本記事の取材にあたり、“男子御三家”と呼ばれる、麻布・開成・武蔵の3校の校長に「いま男子校教育を行う意味とはなにか」を尋ねるアンケートを送り、全校から回答を得た。各校の回答は記事末尾に掲載している。
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コロナ禍の中、予定を取りやめることも増えているが、小学6年生の子を持つ家庭では中学受験への熱がとどまらない。模試の受験生の数をみても去年と変わらないのだ。
そんな激戦が続く中学受験の世界で、この数年で目立った変化がある。男子受験生の間で共学校が人気を高めていることだ。
「共学志向」は女子特有のものだったが……
私が2012年に中学受験を集中して取材した頃は、男女別学を敬遠し、共学に入りたがる「共学志向」は女子特有の現象だった。そのため、共学校の偏差値は女子の方が何ポイントも高かった。
2012年公表の日能研の予想R4(偏差値)をみると、渋谷学園渋谷は女子が63、男子が58である。女子の中では御三家に並ぶ偏差値だったが、男子では御三家(開成72・麻布68・武蔵63)や慶応普通部65・早稲田学院64の下にいた。
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ところが2020年の最新データでは、渋谷学園渋谷の男子の偏差値は66で、御三家や早稲田学院や慶応普通部と同位置にいる。同じく共学の進学校、広尾学園も男子の偏差値は54だったのが61と伸び、2016年に男子校から共学化した法政第二も、51から56とアップしている。
一方、男子校は偏差値を下げている学校も目立つ。今年の模試はコロナの影響で受験生が安定志向になり、志望校のランクを落とす傾向があるとされ、「共学校は難しいから男子校を志望する」というトレンドが見受けられる。それでも、2012年と比べると、駒場東邦は68と御三家と同位置だったのが現在は63に、また、巣鴨は58から56、攻玉社は58から55と偏差値を下げている。
「共学で人間関係に揉まれてほしい」と願う親たち
都内中学受験塾の社員がいう。「男子校でいい学校が偏差値を落としているから、それらの男子校を私たちは勧めますが、『息子は共学で人間関係に揉まれた方がいい』とおっしゃる保護者も増えています」
つまり、かつては男子校に入学していたような「教育熱心な家庭の子息」が、続々と共学を選び始めているということだ。それは一体なぜなのか。その答えは、昨今の男子校教育を疑問視する声の中にあるように思える。
上野千鶴子元東京大学教授は、対談本『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房・田房永子との共著)の中で、今の東大の男子学生を保守的だと論じる流れで、「彼らの多くは中高一貫私立男子校の出身者」といい、「『ホモソ(ホモソーシャル・異性を排除した同性同士の絆)』と言うと腑に落ちる男性集団がそこらじゅうにある。そういう集団で育ってきているせいか、女に対する妄想や偏見をいっぱい溜め込んでいる」とも話す。
これは上野元教授らしいリップサービス込みの過激な物言いも含まれているだろう。そこでこの対談本の中でも研究調査が紹介されている横浜国立大学の江原由美子教授を取材すると、「第一子を出産した後も女性が働き続ける割合は6割となっています。(そんな社会の中で)思春期を男子だけで教育することは時代にあっているのでしょうか」と、冷静に男子校教育に疑問を投げかけてきた。
女子校は「良妻賢母教育」から変化したが
この江原教授の指摘に、中学受験塾の社員も大きくうなずき、こう話す。「社会や職場を取り巻く環境がこの数年で大きく転換しました。中学受験生の保護者の大半は現役のサラリーマンですから、学校に求めるものが変化して当然でしょう。女子においては女子校を毛嫌いするトレンドが発生してから久しく、そのため、女子校は工夫をしてイメージチェンジをしてきました。その過渡期に男子校もようやくさしかかっているのでは」
私が女子校教育を取材した2012年頃に、中学受験情報雑誌の関係者からこう聞かされた。「男子校は元々キャリア教育をしてきたからそれでいい。でも女子校は良妻賢母教育からキャリア教育へのシフトをしなくてはならないから努力や工夫が必要だ」
当時は、大学入試改革がとりざたされていなかったので、推薦入試よりも一般入試で大学に入学することが重視され、各女子校はとにかく生徒に勉強をさせていた。キャリアを積むためには学歴が必要で、まずは難関大学へ入れというわけだったが、その流れの中で、女子校はジレンマも抱えていた。
たとえばだ。豊島岡女子の偏差値を大きく伸ばすのに貢献した二木謙一元校長(2003~13年)は、生徒たちを「かわいこちゃん」と呼んだという。人としてかわいげがあることは男女問わず重要で、それを忘れてはならないと教えていたのだ。その様子を当時在校していた卒業生はこう語る。「勉強をしろというわりに、裁縫もさせる。引き裂かれている印象の学校だった」
