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己の中の“負け犬”をぶっ殺せ!年末に見たいボクシング映画「アンダードッグ」

映画「アンダードッグ」公式サイト

新作映画「アンダードッグ」、観賞前には前編131分・後編145分という長尺の不安が一瞬よぎったが、結局、ただただ掴まれ、観終えて全身が火照っている。

安藤サクラ主演「百円の恋」(2014年)、山田孝之主演「全裸監督」(2019年)など、役者のポテンシャルを思い及ばぬ角度から引き出す武正晴監督が、またしてもその才腕を発揮していた。

<映画「アンダードッグ」公式サイト INTRODUCTIONより抜粋>

第88回アカデミー賞外国語映画賞の日本代表に選出されるなど、多数の映画賞を席巻した『百円の恋』から6年。監督・武正晴、脚本・足立紳をはじめとする製作陣が、再びボクシングを題材に不屈のルーザーたちへ捧げる挽歌を作り上げた。

主人公・末永晃を演じるのは、俳優のみならずダンサーとしても国内外での活躍の場を広げる森山未來。持ち前の身体能力の高さに加え、プロ顔負けのストイックなトレーニングを経て迫真のボクシングシーンに挑んだ。

若きボクサー・大村龍太に扮したのは、北村匠海。ダークな雰囲気を滲ませ、過去に秘密をもつ龍太の陰りを表現。徹底した筋力トレーニングを行い、スピードを武器にした躍動的なボクサーを演じている。

芸人ボクサー・宮木瞬を演じるのは、勝地涼。芸人くずれのチャラさを表現する一方で、“親の七光り”という汚名返上を誓い、ボクシングに打ち込む覚悟をメリハリの効いたギャップで魅せる。

映画『アンダードッグ』公式サイト (underdog-movie.jp)

「アンダードッグ」とは「負け犬・噛ませ犬」の意。ボクシングを舞台に3人の「負け犬」たちが運命をからませながら、リングでそれぞれの拳と生き様を交わしあう、まさに、まさしくの、ボクシング映画だ。

「百円の恋」に続く武正晴監督のボクシング作品

映画「百円の恋」公式サイト

武正晴監督は「百円の恋」で、既にボクシングを題材として高い評価を得ている。それにしてもあの安藤サクラは凄かったっけ。スナック菓子を惰性でむさぼる引きこもりの日々から脱し、ボクシングに目覚めてからの疾走感たるや。バイト先の店内で不意にシャドウするシルエットのキレっぷり。クライマックスの試合会場で控室からリングに向かうシーンの神々しい表情・・・。ボクシングをパーフェクトにモノにした女優を初めて観た衝撃、それが「百円の恋」だった。

クリント・イーストウッド監督の「ミリオンダラー・ベイビー」も女性ボクサーを描いた傑作だったが、どう比しても「百円の恋」だ。安藤サクラのたるんだ下腹&脇腹が日に日に引き締まっていくプロセスは、昨今多くのタレントがダイエットで脂肪と報酬を交換するビジネスとは別モノの、役者魂の凄みが鬼詰まりしていた。

安藤サクラは「百円の恋」で「普通→太る→痩せる」を低予算映画の事情もあり、撮影期間である2週間ほどの間にやったそうだ。それを聞き、「楢山節考」(1983年)で坂本スミ子が老けるために前歯を削った「ザ・女優伝説」エピソードがほのぼのするぐらい呆れた。凄い人だと。

という傑作をモノにしたチームが、再度ボクシングという題材を扱うということは、自ら築いた傑作をハードルにするわけだから、「行ける」「超える」という確信が相当振り切れていたのだろう。

主演・森山未來の説得力

ネタバレ回避を宣言しつつ、まず真っ先に主人公・末永晃を演じた森山未來がたまらない。晃は一度は階級の頂点に手が届くほどのレベルに達するものの、そこから叩き落とされ、這い上がるための「何か」を失くしたまま、前にも後ろにも行けず、なのにあきらめきれず、不完全燃焼を引きずりながら、「負け犬」のままリングに上がり、対戦相手の踏み台となる「噛ませ犬」に甘んじているという役柄だ。

