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ALS嘱託殺人という出来事――なぜ異性介助が問題とならないのか - 河本のぞみ / 作業療法士

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ALS(筋萎縮性側索硬化症)という病気を、どのくらいの人が知っているだろうか。

難病中の難病と言われたりする。日本で約10000人(平成27年9430人)罹患しているが原因は不明だ。徐々に全身の筋肉が動かなくなり、それはやがて嚥下や呼吸をする筋にも及ぶ。

こう聞くと、恐ろしさでいたたまれなくなるが、多くの人は(私も含めて)自分は罹らないと思っている。だが、誰でも罹りうる病気だ。

当事者はどんなふうに暮らしているか

私は訪問看護ステーションで仕事をする作業療法士だ。訪問看護の利用者の疾患でALSはちっとも珍しくない。厳しい病気であることには違いないが、病態は様々で、10年以上呼吸苦もなく電動車いすで一人で外出して暮らせている人も居れば、半年くらいの間に立ち上がれなくなり嚥下ができなくなる人も居る。機能低下の最中にある人は日々その症状に直面するのだから、不安は大きい。もちろん家族も介護という仕事がどこまで大きくなるのか考えるだけでも気持ちは押しつぶされそうになるだろう。

私たちの仕事は、病状に対するケア‐リハビリテーション職であれば、コンディションを整えるための四肢胸郭のストレッチや運動、動作がしやすくなるための環境調整、つまりベッドの高さや家具の配置などから住宅改修、車いすや便器の仕様、様々な福祉用具の適合調整、そしてどんなことになっても暮らせるよ、ということを伝え、その方法を提案していくことだ。

実際、全く動けなくなっても自宅で暮らしている人たちが居る。食事は胃ろうから注入し、人工呼吸器を装着し、痰の吸引をし、重度訪問介護という制度で家族ではなくヘルパーの長時間の介護で暮らしを支える。その中で、仕事をしたり旅を楽しむ人も居る。最近では国会議員になった舩後靖彦氏が、知られた存在だろう。2018年に亡くなった物理学者のスティーブン・ホーキング氏は最も有名なALS者でもある。

有名な力ある人だから、特別な才能があるから、身体が動かなくなっても自宅で暮らせるということではない。だれでもそういう暮らしは可能だし、私たち(在宅ケア支援者)は普通の市民がALS者として普通に、家族と(家族介護によらず)、あるいは一人暮らししている例を少なからず知っている。とは言えそれは、自分の身に起こった経験としてではなく、支援者として限られた時間を共有している時に様子を垣間見るだけだ。また、そういう暮らしが落ち着くには、それなりの葛藤や修羅場や奮闘があることも事実だ。(あの頃は地獄だったという回想を聞いたことがある)。

当事者というのは、その立場を引き受けざるを得ない、一瞬たりとも替わりがない人のことだ。初めて直面することがらに一人きりで対峙する(家族も当事者家族として直面する)。はたで見て動きが悪くなってきたとわかるずっと以前に、当人は動きがおかしいと気づき、それを口に出さずにいる時間がある。その間、何と孤独だろう。そしてALSの診断がついて、その後もずっとできなくなるという経験が続く。

「まだ飲み込めます。今のところはね」「今のところは、なんとか座っていられます。」彼/彼女らは、そんな風に「今のところはね」と言う。軽く言っているように聞こえるが、「今のところ」は常に注意深く自身によりチェックされ、重い唾を飲み込んでいる。

リハビリテーションで進行を遅らせることはできない。様々な努力をされていて進行が遅い人はいるが、努力にかかわらずそういう病態なのであって、進行が速い人は努力が足りなかったわけでは決してない。(だからといってリハビリテーションの技術が無効というわけではない。呼吸に関するケア、そして機能低下に応じて有効で実際的な環境調整と介助方法の提案、特に低下の速度が速い場合は、その速さに間に合うように素早く環境を変えていかないといけない。これはかなり時間勝負となる)。

厳しい病気になると、なぜ自分が?と思い、何か悪いことをしただろうか?と問う。病気はなにかの罰ではないのに、そう思ったりする。また、知人がこの病気になったと知らされたら、なんと声をかけていいかわからなくなり距離を置こうと思ったり、当人に原因があるのではないかと思ったり、気の持ちようだなどとお角違いの慰めを言ったり、代替療法を勧めたりする。インターネットでいち早く多数の情報を得る人もいるし、それを伝えてくる人もいる。ありがたいこともあり、ありがた迷惑なこともまたあるだろう。

日常生活というものは、厳しい病気の最中でも普通に流れていく。患者として病院にいる間は、治療中という仮の状態で、生活を一時棚上げして病人仕様の環境で過ごす。だが、家では、今までの日常の続きにいる家族の中に、動けなくなっていく身体を持って参入していくから、大いに波風が立つ。いら立ち、怒り、困惑、無力感、繰り返されるなぜ?そして疲労、、、。傷つく。本人も、そして家族も同様に。

