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被災地での恋ノハナシ - 小鷹 昌明

南相馬市立総合病院
神経内科 小鷹 昌明
2012年11月11日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「被災地に来る娘なのだから、流されるタイプではなく、自分というものをしっかり持っているのだろう」

理学療法士としてこの病院に出向中の男子は、当時を振り返って私にそう話した。

MRICでは相応しくない内容かもしれないが、被災地からどうしても伝えておきたいことがある。私がこの病院で勤務を始めた2ヵ月後に、院内でひと組の"恋"が成立した。

本年4月より支援に入られた理学療法士(男性・28歳)と、作業療法士(女性・29歳)の二人である。男性は、南房総の大病院から1年間程度の派遣でやってきた。志願はあったかもしれないが、ある意味強要されて来たのかもしれない。

一方、女性はどういう立場だったかというと、福岡の病院を7年間勤め上げたうえに、この春に退職していた。次の就職先を考えるまでの2ヵ月間限定で、被災地のためにボランティアとしてやってきた。

二人は、春から時期を同じくして働き始めた。職場の同僚ということでは、会話を重ねる機会も多かったであろう。被災地勤務という慣れない環境下で、お互い の身の上話しなどもしたのではないか。そして、1週後に上司に連れていかれた酒席において、早くも彼は、彼女に淡い恋心を抱いた。

以来、平日は院内でのリハビリ業務、週末は応急仮設住宅の住民に対する基礎体力作りへのボランティア活動、それらの協働作業が急速に二人の愛を育んでいった。

相手のことを、女性は当初「軽いタイプ」という印象で受け止めていたそうだが、彼曰く、「慣れない土地に来たのだから、最初はテンションを上げていかないとストレスを多く感じてしまう」、「それは、自分なりに意欲を出そうとした結果だ」ということであった。

理解できなくはない。早く環境に溶け込むためには、周囲の人とのスキンシップや情報交換は重要である。しかもフレンドリーな感触は必須である。

そして、彼女への男性の第1印象は、冒頭で述べたことであった。しかし、なぜ、彼女は福岡でも有名な病院を退職したのか。ボランティアは初めてのことのようだったが、何がその娘を駆り立てたのか。

ひとりの人間としてできることには、もちろん限りがある。障害者や負傷者に対してであろうが、募金であろうが、献血であろうが、一般的にボランティアとは、個人が自ら進んで、無償で、他人のために、今ある行政のシステムではできないことをすることである。

中でも被災地支援というのは、すべての人に平等に行えるものではない。当たり前だが、「すべての人に」ではなく、「特定の人の特定のニーズ」に応えるもの である。医療を施すのであれば、「特殊患者の特異的治療」だったり、「器質的障害者の専門的リハビリ」だったりするわけである。

ここでの作業というのは、そういうものを受け入れる人との、もっと端的に言うなら、偶然出会ってしまった"あなたと私との"関係についてを、共に考えてい くことのような気がする。本当にサポートが必要なのか、なすべきことは何なのかを、一緒に悩み、模索していくことなのである。

何だか"恋愛"と似ている。

二人はゴールデンウィークのイベントとして、リハビリテーション科による一泊旅行を企画した。福島県のレジャー施設といったら、「スパリゾートハワイアンズ」である。彼女の提案であった。

2ヵ月間という短期滞在の予定だった彼女は、そして彼も、旅行やレジャーグッズを持参してこなかった。そこで二人は、そろってビーチサンダルを買いにいったのである。

支援活動に参加しようとする人には、ある一定の"価値観の一致"がある。"軽い"態度の彼にも変化がみられ、いつの間にか、お互いを尊重する間柄になっていた。

世の中には数え切れないほどの女性が、あるいは男性がいて、その中からたった1人に恋をする。理論的根拠などほとんどなく、その人を好きになる。考えても みれば(いや、考えるまでもないが)、長いようで短い一生の間で、自分の好きになった人が自分を愛してくれること自体、奇跡に近いことのような気もする。

ただ、恋を寄せる相手の攻略本があったのならば、穴が開く程読みたいと思うし、きっと好きな人と二人でいれば、晴れた日には近くの海岸線まで散歩をした い、雨が降ったのならば、家で映画を観て過ごすのもいい、いつの間にか、そろってうたた寝でもしたいし、目覚めてみるとお腹が空いていたのでパスタを茹で て、ワインでも飲みながら映画の感想について語り合いたい、さらに、お弁当を持って一緒に山に登り、山頂でコーヒーを沸かし、下山したら温泉に浸かり蕎麦 でも食べたい、たまには都会に出て、オペラを観賞したり美術館を巡ったりするのもいい、もっと言うなら、・・・。