この役、森山未來以外に誰が出来るのかとイメージできないほどの雰囲気、負け犬のオーラを、森山は全身から漂わせていた。「百円の恋」では安藤サクラ以外、いったい誰があの役を担えるのかという説得力だったが、「アンダードッグ」は森山未來がその唯一無二を担っていた。

負け犬として生気を欠き、くすぶりを引きずっている、そんな煮え切らない日々を過ごす人物の描写となれば退屈と背中合わせだ。だが、森山未來の、牙を抜かれた腑抜けな犬の、死んだような眼の奥に、生を燃やす炎に身を投じたことのある人間だけが有する、その炎を食らって焦がしてしまったような漆黒がある。

「噛ませ犬」としてぶん殴られ、顔面が紫に腫れてなお漆黒を潜ませるあの眼、森山未來のあの眼が、この映画のあらゆる場面で沈殿していく。その黒々とした沈殿はまるで火薬だ。最後にはとてつもない爆発をもたらすことになる・・・。

この森山未來を軸にして、運命的なリングへと向かうことになるのが、崖っぷちに立たされているお笑い芸人・宮木瞬役の勝地涼、才気をほとばしらせる新進ボクサー・大村龍太役の北村匠海だ。彼らもそれぞれに「負け犬」な自分を随所に沈殿させ、3人の物語がからみあっていく。

さらに、彼らの周りの人々も大なり小なり「負け犬」を抱えながら生きていて、その脇役たちがみんないい。DVの連鎖にあえぐ明美役の瀧内公美は、諦観にまみれた台詞がことごとくいい。宮木瞬のセコンドを買って出るロバート山本博は、自身のボクシングスキルを活かした役に見事応える好演だ。箕島ジムの会長も情の重石ぶりがいい。デリヘル店長役の二ノ宮隆太郎とベテラン嬢の熊谷真実のコンビや、晃の練習相手となるスケベなアジアの若者は、映画全体の張り詰めたやるせなさに息抜く場面をもたらしてくれる。

「百円の恋」は主人公である自堕落な女性「一子」の成長物語だった。だが、「アンダードッグ」は主人公だけではなく、登場する多くの人物たちが前に踏み出す物語になっている。さらには、監督の武正晴も脚本の足立紳も「百円の恋」で高い評価を得ながら、「ボクシングでもっとできる」という思いをこの新作に叩きつけたわけで、製作陣たちの前進の物語も含んでいる。

年末の格闘技シーズンに観たい1本


近年「勝ち組・負け組」という腐臭漂うような言葉が日常となったが、この「アンダードッグ」はそういう「二分」とは、別の勝負のありようを描いている。

リングに生きる「負け犬」たちはレッドゾーンに入るとやたら「ぶっ殺す!」「ぶっ殺せ!」と咆哮し、リング外の社会に生きる「負け犬」たちも生死の狭間に追い詰められて叫びをあげる。そうして彼らがぶっ殺そうと対峙する相手の向こう側にいるのは、自分自身に巣食っている「アンダードッグ」だ。

あらためて映画「アンダードッグ」、前編131分・後編145分からもたらされるカタルシスは今年度屈指だ。ボクシング映画には記憶に残る名作が多いが、そこに「アンダードッグ」の記憶が間違いなく加わる。

年末は格闘技のシーズンだ。何かを背負ってリングに上がり、何かを掴もうと闘う者たちの姿に、観る者は自分を重ね合わせ、強烈なカタルシスを求める。この一年で背負った何かを「ぶっ殺す」のに、「アンダードッグ」を今年の格闘技納めにするのもアリだろう。激しくて痛くてぶ厚いファイトシーンが待っている。

映画「アンダードッグ」は11月27日(金)より前・後編が同日公開。・・・あ、あともうひとつ、末永晃VS宮木瞬での末永晃の登場曲、絶妙だったなぁ。

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