それでも生活というものは小さないつものことで成立している。飼い犬のいつもの仕草に「先にチコに餌やって」と家族に言うとか、シャンプーは前使ってたものの方がよかったとか、サキちゃんが欲しいランドセルの色は薄紫なんだって!とか、あのチェックのシャツ出してとか、マッサージ用イボイボ付き肩たたき、お父さん(ALS本人)がいいって言ったから自分用に買っちゃった(妻)とか、そんな些細な家族共通の話題と、ベッドから車いすに移乗するのが命懸けとか、むせが激しいから食事形態を変えるとか、胃ろうからの注入を1日3回にするとか、夜間の吸引が3時間続き寝不足とか、そういうハードコアなことが併存する。

もちろんハードコアの部分が、生存に関わる事柄で、当人にも家族にも1番重くのしかかる。だが、日常の些細なことが暮らしを支える大事な要素に違いなく、それは当人と家族、介護者との関係から生まれる小さな油のようなもので、暮らすということへのエネルギー供給に作用している(ように見える)。

支援に入る私たちは、どこまで行っても生活の断片を垣間見るのに過ぎない。他人の私との会話で見せる顔とは違う顔で、夜中に暗闇を見つめているに違いないと思う。うかがい知れない部分だ。

死にたい気持ちはよくわかる、と割と簡単に私たちは言う。

だが本当にそうだろうか?

当事者ではないということは、身体の自由を失うプロセスを経験しておらず、日々その不自由さに折り合いをつけるという手間を経験しておらず、その経験の中にある発見ということを知らず、いずれ呼吸苦が来たらどうするか考える、あるいは考えないようにするという重い課題が目の前になく、景色が違って見えることを知らず、微細になっていく身体の感覚を知らない。

身体の内部にじっと目を凝らす時間を持たず、身体の信号に耳を澄ます機会を持たず、この身体の条件で何ができるか延々と思いを巡らすことをせず。ただ単に、今ある自由さや仕事をしている自分を基軸に、もしこれができなかったらと一足飛びに寝たきりの自分を想像し、それはつらいわ、生きてる甲斐ないわ、と言ってしまう。

だが多分、当事者とは全然違う立ち位置にいるままで、そう言い放っている。

京都でおこった事件

一人暮らしをしていたALSの女性、林優里さん(当時51歳)が嘱託殺人で亡くなられていたことが、その容疑者が逮捕された報道で衝撃的に伝えられた(2020年7月23日、医師二人逮捕)。

殺人をしたのは安楽死を肯定する医師で、SNSで知り合い、面識はなく、当人の依頼により殺人のためだけに2019年11月30日夕方マンションを訪れた。ヘルパーは林さんに促されて退室し、約10分後に二人の訪問者は帰り、ヘルパーが室内をのぞくと林さんは意識を失っていた。彼らは初対面の林さんに、鎮静作用のある薬物を胃ろうから大量投与したとみられている。

二人の容疑者、大久保愉一、山本直樹両医師には、ヤマモトナオキ名義の口座に11月21日と23日、2回に分けて計130万円が振り込まれている。彼らは報酬を得、宮城と東京から京都にやってきて、目的を遂行して帰った。これは、「殺し屋」という職業のそれと違わない。

だが、この二人の医師が、殺人者として非難ごうごうというわけではない。それは、奇妙な景色だ。依頼人は、殺された当人。死にたい気持ちわかる、自分で死ねないなら、訴追覚悟で死なせてあげたのは勇気ある行為だ、と心の中で思った人は少なからずいる。元東京都知事で作家でもある石原慎太郎氏が、業病からの解放を手助けしたと言って医師を讃え、弁護したいとツイッターに書き、炎上し謝罪した。謝罪はしたが、考えは変わってないだろう。彼は今まで何回もマイノリティへの差別的発言をしている。

この事件の後、いろいろな声がALS当事者や介助者から出た。なぜ、生きる方向でなく死ぬ方向に行ってしまったのか。人工呼吸器をつけて在宅で暮らしてる人のことをもっと知ってほしい。安楽死(尊厳死)容認せよという声が出てこないか、そこが心配だ。本人は誰か心を許して話せる近しい人はいなかったのだろうか……。

林優里さんは高齢の父親(79歳)がいるが、家族への負担がかからないように、1人暮らしを選び、24時間の介護(重度訪問介護)を利用して暮らしていた。だが、当初24時間分のヘルパーが確保できなかったときは、ヘルパーのいない時間父がケアに入った。父は文字版でのコミュニケーションのやり取りや慣れない痰の吸引、車いすをおしての散歩も行った。(京都新聞2020年7月28日)