でも、そんなことをせずとも、あえて何かをしなくとも、好きな人といればきっと単純な日が特別な日になるのではないか。

理由は何であれ、困った現場にいる人を感じたときに、「自分には関係ない」ではなく、「私と多少なりとも関わっている」と認識して行動することが、ボランティアであろう。

東日本大震災の被災者以外にも、世の中には困難な状況にある人はたくさんいる。本来なら、「それらの人々すべてに、平等に救済活動を行うべき」とするのが 正論だが、実際には、自分の行きたい場所で、自分のやりたい方法で、自分の気づいたことからしか始められない。それが支援活動である。

だから、そこにニーズがあって、常識を踏まえてやることさえやれば、他人からとやかく言われるものでもないし、束縛や限定といったものでも、けっしてない。基本的には個人の自由である。

ここでの生活の期間中、二人は、ほとんど余暇を楽しむことなく熱心に活動していた。慰安旅行以外にそろって外出したのは、仙台まで日帰りで"牛タン"を食べに行ったということが、1度あるだけであった。

これは推測だが、被災地での簡素にして規則的な生活の一方で、余計な煩わしさや拘束のない自由な生活が、二人をひっそりと包み込んでいったのであろう。

プライベートな時間が、あまりなかった。その結果、被災地での生活はひじょうにシンプルであったのではないか。テレビの音が極端に気になることも、部屋の 中でいつも音楽を流すことも、フライドポテトに醤油をかけて食べることも、布団を数ヵ月干さないことも、すべてあまり気にならなかったのではないか。

被災地医療を二人は、「資源の限られた現場では、リハビリのゴールをどこに設定するかで自分の判断が揺らいだ。障害を残したまま自宅に帰さざるを得ない状 況に驚愕した」と評した一方で、「その都度、皆と、真摯に議論できることに価値を見出すことができた」と、共感できる人たちとの連帯性を説いた。

長らく日本の社会は、「家族や仕事を通した付き合い」が重視されてきたが、最近は少子高齢化・経済の成熟化・グローバル化を契機に、「仕事以外の人間関係」を望む人たちが増えている。インターネットの発達からも、趣味やサークル活動に参加する人も多い。

被災地での生活というのは、「人との出会いや、つながりを持つことを自分で選択できる」という点や、「そのつながりが協調的である」という点で、家族や仕 事の関係とは異なる。そして、ボランティア活動や被災地支援も、共感し合える"活動の意志"によって形成されている。そういう感覚が、お互いを惹き付けた のかもしれない。

二人は他人のために動けるのだから、好きな人に対しては、なおさら"思いやり"を誘導できる人なのではないかと思うし、そういう意味では、短い期間であったとしても、お互いを十分に恋愛対象として確認することができた。

ただ、勘違いすべきでないことは、被災地で発揮しなければならない能力は、"優しさ"でも"思いやり"でもなく、それよりも、「そこで、自分の必要とされることは何なのか」ということへの問いに"応える"ことである。

それを形にしていった二人を見ていると、「優しい人に出会いたかったら被災地に来ればいい」と単純に言うのも何だが、でも、そういう考えの集いでもいいような気がした。

彼女は、なぜここに来たのか?

「しばらく"連携医療室"というところで、事務的な仕事をしていたので、また患者さんと触れ合いたくなったのよ」と、笑って理由を明かしてくれたが、本当 の部分は、私の知るところではなかった。多分、そうせずにはいられなかったのだろう。こんな場所でも、真剣になれば素敵な何かに出会える。ただ、そういう ことを証明してくれただけでも嬉しかった。

悩みや思いのない人は、人間的にもあまり魅力がない。一所懸命がんばっているからこそ、思い悩んでいる人を、人は好きになる。だから私は、恋でも仕事でも、人生でも何でも、真剣に悩んでいる人を応援したくなる。

すべてのカップルが、いつかどこかで出会い、時間の経過とともに微妙な眼差しや、対話や、行為を交わすことで、少しずつ関係を深めていく。出会った二人の感覚が共鳴し、動きが噛み合っていくことで、恋が発展する。

彼女は、2ヵ月の契約期間が終了した時点で、予定通り福岡に帰省した。別れることに不安はなかったのであろうか。

「あくまでボランティアに来たのだから、恋愛を理由に留まることはしたくなかった。私は、2ヵ月間精一杯働いた。一旦離れて冷静になることも必要で、それをじっくり考えるために帰った」と説明した。

特別な場所での、特別な出会いであったかもしれない。わずか2ヵ月あまりの交流だったが、いつでも会える環境の相手を好きになった場合と比較すると、「黙っていたのでは、もう会えなくなる」という危機感が、行動の後押しをしたのかもしれない。

"被災地効果"ということを、二人は否定しなかった。ただ、そんなことはどうでもよかった。私の目の前には、再会をはたした二人が、いつまでも嬉しそうにいた。

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