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周庭氏らへの禁錮刑が暗示する香港司法の中国化 - 阿古智子 (東京大学大学院総合文化研究科教授)

 昨年6月21日、逃亡犯条例改正案に反対する警察本部包囲デモを扇動したとして、無許可集会扇動罪などに問われた香港の活動家・黄之鋒(ジョシュア・ウォン)氏、周庭(アグネス・チョウ)氏、林朗彦(アイバン・ラム)氏の公判が12月2日開かれ、裁判官は黄氏に13ヶ月半、周氏に10ヶ月、林氏に7ヶ月の量刑を言い渡した。

 ともに政治団体「デモシスト」を率いていた3人は、11月23日に行われた裁判で罪を認め、有罪が確定していた。この日、保釈が認められると見られていたが、3人とも即日収監となった。さらに、社会奉仕など軽微な量刑で済むだろうと言われていたのが、2日に禁錮刑の判決が下された。このような状況を、私たちはいったいどのように読み解けばよいのだろうか。

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なぜ罪を認めたのか

 まず、「3人が罪を認めた」ことに対して、困惑している人もいるのではないだろうか。共通の友人や香港の弁護士からの情報によると、3人は弁護士のアドバイスを得て、最近の類似の判例を見た上で、罪を認めることで量刑が軽くなることを見込んだという。また、家族などに圧力がかかることへの配慮もあったという。

 イギリスの植民地であった香港は、コモンローを法体系の基本的理念としている。一国二制度の下、香港の司法はコモンローの法体系を維持しているのだ。

 コモンローは「共通する法律」を意味し、ノルマン朝の12世紀後半から、イギリスの国王裁判所が蓄積してきた判例を体系化した法である。議会制度が発展した13世紀以降、一般的な「慣習法」という意味合いに王権を制限するという要素が加わった。王権神授説を根拠に専制的な政治が行われていた17世紀初めには、議会が王権に対抗する理念、市民の権利を守るための基盤として、コモンローが掲げられた。

 今回のケースでは、過去の判例を参考にすれば、周庭氏は若く、かつ初犯であり、集会への関与の度合いも低いのだから、有罪とされても、量刑は社会奉仕にとどまると見られていた。それなのに、結果は禁固10ヶ月という実刑判決となった。

拡大解釈による有罪認定

 6月21日、3人とともに現場にいた區諾軒元立法会議員によると、周庭氏はメガホンを手に持っていたがスピーチはしておらず、黄之鋒氏はメガホンを使ったが、現場に次々と人が集まるなかで懸念を抱き、「この先もまだ包囲を続けるのか」と語りかけたという。

「連登」(「2ちゃんねる」のようなネットフォーラム)で黄之鋒氏とやりとりしていた人たちは、黄之鋒氏の弱腰な態度に怒りを表し、「投票すべきだ」と主張し、のちに「あなたのせいで集会が続けられなくなった」といった批判を黄之鋒氏に向けたのだという。

 このような情報をもとに考えれば、黄之鋒氏が集会を組織した首謀者だとは到底認められないだろう。3人が集会への参加を煽ったというが、裁判官は具体的に、彼らのどのような言動を根拠に、その事実を認定しているというのか。

 王詩麗氏という今回の案件を担当した裁判官は、民主活動家に対して厳しい判決を下す傾向があるとして評判になっていた。彼女は「事件の規模、人数、時間と地点」を考えて、3人の判決を下したという。では、警察署を包囲する人数が膨れ上がった集会の責任を、全てこの3人に押し付けるというのか。

 3人が過激な行動や暴力を促したという証拠がどこにあるのか。法律家としての専門的見解を全く示すことができていないのではないか。

 區軒諾氏によると、周庭氏らを有罪とするのなら「共同参加」(joint enterprise)という概念で、集会の場にいた多くの人たちに同じ罪が適用されるという。律政司(Department of Justice:香港特別行政区の法律行政を管掌する官庁)は、今回の起訴で新たな基準をつくってしまった。今後、この基準を用いて、集会の組織、扇動、参加に関わる起訴が無制限に広がっていく可能性があると區軒諾氏は懸念する。

