年末特番の収録に参加したと一部で報じられるや、「謝罪もなく復帰か」と批判が殺到した渡部さん。冒頭の謝罪から、言葉を発する度に酸素の足りない池の鯉のように大きく息継ぎをし、瞬きを繰り返す。人は緊張すると横隔膜がせり上がり呼吸が浅くなる。だが口や鼻から息を大きく吸い込もうすればするほど、喉に力が入り、肩が上がってしまって、空気が入ってこなくなる。極度に緊張しているその姿から、売れっ子芸人のオーラは消えていた。

 世間からの風当たりの強さを感じ会見を開いたというが、番組については「私の口からは言えない」「申し訳ない」を連発。レポーターたちの容赦ない追及に、苦悶の表情を浮かべ、時おり目頭を押さえながらも、復帰については白紙と答えた。会見はあくまで謝罪会見と強調したが、多目的トイレなどで複数の女性との不倫が報道されたのは6月のこと。そもそも会見する必要があったのか、準備不足だ、芸人としての力量が見えず残念という声が多く、女性レポーターに取り囲まれ、次々と浴びせられる質問に脂汗をかく姿には同情論も聞こえてきた。

終始おどおどし、まるで別人

 だが驚いたのは、“芸能界のグルメ王”としていつも自信満々、意気揚々、明朗快活、よどみなく流暢で立て板に水のようなしゃべりを見せていた彼の激変ぶり。7~8キロ痩せたという姿だけでなく、終始おどおどとおびえ、周りをうかがう様子が別人だったのだ。不適切な行為が批判されたというだけでなく、その人間性まで否定するような意見やコメントがネットを飛び交っていたのは事実だが、視線を落としたまま質問を聞き、身体をレポーターの方に向け顔を上げても、視線を合わせようとはしない。そもそもなぜ、こんなことになったのだろう。

自分の方が他人をよく理解していると思い込む

「今考えると大変甘いといいますか、本当に甘く考えていたというか」

 なぜ会見が今になったのかという質問に、彼は『週刊文春』のインタビューを受け、そこですべてを答えて謝罪することで収束すると思っていたと答えた。だが半年自粛していれば復帰の道が見えてくるのでは、という彼の目論見は見事に崩れ去った。

 会見を開かなくても済むのならと思った彼の心情は理解できる。これまで売れっ子として人の気持ちをうまく掴んできただけに、世間やファンの感情を自分で判断してしまい、世間の嫌悪感や反感を掴みきれなかったのだろう。

 人には他人が自分を理解するよりも、自分の方が他人をよく理解していると思い込む「非対称な洞察の錯覚」という傾向がある。自分の考えや感情の方が合っていると思いがちなのだ。彼も自分の感覚や感情を優先させ、わかっているつもりになっていたのだろう。

根拠のない自信「楽観性バイアス」

「正直申しますと、自分は大丈夫じゃないかという思いがあったかもしれません」

『週刊文春』に報じられるまでは、妻である佐々木希さんと他人の不倫報道を見て「そういうことをしたら、こういうことになるのはわかっていたはずなんですけど」と、うつむきながら視線を落とし、時おり目をギュッとつぶって答えた。自分だけは大丈夫だろうという根拠のない自信は、心理学では「楽観性バイアス」と呼ばれる。不倫が暴露された芸能人だけでなく、覚せい剤や大麻取締法違反で逮捕された有名人たちが必ずといっていいほど口にしてきた。彼もこのおかしな信念に支配されていたのだろう。

「仕事に関しては一生懸命、おごることなくやってたつもりなんですけれども、プライベートでこういうことをしていて、どこかでバレないんじゃないか、という思いは調子にのっていた、天狗になっていた」

 どこかでバレないんじゃないか、というフレーズは楽観性バイアスそのもの。だがその前の「仕事に関しては一生懸命、おごることなくやっていたつもりで、プライベートでこういうことをしてもバレない」という発言の裏に隠されていたのは、当時、彼の内に潜んでいた「モラル・ライセンシング」という心理傾向だったのかもしれない。プライベートで複数の女性とモラルに反する不倫をしていても、「一生懸命仕事をしているのだからいい」、「自分は売れているのだからいい」という自分に対する言い訳、自分を正当化するための免罪符を彼は心の奥に持っていたのではないだろうか。

 調子にのっていた、天狗になっていたという発言からも見えてくるものがある。落ち着いて考えれば、冷静になれば、多目的トイレでの不適切な行為が自身の身を滅ぼす危険なものであることはわかったはずだ。「なのになぜ?」と問うならば、そこに「感情移入ギャップ」が働いていたからかもしれない。行動に移そうとしている時や衝動に身を任せている時は、これがもし暴露されたら自分がどう思うのか、どんな行動を取るのか、渡部さんには想像することはできなかったはずだ。想像し先の事に感情移入できないと引き返すことは難しくなる。

世間からの反感を避けるべく、歯切れが悪い返答ばかりに

「家族としっかり向き合って何事にも誠実に、思いやりを持って、いろんなことをしていくということですね」

 信頼回復するためにやっていることという質問に彼は表情を歪めた。おそらく家の中で、夫婦で話し合いながら辛い時間を過ごしてきたのだろう。答え難い質問には「身勝手といいますか」「自己中心的な考えといいますか」「バカなことをといいますか」を繰り返し、世間を「世間様」と呼び、明言を避けた。

 報道後、多目的トイレを使ったかという質問には「使う権利もないと思います」とうつむいたが、相方とのアンジャッシュの復帰については顔を上げて前を向き「やりたいと言っても相手のあること」「おこがましくて言えない」と返事した。おそらくそれが彼の本心なのだろうが、会見全体に渡り、世間からの反感、批判がこれ以上起こらないよう、なるべく社会的に望ましいと思われる言葉を使おうとしていた。歯切れが悪くわかりにくく、気持ちや感情がうまく伝わってこなかった。

意識しすぎるとかえって失敗するのも人間

 考え過ぎると、かえって何をどうすればいいのか、どう言えばいいかわからなくなる。意識しすぎるとかえって失敗するのも人間であり、心理学用語でいうところの「熟慮の悪魔」の罠である。どうせ言葉を選び、言い方を考えるなら、芸人技で「さすが渡部!」とレポーター達を味方にできれば、会見も違っただろう。熟慮するところを間違った感が強い。

 彼を心配する芸人やタレントの中には、多目的トイレや性癖への質問についての返答を残念がっていた人もいるほどだ。たとえ失言して失笑や冷笑を買うようなことがあっても、考えすぎずに思ったことを正直に言った方がまだよかったと思う。本当に。

(岡村 美奈)

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