男子の保護者も“アンビバレントな欲望”を持ち始めた
この相反するものは、女子生徒たちの保護者たちが抱えている欲望でもあろう。「娘には大学に行ってキャリアを積んでほしいけれど、結婚し出産もしてもらいたい」ということだ。
そして、今、このアンビバレントな複数の欲望を、男子の保護者も持ち始めたのではないか。「かつて男子は年収や社会的な地位が高ければ、気の利いた女性と結婚でき、家庭を持てた。しかし、今後は良き家庭を持つためには、家事や育児に協力しなくてはならない――」。独身で過ごすとしても、家事能力や女性への理解は必要だろう。調理室を作ったり、女性の教員を増やしたりする男子校が増えているのも、保護者からのニーズに応えているからかもしれない。
「女子校では『ミッションスクールはお嬢様っぽくて時代遅れ』と宗教色が敬遠される傾向がありますが、男子校は逆なのが興味深いです。芝とサレジオは男子校の中でも人気が安定していますが、前者は仏教、後者はキリスト教と、宗教を基盤としていることが『心の教育が期待できる』とイメージアップにつながっています」(中学受験塾の社員)
女子校の改革の足かせは、「結婚して子どもを産んでほしい」「人としてかわいらしさを忘れてはいけない」という「女性の“役割や美点”を教え込む」という目標だった。それは「勉強させて難関大学に進学させる」とは相容れない部分がある。
一方、男子校ではなにが改革の足かせになりえるのか。ここでは男子校の問題点を見ていこう。
男子校で「多様な価値観」を教えられるか?
多くの私立校の授業見学に行っている、30代の教育関係者がいう。「ある男子校で、各生徒が覚えた英単語の数をグラフ化していたんです。先生が『男の子は競争やコンプリートが好きだから、こうやると効果がある』とおっしゃっていました。よく男子校は序列の世界だといわれます。勉強にしろスポーツにしろ、競争に勝った生徒が上という価値観が支配していると。しかし、そういう環境で育った生徒は将来、社会で競争や序列にさほど興味がない人たちと出会った時に、きちんと相手を理解できるのでしょうか」
男子校では、どうしても男子特有の価値観が純化されやすい。それは悪いことばかりではない。たとえば、競争や序列が支配する校風は、学力を伸ばすのに有利になろう。ただ、この価値観が改革の足かせにもなるだろう。
男子校は今後どう変革すべきか。江原由美子教授はこう言う。「女性は10代の頃からキャリアだけではなく、家庭をどう築くかなど多様に物事を考えなくてはならない。それはしんどいことなんですが、そのしんどさに価値があるのではないでしょうか。一方、これからの社会は女性だけではなく、外国人など多様な人たちとも共存していく時代です。そういう中では、男子校でも生徒に多様さを教えることを期待したいです」
男子校に望まれる「多様な価値観」を教えることと、学力を伸ばし、難関大学に進学させることはやはり相反する部分がでてくる。
「異性の目がないから自由に物がいえる」
一方で、男子校の良さは学力を伸ばすことだけではないのも確かだ。
兵庫県の灘中学校・高等学校出身の和田秀樹さんはこう話す。「僕は今でも率直に発言をします。それは灘で過ごしたからだと思います。異性の目がないから自由に物がいえる環境でした」
男子が伸び伸びとふるまえ、好きなことができるのは確かに男子校の良さだろう。たとえば、男子のシンクロナイズドスイミング(現在はアーティスティックスイミングと名称変更)を描いた映画『ウォーターボーイズ』(2001年・東宝)は埼玉県立川越の水泳部がモデルだ。また、開成の俳句部は名門で、俳句甲子園で11回優勝し、数多くの俳人を生み出している。
シンクロや俳句は、共学の「バスケ部の男子はかっこいいと見なされ、女子からモテる」といったスクールカーストがある世界では追求しにくいだろう。
時代遅れだという声があがっても、中学受験の難関度の上位には今でも男子校が並ぶ。大学合格実績だけではなく、卒業生たちが活躍する姿が評価されている証拠でもあろう。
思春期にやりたいことに集中し、自由にふるまえる。それが将来の糧となる。その長所を失わずに、どう時代の変化に対応していくか。今後の男子校教育の行方に注目したい。
参考資料
『2013年入試志望者動向~2012年7月 志望校調査より~』
『2020年入試志望者動向~2019年6月30日 志望校調査より~』
2013年中学入試予想R4一覧 2012年7月18日発行
2021年中学入試予想R4一覧 2020年9月17日発行 以上、日能研
※なお、各中学の偏差値は法政第二が2月2日午前受験で、他は2月1日午前受験のデータである。
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