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トランプ退場前に強行した“共同作戦”モサドか、イラン核科学者の暗殺 - 佐々木伸 (星槎大学大学院教授)

イランの国営メディアによると、同国の核開発計画で中心的な役割を担ってきた著名な科学者モフセン・ファクリザデ氏が11月27日、暗殺された。米ニューヨーク・タイムズは当局者の発言として「イスラエルの介在」を伝えており、情報機関モサドの関与説が出ている。トランプ米大統領の退場前に強行した作戦だった可能性が強い。イランの報復説が飛び交い、中東は緊張している。

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2人の国家的英雄の死

事件はテヘラン東方約60キロの町アサードの3車線道路で起きた。ファクリザデ氏の乗った車が別の車に乗った5、6人から銃撃され、直後に近くに止めてあった「ニッサン」トラックが爆発した。同氏はヘリで病院に運ばれたが、死亡が確認された。ボディーガードも負傷した。犯行のもようから、周到に準備された組織的な暗殺作戦だった。

イランのザリフ外相は宿敵イスラエルの関与を示す「重大な形跡」があるとしてモサドの作戦だったことを示唆、バゲリ軍参謀総長は「必ず暗殺者を追い詰め、報復する」と言明した。イランが今回の暗殺に衝撃を受けているのは1年もたたないうちに「国家的英雄」2人を暗殺で失うことになったからだ。

2人はファクリザデ氏と革命防衛隊コッズ部隊のソレイマニ司令官だ。同司令官は1月3日イラクで、米ドローン攻撃により暗殺された。2人とも軍人と科学者という立場は異なるが、米国やイスラエルと一歩も引かずに渡り合う誇り高きペルシャ人として国民の人気を集めていた。

ファクリザデ氏は長い間、モサドや米中央情報局(CIA)などにとって、暗殺の標的ナンバー・ワンとして知られてきた。しかし、同氏の経歴などについては謎に包まれた部分が多い。イスラエルや米メディアによると、同氏はイラン革命の直後に革命防衛隊に入り、その後核開発の道に転じた。国際原子力機関(IAEA)が同国の核開発の実態を調査するため同氏との面談を申し込んでも、イラン側は同氏がテヘランのイマーム・フセイン大学で教鞭を執っているとして事実上拒否してきた。CIAは2007年、教授という肩書は隠れ蓑と断定している。

イランは公式には2003年、核開発を放棄したと発表したが、その裏では、ファクリザデ氏が中心になって開発を継続してきたとの見方が強い。イスラエルは同氏が弾道ミサイルに搭載するための核弾頭の小型化に取り組んできたとの疑いを持っており、ネタニヤフ同国首相は同氏が1998年以来、核開発計画のリーダーとして留まり、最近ではイラン国防省内に設けられた秘密組織内で活動を続けている、と主張していた。

これまでに報じられたところによると、モサドは2010年から同12年まで、イランの核科学者4人を爆弾などで暗殺した。イランでは7月、核開発の中枢である中部ナタンズの核施設が爆破されたのをはじめ、全国で発電所などに対する放火事件が相次いだ。8月には同国内に潜伏していた国際テロ組織アルカイダのナンバー2の暗殺事件も発生。筆者はモサドの破壊工作が活発化しているとして11月18日付『核合意への復帰阻止が狙い、イラン攻撃案でトランプ氏』の中で「不穏な空気が漂っている」と書いたばかりだった。

バイデン氏への不信感を象徴

今回の暗殺事件がモサドによる作戦であるとすれば、今なぜ強行する必要があったのだろうか。その理由は大きく言って2つある。1つはイランの低濃縮ウラン貯蔵量が現在、イラン核合意で定められた上限を大幅に超えているという危機感がイスラエルにあるからだ。

合意で決められた貯蔵量の上限は300キロだが、IAEAによると、今はその8倍、2.4トン以上に達している。これは核爆弾2個分に相当する貯蔵量だ。イランは最高指導者のハメネイ師が核兵器を製造しないと明言しているが、仮に爆弾を製造する気になれば、4、5カ月で完成させることができると見られている。今月には濃縮に使う最新型の遠心分離機の稼働も発表している。

もう1つは米国でトランプ政権が退場し、バイデン新政権が誕生することが決定的になったためだろう。バイデン次期大統領は条件付きながら、イラン核合意への復帰に前向きだ。イスラエルとしては、米国が復帰する前にイランの核開発の中心人物を抹殺し、禍根を絶っておきたいという狙いがあったのではないか。トランプ氏の在任中であれば、作戦を実行しても米国からの支持を得られるとの思惑がある。裏を返せば、バイデン氏に対する不信感を象徴する作戦だったとも言える。

ベイルートの消息筋は「イスラエルによる今回の作戦はトランプ政権との事実上の“共同作戦”だったのではないか」と指摘、トランプ氏が事前に知らされていたばかりか、積極的に関与していたのではないかとの見方を示している。ポンペオ国務長官が最近、イスラエルに3日間も滞在した際、イランの核開発についてイスラエル側と突っ込んだやり取りをしたのは確実で、暗殺作戦を全く知らなかったというのはむしろ合理的ではないだろう。

トランプ氏自身、11月12日のホワイトハウスでの安全保障チームによる会議で、イランの核施設を攻撃する具体的選択肢を提示するよう要求するなど、イランに対して最後の一撃を加えたい思惑があったのは明らかだ。この背景には自分が政権を去った後、バイデン政権とイランとの関係改善を邪魔したいという考えもあったかもしれない。

問題はイランが報復に出るのかどうかだ。イランの対米戦略はここ半年、トランプ氏の退場をじっと待ち、少々の挑発には乗らないというものだった。ソレイマニ司令官暗殺の場合、米国が殺害を正式に発表したため、報復せざるを得なかったし、実際に弾道ミサイルをイラクの米軍基地に撃ち込んだ。

しかし、今回の場合、公式には誰が実行したのかは不明である。今後、イスラエルや米国が暗殺を認めるような展開にもなるまい。つまりはイラン側にも表面上、誰に報復すればいいのか分からず、「報復しない理由」がある。国民にもなんとか説明が付くことを考えると、直接的な軍事行動は控え、トランプ氏の退場をじっと待つという選択肢を採用する可能性が高いのではないか。

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