ALS患者はいずれ呼吸障害が出たときに、人工呼吸器をつけるかどうかを考えておくことを求められる。彼女は当初は人工呼吸器をつけると言っていたが、その後つけないという意思表明をしていた。人工呼吸器を使用するかしないかの意思表明は、生きるつもりかそうではないかを表明することと同義である。ここがALSの決まり事というか、最近はやりのACP(advanced care planning-終末期のケアの方法を、意識がはっきりしているうちにあらかじめ決めておく)の先駆けではある。

だが、当事者が「生き死に」のことを決めるという人生上の突出した大問題が、人工呼吸器という機械を挟むことで、あたかも問題は呼吸器をつけるつけないのことであるかのように姿を変える。ここで、生きるという選択は、ケア提供者にとっては人工呼吸器をつけた人のケアというスキルに変換する。

人工呼吸器をつけないと決めても、そのあといつでも変更可能(やっぱり生きることにした)であることは繰り返し告げられ、定期的にカンファレンスで確認される。ケア提供者にはお馴染みの光景だが、一歩引いてみると異様なことである。生きたいですか? 生きなくていいですか? という確認。

ここでは人工呼吸器は、延命という言葉と結びつけて使われている。そうではなく、身体を楽にして暮らすために、気管切開をしない非侵襲的陽圧換気療法(noninvasive positive pressure ventilation:NPPV)の人工呼吸器を早めに導入する、それにより生活の質が上がることがあることも厚生労働省の出した指針には出ている。だが、ほとんど検討されずに「延命」だけが異様にクローズアップされるのが、ALSと人工呼吸器の関係だ。(筋萎縮性側索硬化症の包括的呼吸ケア指針―呼吸理学療法と非侵襲的陽圧喚起療法(NPPV)平成20年)

林さんは人工呼吸器をつけないと決めていたが、定期的なカンファレンスで医師やケアマネジャーに呼吸器装着の有無を繰り返し尋ねられること、「生きるかどうかの選択を何度も迫られるつらさ」を、泣きながら父にぶつけていたという。

だが彼女は、殺人が起きた時点では命にかかわるような呼吸機能低下をきたしていたわけではなかった。父親は、「自力で呼吸ができる状態で、(死にたいと聞いていれば)当然、止めていた。後悔が残っています」と語っている。他に何と言えようか。娘が実は安楽死を望んでいたと後から知らされる親の気持ちは、誰とも分かち合えないだろう。

父は「娘が納得して選んだこと」と自分に言い聞かせるように語り、支えたヘルパーへの感謝の気持ちを語った一方で、容疑者に対しては「娘の生死をまるで商売みたいに扱って、犯人にくそったれと思う、悔しい、許せない。なんでこんな卑劣なやり方をするんや」と声を大きくしたという。(京都新聞2020年7月28日)

彼女が自力で呼吸している間は生きるつもりでいるという前提で支援していたケアチームも、当然ショックを受けた。当日、見知らぬ男が二人訪問し、林さんに席を外すように指示されて別室にいたその日のヘルパーは、訪問者が帰った後の彼女を見て、またそこで行われたことを知って、混乱に陥っただろう。作業療法士として何人かのALS者のケアチームのメンバーである私は、その場面を想像するたびに、どす黒いもので胸のあたりが重くなる。

彼女の主治医によれば、胃ろうからの栄養摂取の中止による安楽死を主治医に求めることがあったが、日本では法的に認められないことを伝え、30人からなるケアチームとともに話し合いを重ね、最適なケアのあり方を模索していた。ヘルパーが彼女に代わってペットの猫を飼い連れてきたり、スタッフがベッドサイドで合奏を試みたり、外出を計画したり、職種の枠を超えて彼女が生きる気持ちになれること、楽しめることを探していた。(京都新聞 2020年7月27日、30日)

だが、そんな風に暮らしながら、彼女は視線入力のパソコンを駆使し、SNSを通して命を終わらせる準備を着々と進めていった。その間、ケアスタッフと彼女はともに過ごす時間のなかで、全く違う景色を見ていたのだ。

彼女は自分の意思で死んだ。少々、変わった方法で。彼女は24時間のケアを受けていた。ケア体制は十分だった。だから彼女の死は全身が動かないという病気のつらさによるもので、死にたくなるのも理解できる。そう思われている。だが、本当はどうだったのだろうか。

2013年当初はケアに入っていたのは3事業所だった。それが2018年には17事業所に増え、1日に4から7事業所のヘルパーが入っていたという。数時間で交代するスタッフ、夜間は8時間継続で入るが、男性スタッフも入った。彼女はブログに「万年のヘルパー探しはかなりのストレス いつ穴が空くかわからない不安にいつもさいなまれている 人の手を借りないと指一本動かせない自分がみじめでたまらなくなる」(2018年6月)と投稿。同性ヘルパーの介助を望んでいたが、ままならず「男性にトイレ介助をしてもらうのがつらい」と支援者に話していたという(京都新聞2020年8月14日)。

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