- 2012年11月12日 17:00
政権交代が実現できた要因、民主党政権における成果、歴史的意義など 2012年 2月 14日 鳩山由紀夫氏講義
元首相で衆議院議員の鳩山由紀夫氏に、「政権交代」をテーマで講義をしていただきました。
民主党政権が実現できた要因、民主党政権における成果、歴史的意義などついて
また、政権交代、自身の辞任などを含めこれからの政党政治や氏が掲げる「友愛の政治」の本質も語りつくして頂きました。
政治家になった経緯
私が政治家になろうと思ったのはアメリカに留学をした頃からでした。
それまでは、弟の邦夫は幼稚園の頃から「政治家になりたい」「おじいさん(一郎、元首相)の跡を継ぎたい」と言っていましたが、私自身は政治家に向いていないと思っていました。
大学を卒業してからアメリカに留学し、はじめはバイオコンピュータをつくりたいと思っていました。
途中から Operations Research を専攻して、科学的な手法で最適な意志決定をする方法を勉強をしていました。アメリカでは日本を外から見ることで政治への関心が高まりました。
帰国後は東工大や専修大で教鞭を執っていましたが、その後、再び政治への関心が高まりました。
父親をはじめ多くの人は反対していましたが、気持ちを整理し、選挙に出ることを決意しました。祖父が自民党の創始者だったこともあり、政党は自然と自民党に決めました。
政治家は世襲だらけ、大臣になるのが目的の議員に違和感
私は 39 歳で初当選しましたが、そのときから非常に違和感を感じていました。
私も政治家一家で 4 世議員ですが、3 割が 2 世議員でした。
政治活動に資金がかかりすぎること、当時の政治家は大臣になることが目的になっていました。国民に尽くすのではなく自分の立身出世が目的になっていました。
あるとき、先輩議員が大臣になりそうだということになってうなぎ屋に招待されたときのことです。
私が「いよいよ大臣ですね。おめでとうございます。何大臣になりたいですか。抱負を聞かせてください。」と言ったとき我々、若手議員の前で彼が口にしたことは「とにかく大臣になりたいんだ。大臣とつけば何でもいいんだ。」という言葉でした。
その後、非自民の細川政権が発足しましたが、中身は変わっていませんでした。閣議では事務の官房副長官(官僚)が書いた文章を自分のパートだけ読むだけでした。
あるとき、「しまった。次の大臣の分を読んでしまった。」と言った大臣もいました。それまで読んでいる大臣も聞いている大臣も誰も気づかなかったほど話を聞いていなかったのです。
政権交代の歴史的意義
官僚の皆さんはペーパーワークは大変お上手で頭は我々より遙かに良いと思いますが、一方で国民の皆さんとの接点がほとんどありませんから特定の分野には強いですが必ずしも国民の皆さん全体の意見を聞いたことがない人たちなので偏ってしまいます。
政治主導とは国民の意思を政治家を通じて政策に反映させる状況を作ることです。
国会議員の仕事の半分は外交安全保障でなければならないと思っています 外交安全保障は西側陣営についていた日本の習い性でアメリカに従っていれば問題ないという考えがあります。
この官僚任せ、アメリカ任せという 2 つを変えたいというのが政権交代をしなければならない理由でした。
鳩山政権で実現した成果、実現できなかったこと
予算配分の大幅な見直し、事業仕分け、天下り斡旋の廃止などが挙げれれます。
天下り自身の廃止は必ずしも全部はできませんでしたが天下りを官が斡旋するということはやめさせることができました。
また、子供手当は非常に不十分であり後退に次ぐ後退を遂げてしまっており非常に残念ですが子供手当をスタートさせました。
高校無償化もそれなりに実現しました。
農業の個別所得保証制度も不十分ながら予定通りスタートさせました。
実現できなかったこととしては高速道路の無料化、天下りの根絶、暫定税率の廃止です。
私は国民にマニフェストを訴えることで支持された以上、どこまでできたかできなかったかい言うことを国民の皆さんにお知らせする必要があると思っています。
なぜ私が辞めなくてはならなかったのか
なぜ私が辞めなくてはならなかったのかということを報告しなければなりません。
一つが普天間で一つがいわゆる政治と金の問題でした。
政治と金は致命的だったと思います。
なぜなら私は自分のクリーンさを訴えることで政治改革の必要性を主張していたからです。
自分自身の政治と金問題で支持を失い、そして来るべき参議院選挙において候補者が落選の憂き目を見るということになれば耐えられないことでした。
私が辞任をして菅君が総理大臣になりました。
辞めたことで人気が出ることはうれしいことでもないですが、内閣の支持率は V 字回復をしました。
しかし消費税の問題に言及して参議院選挙に惨敗してしまいました。
その後の政治が国民の皆さんに必ずしも理解を得ていないと思います。
その理由は私自身が作った部分もあるので非常に申し訳ないと思います。
しかし、私の跡を継いだ人たちが「鳩山が政治主導に変えようとしたことがうまくいかなかったから官僚任せに戻そう」「アメリカ依存に戻そう」という方向に動くのはまずい話だと思います。
「政と官」の今後のあり方
党内でいざこざがあるほど官僚は喜んでいるのかもしれません。
最近、官僚が復権しているように見えます。
民主党が一体となるためには、まず政治家が反省しなければなりません。
責任のとれる政治家になることが必要です。
優秀な官僚を使いこなせることが求められています。
(2012 年 2 月 14 日に開催された、政策議論講義「政権交代」より)
講師:鳩山由紀夫
1947年、東京生まれ。東京大学工学部計数工学科卒業、スタンフォード大学工学部博士課程修了。
1986年、衆議院議員初当選。1993年に自民党を離党、新党さきがけ結党に参加、細川内閣で官房副長官を務める。
1996年に民主党を結党し、菅直人氏と共に代表に就任、幹事長を経験し2009年に第93代内閣総理大臣に就任。