 さらに、香港政府がイスラエルのハッカー会社(Cellebrite)を使い、黄之鋒氏のスマートフォンに残っていた記録を探し出したことも香港基本法に違反していると區軒諾氏は指摘する。裁判所はスマートフォンの情報に基づき、黄之鋒氏が集会を組織したと認定したのだが、黄之鋒氏は仲間から送られてきたメッセージを転載したに過ぎなかったという。

香港に浸透する中国的法治

 9月1日、林鄭月娥行政長官は「香港に三権分立はない」と述べた。同月7日、中国政府の香港マカオ事務弁公室のスポークスマンは「香港にこれまで三権分立が存在したことはなかった」との見解を示し、行政長官の立場を正式に支持した。だが、そもそも「一国二制度」は、立法、司法、行政において独自の権限を有する特別行政区を設立するために、設けられたのではなかったのか。

 イギリスのコモンロー法体系の下にある香港と、社会主義の法体系を有する中国では、法の支配に対する考え方も大きく異なる。中国は「法の支配」(rule of law)ではなく、「法治」(rule by law)の考え方で、法を道具とした統治を優先してきた。

 言うまでもなく、国際社会の常識からすれば、権力側が都合よく法を選択的に使うことなどあってはならないことだ。昨今の香港においては、毎日のように「政治犯」が生まれているが、これは、香港の司法が独立性を失い、中国化しつつある現実を物語っている。

 イングランドの議会の指導者の一人であったエドワード・コークらによって起草され、1628年に議会で可決された「権利の請願」は、「国王と言えども法に従うべきである」という考え方を基礎にしている。それに対して、三権分立を拒否する現在の中国の姿勢は、権力者が法に縛られることを拒絶しているのである。

 黄之鋒氏や周庭氏は、海外に行くたびに議員と意見交換し、議会で証言したり、記者クラブで会見したりもしていた。香港の自治侵害に関与した人物と、それら人物と取引のある金融機関に制裁を加えるという香港自治法の制定など、香港をめぐるアメリカの一連の制裁の法案に、彼らの活動が影響を与えた可能性は否定できない。

 中国政府の関係者は、こうした動きに激怒していたに違いない。しかし、彼らがやっていることは、法の支配の観点からすれば、なんら問題ではない。同様に、暴力を伴わないデモ活動や言論活動も、合法的に行われていたはずだ(少なくとも、デモ行進に許可が出なくなる前は)。しかし、国家安全維持法が施行された現在、香港における合法と非合法のラインは、以前とは全く異なる考え方で引かれるようになった。

中国が恐れる言論活動

 中国政府は、理性的に思考し、言論を武器に法制度改革を掲げる知識人を最も恐れている。中国における人権派弁護士や知識人への弾圧を見ていれば、それは一目瞭然であり、似たような状況が香港にも見られるようになってきている。

 暴力で立ち向かう人たちには、警察や軍隊を使って力で封じ込めればよい。しかし、黄之鋒氏や周庭氏ら、批判的に思考し、果敢に行動する若者たちは、外国語能力や専門的知識を駆使して海外の専門家や政治家とつながり、次々に中国政府を追い詰める策を提示した。だから彼らがスケープゴートになったのだ。

 彼らの活動は、国際的に見れば一般常識の範囲内で行われている。そのため、彼らを処罰するなら、中国独自の法治の観点から行うしかない。今回の不当な判決は、このような背景の下に出されたと言える。今後、こうした中国のやり方がまかり通っていくのを国際社会が静観しているのなら、国際社会のルールは次々に中国の基準に置き換えられていくだろう。

 今日は周庭さんの24回目の誕生日だ。彼女は、誕生日を刑務所の中で迎えたくなどなかっただろう。周庭さん、おめでとう。10ヶ月の間、恐怖と悲しみに打ちのめされることもあるでしょうが、どうか、体と心を大切にしてください。あなたはまだ、これから多くのことを学び、視野を広げ、人間として一段と成長していくのですから。

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