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CDCのフィールド疫学マニュアルできました。

以下、序文を掲載。とてもオススメなので、ぜひお読みください!

監訳者序文

「CDCのフィールド疫学マニュアル」を訳出し、読者の皆様にお送りできることを心から喜んでいます。

本書(原書)が出版されたのは2018年12月のこと。その存在にぼくが気づいたのは2019年の1月でした。ざっと流し読みしてこれは素晴らしい一冊と知りました。日本感染症界に必ず役に立つと確信し、即座にメディカルサイエンスインターナショナルの佐々木由紀子さんに翻訳出版できないかと相談しました。凄腕の佐々木さんはいつものようにあっという間に出版社から翻訳オプションを獲得、同年2月の会議で企画が成立しました。

ここでトントン拍子にぼくが翻訳作業を進めてしまえばよかったのですが、あれやこれやの諸事に忙殺され、なかなか取り掛かることができませんでした。ようやく11月に翻訳に手を出し始めたのですが、このペースではとても終わらないと観念し、複数の方々に助けを乞うての翻訳作業への方針転換しました。

これで作業は急ピッチで進むかと思いきや、新型コロナウイルス感染症の問題が発生、多くの翻訳者はこの対応に忙殺され、翻訳どころではなくなってしまいました。特に第一波のピーク時にはあちこちの診療現場で「医療崩壊」一歩手前の状況になり、我々は心身ともに切羽詰まってしまったのでした。

その後、なんとかかんとか日本は第一波を乗り越え、しばらく感染者もほとんどでない平穏な日々が続きました。ただ、疲労困憊の我々、、、いや、ぼく、、、、はしばらく立ち上がることができず、いろいろな仕事に手を付けることができないままでした。多くの訳者の皆様は4月くらいから次々と訳出をお済ましになっていたのですが、ぼくが再び翻訳活動を再開できたのは7月になってからでした。そして、10月にはようやくすべての訳出が完了、校正作業も進行し、今に至っています。この危うい綱渡りを乗り越えたことに、各訳者の皆様に、そして編集の佐々木さんにこの場を借りて心からお礼申し上げます。

気力、体力ともにスッカラカンな状況だったにもかかわらず、諸先生方が多忙な業務の合間にこれだけの訳出作業をおすすめ頂けたのは、やはり本書のコンテンツがまさに「今、ここ」にあるCOVID-19の危機にピッタリ当てはまっているからだと思います。この危機の最中に翻訳作業はそうとうな難事です。しかし、この危機にこそ本書は必要なのです。COVID-19ど真ん中の今こそ、本書は日本の世に出されなければならない。

本書は疫学の、、それもアウトブレイクの現場、フィールドでの疫学調査や研究のマニュアルです。そこには理念と理論があり、原理原則があり、加えて実践があります。理想と現実があります。1942年にその前身ができ、何十年もの間、発展、進歩、挫折、そしてその克服を繰り返してきた米国CDCが蓄えてきた専門知や経験則、技術とテクノロジーがあります。

CDCの疫学調査は必ずしも感染症に特化したものではなく、例えば鉛中毒など様々な健康リスクを扱っています。しかし、なんといってもCDCは米国の感染症対策の中枢として長期に渡る実績を重ねてきました。21世紀になって世界各地で米国CDCをモデルにしたCDCができています。米国CDCこそ、世界の感染症対策の雛形なのです。日本にはまだCDC、ありませんけど。

ぼくは2014年にシエラレオネで米国CDCの疫学者たちと合同調査する機会を得たことがあります。第一印象は「話が通じる」でした。コノという地域のエボラ院内感染を調査していたときも、インタビューから報告書作成まで、ほとんどストレスなく概念理解を共有し、問題点を共有し、解決に導く理路や戦略を共有できました。PPE(防護服)を着用したナースが病院の回廊を闊歩していて、「なるほど、これでは院内感染が起きるわけだ」と即座に理解し合えました(ゾーニングの破綻)。プロの世界では国や文化やバックグラウンドが異なっても「話が通じる」わけです。ところが、日本ではこうはいかない。背広でマスク一枚で陣頭指揮をとり、PPEガッチリの職員がその横をすれ違っていく恐怖のクルーズ船の中で、ぼくは厚労省のお偉方にひとつ、ふたつ提案をしてみました。が、彼はけんもほろろに「もう決めたことだから」と首を振りました。その提案のひとつは各理解除時のPCRを止めることだったのですが、日本がこういうプラクティスを実施するのには何ヶ月もかかったのでした。

日本でも診療現場や公衆衛生のセッティングで様々なフィールド調査が行われます。しかし、ぼくの個人的な見解では、その多くは経験則や文書による「形式」を根拠としており、そこに明確なロジックやサイエンス、原理原則が確立しているようには思えません。形式化した方法も、地道な接触者検診などでは有効なこともありますが、例えば複数地域に及ぶ食中毒などが発生すると、とたんに問題の原因を突き止められなくなったり、効果的な解決策を導けなくなってしまいます。そこにはテクノロジーの欠如も大きい。本書の5章、あるいは17章をお読みいただければ、米国の疫学調査がいかにテクノロジーを大切にし、巧みに情報を吸い上げ、迅速にデータを収集、統合、分析している。それも自動化していることを学ぶでしょう。紙、電話、FAXの応酬に忙殺されてきた(されている)、そして滑稽なまでに使い勝手の悪いHER-SYSに呆然とするぼくたちには、彼我の違いは明白です。

その彼我の違いが明白な米国がこれほどまでに容赦なくCOVID-19に苦しめられている現実。その原因はどこにあるのか。それは気まぐれで感染症危機を過度に矮小化した大統領のせいなのか、あるいは理想と現実のギャップが案外激しい米国という国の影の一面なのか。ここは是非検討してみるべき大きな課題ですが、本書を読めばその秘密の一端は理解できるのではないでしょうか。

本書から学べるものは非常に大きい、と、ぼくは思います。が、本書から何も学ばない、という態度をとることも、不可能ではありません。これはコンテンツではなく、読者の態度や覚悟の問題です。これまで何度も何度も感染症対策の基本や基盤を作るチャンスがありながら、ずっとスルーしてきた日本。変わることができるでしょうか。変えることができるでしょうか。

2020年10月 岩田健太郎

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