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リベラリズムが生き残る理由――『アフター・リベラル 怒りと憎悪の政治』(講談社現代新書) - 吉田徹

いわゆる「リベラル批判」がかまびすしくなってから久しい。書籍の類をざっと検索しただけでも、橘玲『「リベラル」がうさんくさいのには理由がある』、ケント・ギルバート『リベラルの毒に侵された日米の憂鬱』、中には岩田温『「リベラル」という病』、山口真由『リベラルという病』という、同じタイトルを持つものまである。

ちなみに、こうした状況は日本だけではなく海外でも同様で、最近でも反響を呼んだマーク・リラ『リベラル再生宣言』(原題は『かつての、そしてこれからのリベラル』)が、アメリカのリベラルの問題を指摘している。

リベラル批判が多分に出版メディアの商業的な魂胆と関係していることは脇に置くとして、果たして「リベラル」の何がそんなに嫌われているのだろう?

大体、指摘されるのは同じようなことだ。曰く「リベラルは偉そう」、「上から目線だ」、「文句や批判だけ」、「綺麗ごとばかりで現実を無視している」等々。要は説教くさいし、いい恰好しいだし、机上の空論に過ぎるという、感情を逆なでする何かを持っているのだろう。

これに「朝日新聞」やら「NHK」、「立憲民主党」といったアイコン(これがアメリカではトランプ流にニューヨークタイムズ紙やCNNということになる)がくっつけられて、一緒くたに議論される。

おそらく、感情的な反発(という言い方がそもそも反発されるわけだが)は、「リベラル」が「強者の論理」でもあるということと関係している。「人権が」「格差が」「マイノリティの権利が」という物言いは、実際は、当事者である以上に、そうした事態を憂えることのできる想像力や知識を持っていなければ出てこない。

自分自身以外のことに関心を持ち、それが世界の大問題だと喧伝することのできるのは、確かに余裕がないとできない。強者が弱者に一方的に寄り添うということ自体、そこに権力が作用していることの証なのだから(ちなみに同じような批判は、ほぼ1世紀前にイギリスの社会主義者ロバート・オーウェンが、ほぼ70年前にはジョージ・オーウェルが観察している)。

歴史家ホフスタッターはそういうリベラルな権力行使に対して、アメリカの民衆が伝統的に「反知性主義」をわが物にしてきた、と説いた。だから、本来「反知性主義」は知性がないことを馬鹿にする言葉ではなく、リベラルの欺瞞に対してノーを突き付ける対抗権力であることを意味している。精神的にも、物質的にも、様々なものが困窮化している現在で、リベラル批判が渦巻くのも物事の勢いからすれば当然かもしれない。

おそらくそれは、正しい。というのも、近現代史を駆動させてきたのは、リベラル、もっと言って「リベラリズム」と呼ばれる思想潮流でもあるからだ。この本では、リベラリズムの潮流を「政治リベラリズム」、「経済リベラリズム」、「個人主義リベラリズム」、「社会リベラリズム」、「寛容リベラリズム」の5つに整理している(なおこれらは18世紀以降の近代史で登場した順番にほぼなっている)。

詳しくはここで書ききれないが、「政治リベラリズム」は権力(王政)を統御しようとする法の支配(立憲主義)、「経済リベラリズム」は契約や商業の自由を重んじる市場主義、「個人主義リベラリズム」は個人の権利や自己決定権を尊重する個人主義、「社会リベラリズム」は経済的・社会的不平等を是正しなければならないとする社民主義、「寛容リベラリズム」は社会的マイノリティのエンパワーメントを目指す社会運動となって、18世紀から現在までの世界史を突き動かしてきたのだ。

革命や帝国主義、世界人権宣言、男女平等、参政権、福祉国家の発展など、様々な世界史的な発展があったが、そこには何れも多種多様なリベラリズムの源流が流れ込んでいるのだ。

もちろん、これに歯止めをかけようとする政治運動もあった。その際たるものが、共産主義とファシズムだった。前者は過度の経済リベラリズムを、後者は過度の政治リベラリズムや個人主義リベラリズムを激しく攻撃した。その結果、戦後に生まれたのが、これらリベラリズムの自己反省として生まれた社会リベラリズムや寛容リベラリズムだった。すなわち、リベラリズムは自己修正をすることでしぶとく生存することになった。

もちろん、戦後に発展してきたこうしたリベラリズムの原則は、21世紀に入ってからはなおさらのこと、大きな挑戦を受けるようになった。中国などの権威主義体制、先進国の右派ポピュリズム、蔓延するアイデンティティ政治の台頭は、その証左だ。本のなかでは、先進国のヘイトクライムや歴史認識問題に絡めて、こうした現象が生まれる構造的な背景を理論と事例を示しつつ、「リベラリズムの不整合」という観点から説明している。

ただ、それでもリベラルな精神や態度は、今後失われるどころか、より強靭なものになるだろう。それは、リベラリズムが数多ある思想や理論の中でも、もっとも融通無碍、すなわち自分の立場を修正しつつ、敵対する思想をも取り込んでいくという、包容力のあるものだからだ。だから、相手を否定することで自己を成り立たせようとする態度や思想が流通する現在において、リベラリズムこそが生き残ることになるはずだ。その「アフター・リベラル」のリベラリズムを投射する本であればと願っている。

目次

序章 「政治」はもはや変わりつつある―共同体・権力・争点

第1章 リベラル・デモクラシーの退却―戦後政治の変容

第2章 権威主義政治はなぜ生まれたのか―リベラリズムの隘路

第3章 歴史はなぜ人びとを分断するのか―記憶と忘却

第4章 「ウーバー化」するテロリズム―移民問題とヘイトクライム

第5章 アイデンティティ政治の起点とその隘路

終章 何がいけないのか?


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